12.
生活総合ギルドにある三部門の建物のさらにその奥には会議室や偉い人用の応接室、ギルドの支部長室などのある本棟があり、各施設から伸びた三本の綺麗な通路で繋がっている。
冒険者部門には野次馬で仕事をサボっている他部門の職員が何人も今日は紛れている。その中にはどうやら本棟の職員も混じっているようで、どれだけの規模でお金が動いているかわからない賭けに皆が興奮していた。
「おい、どうなったんだよ」
「俺が知るかよ。なんか揉めてる感じじゃなかったか?」
ギルドで知らない人はいない冒険者部門の現場管理者、炎髪のマリーが、S級冒険者のアレンに頭を下げたのだ。賭けの行方を気にしていた大半の野次馬たちは何があったのか知る術はない。そもそも彼らはサボってこの場にいるのだ。冒険者部門の職員に尋ねるなどできるわけはなく、徐々に困惑は広がっていく。
「「ちょっと待ったー!」」
そんな冒険者部門のロビーを後にし、私たちはラドン部門長へ直談判するために二階への階段を上ろうとしたところ――、背後から静止の声がかかった。
「トムさんにキーウェンじゃないか」
「アレンさんもお二人をご存知なんですね」
「近くの席で盗み聞きしていた二人ね。あんたたち、堂々とサボりすぎてて逆に見逃すくらい感心したわ」
振り返ると背の低いドワルフと呼ばれる人種の男性と、耳が長いエレフと呼ばれる人種の男性がそれぞれにポーズを決めて後ろに立っていた。それを見たアレンとマリーがそれぞれに反応する。
「話は聞かせてもらった! そういうことならオレたちも連れていけやー!」
「商業、生支部門も無関係じゃないですからね。僕たちも話をする権利はあると思いますよ?」
とても濃い土色の髪を逆立てたドワルフの男性はトムさん。商業部門の部門長すら手懐けられないマリーのようなボス的な存在で、そしてもう一人のエレフの男性、キーウェンも生活支援部門で同じような立ち位置にいる男だ。二人とも在職歴が長く、部門は違うが私たちとはそれなりに顔馴染みだった。
「あの、失礼ですが……どうしてお二人が――」
「ちょっと待ったじゃないわよ! まったく、出てくるのが遅いっ! そのウザい髪と細い体……燃やすわよ?」
「ま、まってくれー!」
「すまない! タイミングを逃して出てこれなかっただけなんだ! それになんでトムさんが髪だけで済んで僕は丸焼きなんだ!」
そんな彼らなのだが、私の言葉を遮って放たれたマリーの威圧に負けて悲鳴をあげる。マリーの真っ赤な髪は火の精霊に格別に愛された証で、炎を出すことができる。おまけにイラだっている様子のマリーだ。ただの脅しには聞こえなかったはずだが、彼らは逃げずにその場にとどまった。
「それで、どうしてお二人はここに?」
「エレーネさん、それに関してはふか~いわけが――」
「あるわけないでしょ。エレーネ、トムさんの話に耳を傾けるだけ無駄よ。だって彼ら、アレンがあんたの依頼を受けない方に賭けてた連中の代表だもの」
とりあえず私は理由を聞きたいので二人に尋ねると、トムさんは芝居ががった様子で話しだそうとし――マリーが再び横やりを入れた。どうやらあの賭けで勝てそうだったのに無効にされる可能性が出てきたため、それぞれの部門の代表として出張ってきたようだ。
「エレーネさん。ようやく彼が自分から依頼を出そうとしたんですよ。僕たちは純粋に応援しているんです! だってアレンは――」
「おいおいキーウェン。生活総合ギルドは生活の不安を解消するのが仕事じゃないのか?」
キーウェンが何か言おうとしたが、アレンが睨みながら口を閉じさせた。アレンの交友関係などは知らないが、「すまない」と気さくに謝るキーウェンを見て、妙に親密だと感じた。
「えっと、お二人はどういったご関係なのでしょうか?」
「ただの相談相手だよ。生活支援部門に生活のことで相談に乗ってくれたのがキーウェンだっただけさ」
二人の関係について尋ねると、アレンは間を置かずに答えてくれた。確かにS級冒険者である彼への対応は、部門は違えど生活総合ギルドがS級と認めた人物のためそれなりの人が対応していても不思議ではない。彼が望むので私が対応しているが、本来なら依頼の受付も現場権限を持つマリーがすべき仕事かもしれない。
