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11.

 生活総合ギルドは冒険者部門、商業部門、生活支援部門という3つの部門で構成されている。部門ごとの優劣は存在せず、ここ、地方都市バルメシアでは冒険者部門が中央、右に商業部門、左に生活支援部門と、建物は横に並んでそれぞれが独立している。どの部門も一階がロビー、二階は物置や部門長室となっていて、そんな3つの施設は裏口から出られる中庭で繋がっていた。


「おーいトムさーん! どこだー!」

「トムさんならさっき裏から出ていったのを見たよ」

「あー、そのチーズはチナン用やな。そのまま南地区にある『ツハル』の店まで運んどいてくれるか?」


 右の商業部門からは力仕事をよく頼まれる人物が姿を消し、代わりに運搬を頼まれた青年は「マジかよ……」と言いながら大量のチーズが入った樽を表に用意した荷車に乗せて正面出入りから出ていく。

 

「あの、キーウェンさんを知らないですか?」

「少し席を外すとかでどこかにいかれてます。ご用件なら私がお伺いしましょうか?」


 左にある生活支援部門でも同様に、誕生日に冒険者部門を抜け出したサリナのように――今日は人が消えていた。


「ねえ、エレーネさん。F級依頼だと張り出しは3日後くらいだよね?」

「そうですね。現場管理者のマリーとラドン支部長の承認が必要ですから」


 依頼書を渡したアレンは、私がそのままいつも通りに承認待ちの箱にしまうのを見て当たり前のことを聞いてきた。というより、依頼書を買う際に先ほど説明を受けていたはずだ。その回答を聞いたアレンはニコニコして話を続ける。


「けどこの依頼書は早く支部長も見たいんじゃないかな?」

「……なるほど。アレンさんはこの依頼書を早くラドン支部長に見せたい(、、、、)わけですね」


 彼の言葉を湾曲して復唱すると、私が意図を正確に読み取ったことに満足したようで「それじゃあ、またね。エレーネさん」と受付カウンターを離れていった。


「おめでとうございます! エレーネさん!」

「心配なんていらなかったじゃないですか〜! おめでとうございます! エレーネ先輩っ!」


 側でやり取りを見ていたシャルルとサリナは彼が去るとすぐに私を祝ってくれた。けれど彼女たちはあの事を忘れている気がした。


「ありがとう、二人とも。それと賭けは私の勝ちだからごめんなさいね」


 完全な私の一人勝ち、シャルルも内容はまだ聞いていないが、何かを要求する権利を手に入れたので半分は勝ちだろう。


「ですけど! エレーネさんの想いが届いて本当によかったです!」

「あ〜っ! そうでした〜……」

「まあ、サリナは依頼書販売担当に昇格するのだから負け分くらいすぐ貯まるわよ」


 純粋に喜んでくれているシャルルとは打って変わり、思い出して項垂れるサリナに私はマリーから聞いた話を伝えた。


「え、私がアナさんの代わりに……?」

「そうよ。今はマリーがフロアに出て代わりに対応しているけど、後釜にはあなたを指名したみたいよ。私はマリーに用があるからサリナ、あなたも一緒にきなさい」


 信じられないとばかりに呆然とするサリナを連れて販売カウンターへと向かう。受付の方はシャルルに任せておいた。自信満々に「何かあれば近くの誰かに相談します!」と言っていたので大丈夫だろう。人を頼れるようになったのはサリナという先輩のおかげかもしれない。

 

「マリー、ちょっと依頼書の件でちょっといいかしら」

「いいわよ〜? 幸せいっぱいのエレーネさん」


 普段よりも他部門の人が混じっている冒険者部門のロビーへと、私はサリナと受付カウンターから出て依頼書販売カウンターに向かう。アレンに依頼書を売った彼女は会話が聞こえなくても何があったかは察しているようでニヤニヤしながら返事をしてきた。


「あなたの賭け金も私が巻き上げられてウキウキね」

「大した額じゃないしいいわよ。それよりも――おめでとう、エレーネ」


 ふざけるのは挨拶だけにして「ありがとう」と素直にお礼を言って本題を切り出したのだが――。


「特別優先処理の代金も受け取っているわ。ほら、その依頼書の左上に記載があるでしょ」

「……アレンさんにしてやられたってわけね」


 先ほどのあの笑顔は部門長に対してではなく、緊張で記載を見落とした私へのものだと今更ながら気がついた。そもそもF級依頼でそんなことをする人がいるなんて聞いたこともないので私もよく見なかったのだが……。


「S級依頼への意趣返しとしてはとても面白いんじゃない?」

「……はぁ。敵わないわね、さすがS級冒険者」


 最上級依頼から私の受けられるような最下級依頼になったわけだが――、彼の中で私との結婚は優先度が非常に高く、すぐにでも結婚したいと伝えたかったのだと受け取った。


「ならこれをお願い。賭けが行われている以上、結果はどのみち早い方がいいでしょ?」

「そうね。――アナ! サリナと一緒に依頼書販売を頼めるかしら?」


 部門長からのお説教から戻ってきていたアナを呼びつけ、そのまま仕事を任せてマリーは席を外すことにした。その際、後任のサリナに実地研修(OJT)するように指示し、監視も兼ねておくようだ。


「話はどうせエレーネから聞いているのでしょ? 期待しているから頑張りなさい」

「はい! 頑張ります!」


 気合いを入れるサリナとは対照的に、マリーからの言葉を聞いてアナは自身の慕う先輩に見放された絶望感に襲われているようだった。

 