「なるほど。わかりました。ありがとうございます」
「まったく、こいつも拗らせやがって……」
「もういいからしら。それじゃ行くわよ!」
お礼を言った時に最近耳にした単語が飛び込んできた。まさかと思ったが、あの直情的なアレンに限ってそれはないだろう。すぐにマリーが急かしたのもあり、キーウェンの言葉は気に留めなかった。
部門長であるラドンさんに直談判するために私たち5人は二階へと上がり部門長室を目指し廊下を進む。先頭にマリー、その後ろに私が歩く。当然のように――隣にはアレンがいた。
「アレンさん。どうして私からの依頼は受けられないのかをお聞きしてもいいですか?」
「……やっぱり聞きたい? ただの俺のわがままなんだけど――」
ずっと彼が私に依頼を出そうとした時から感じている疑問を、せっかくのタイミングなので問う。すると彼はそのごわついた燻銀色の髪を掻いてハニカミながら私の頼みならと話し始めた。
「俺がS級になって戻ってきてもエレーネさんは興味を示してくれなかっただろ? あの時の俺は貴女から求婚されるものとばかり思ってたんだ」
「……勘違いさせてしまったようですみません。あの場はそういった方が丸く収まるかなと、それしか考えてなくて。アレンさんが本当にこの街を出てS級冒険者になるなんて想像もしていなかったんです」
昨日のマリーの言葉が思い出される。確かに『S級以外の冒険者には興味はないのでごめんなさい』なんて言われたらS級冒険者の誰とでもいいから結婚したいと捉えられてもおかしくなかった。
「知ってる。S級になってもエレーネさんはいつも通り……いや、前以上に事務的な対応をしてきたからね。まあ、それが俺以外にも公平にされてたのはやっぱりエレーネさんらしいなとは思ったけど」
「だから……ですか? 私がS級だからという理由で貴方に求婚していると、私の印象が悪くなることを避けるために……」
彼は戻ってからも全ての冒険者に対して平等に接する私の姿を見て理解していた。だからS級であることを――傘に着て他の冒険者を止めていたりはしたが、私に対してはただの顔見知りな冒険者として接してきていたのだろう。
「ったくよう。そんなんだったら依頼なんて回りくどいことなんてしなけりゃよかったじゃねーか」
「うちに相談に来るような人ですよ? 体裁がなければ何もできないんですよ」
後ろのトムさんとキーウェンが漏らした会話ははっきりと私たちに聞こえた。それが今回の騒動の答えのような気がした。
「もしかしてアレンさんが依頼の形式に拘るのって――」
「……そうだよ。俺は自信がなかったんだ。S級冒険者になっても俺のことを見てくれないエレーネさんに対して、どんなに頑張っても俺は釣り合わないんじゃないかって。けれど、俺を指名してくれて――」
彼も私と同じだった。遠い人になったようで昔のように気兼ねなく話しかけくれるアレンに惹かれながらも、自分からはS級冒険者の彼に気がないふりをし続けた私と……。
「男ならそこまでですよ、アレン。エレーネさん、実は昨日ですね、生活支援部門へと彼が恋愛相談に来たとき、私たちが賭けについて教えていたんですよ」
「生支の連中がやたらと受けないに賭けてたのはそういうことね。まったく、八百長じゃない。これから直談判に行くのにそんなの聞いたら、どっちの味方をすればいいのよ」
様々なことを暴露し始めた生活支援部門のキーウェンにマリーは頭を抱えた。トムさんは恐らく生活支援部門の誰かから情報を仕入れて賭けていた一人だろう。その証拠に「オレの酒代がかかってんだ! バラすんじゃねーぞ!」と言っている。商業部門はお金が絡むと実にがめつかった。
「……キーウェン、黙っててくれないか。色々な意味で」
「ふふっ、面白い友人ですね」
そしてマリー以上に頭を抱えたアレンは正気を失いながらも私の隣を歩き、友人というのを否定して「ただの相談相手だ」と言い張った。私は――こんなに可愛いひとなのだと、彼の知らなかった一面を見られて心が踊っていた。