「……あなたはそれだけのことをしたのよ。少なくとも私の後輩を食い物にしたことは許さないから。――反省しているならきちんとサリナへの指導をよろしくね」


 普段は温厚な私だが、身内が危害を加えられたのだ。処分が下るとはいえ怒りが簡単に収まるものでもない。今度は信じられないものを見たような目で恐怖に震えながら頷いていた。


 本来なら夕刻にまとめて確認しながら承認するマリーが特別優先処理ということですぐに承認し、依頼書を持って部門長室へ向かってくれたので、私はシャルルに任せた受付カウンターへと戻ってきた。


「シャルル、ありがとう。仕事の方は大丈夫だったかしら?」

「はい! B級依頼の受注が来たんですけどナンシーさんが対応してくれました!」


 まだC級までしか対応できないシャルルは近くにいた黄色の髪をポニーテールのようにした女性の方を見ながら話と、それに気付いた女性は笑顔で手を振っていた。冷静に思い返すとそもそも賭けを始めたのはナンシーであり、お礼は手を振り返す程度に留めた。


 それからサリナが依頼書販売を教えてもらっていることや、あのアレンが持ってきた依頼書は特別優先処理だったことなどを受付仕事の間にシャルルに話した。そうこうしていたらマリーが依頼書を片手に戻ってきた。


「ありがとう、マリー。それじゃあ張り出してくるわ」


 今は勤務中だ。冒険者として活動を休止しているが、G級の時同様、休みの日に副業として受ける分には問題ない。すぐには受けられない依頼書だが規定に従って掲示板に張り出しを行おうとするとマリーが「待ちなさい」と止めた。

 

「ごめんなさい。ラドン部門長が拒否をして受理ができなかったわ」

「……そんなことあるの?」


 まさかの展開に呆然となるが、アレンへ説明する必要があるということで、同席して話を聞くことになった。


「すみません、アレンさん。先ほどの依頼書の件で少々お話が――」

 

 マリーは冒険者部門のロビーで寛いでいたアレンに声をかける。なんだなんだと遠巻きながらに皆が見ている中で、部門長が依頼を承認しなかったことを告げて彼女はアレン対して職員として頭を下げた。彼はマリーに非がないことを理解し、見世物になっているその謝罪をすぐにやめさせた。


「マリーさん、ちなみに理由を聞いてもいいですか?」

「こんな依頼、冒険者部門では認められない。だそうです」


 私への結婚依頼が書かれたF級依頼書は、どうやらラドン支部長で依頼として認められないと止められたとのことだった。アレンへ営業モードで接していたマリーはようやくここで口調と態度を崩す。


「ヘソクリの全額を賭けてたらしいのよ。だからじゃないかしら」

「ちょっとマリー! そんなこと言っても大丈夫なの?」


 思っていても口に出さないでいたことをマリーが口にして驚いたが、彼女は「いいのいいの」とアレンにさきほどの部門長のことを話しだした。なんでも期限がなく報酬が払えない、F級依頼にしては報酬が高額すぎるとのことだ。つまり、依頼としての不備だらけと突き返してきたわけだ。


「挙げ句の果て、こんなふざけた依頼っていうのならエレーネからの依頼も受理しちゃいけなかったのよ。というか、その依頼を受理しなくてもアレンが受けなかった事実は消えないのだからあの人の負けなのに……まったく、往生際が悪いわ」

「マリー、落ち着いて。一度冷静に……」

「ったく、どいつもこいつも。筋が通らなかったり、陰でこそこそして」


 彼女の目が笑ってない。アナの件に続いてラドン部門長のやり方が気に食わないのだろう。不満が続いてかなりキレているようなのでなんとか宥めようとしていると……アレンがおもむろに依頼を書き換え始めた。

 

「わかった。たしかに依頼でエレーネさんの将来を縛るのも望むところじゃないし――これでどうだ?」


 アレンは二重線を使って報酬を消して修正したり、色々と書き加えるたりしたものを私に提示してきた。その彼の書き直した依頼書はこうだ。


『依頼者:S級冒険者アレン 依頼内容:依頼者との結婚(期限は6カ月) 報酬:10万ゴルド 掲載範囲:バルメシア支部のみ 特記事項:F級冒険者エレーネを指名。依頼の未受理もしくは失敗の場合は、依頼者はこの街を去る』


 期限付きにしたことで成功報酬を払う条件はクリアされ、金額もF級依頼だが長い拘束時間など発生する可能性を考えればむしろ安いくらいに落ちていた。


「ところでこの依頼書の特記事項……本気ですか?」

「S級の俺がここを離れる理由としたら十分だと思うけど?」


 微笑むだけで彼が何を考えているのかわからない。けれど、アレンからの説明を聞いて納得する。私、エレーネがS級の結婚相手を求めていただろ? と、だから俺はS級になって戻ってきたんだと主張するような一文だった。


「……脅しですか」

「ここは古巣だし、色々なギルド支部をまわったけどエレーネさん抜きにしても一番好きな場所なんだ。無事に通してほしい」


 真剣な目をしてマリーに彼は再び依頼書を手渡した。今の言葉には先ほどの脅しとは違い愛しいような気持ちが込められており、彼の本心だとわかった。


「そこまで依頼という形式にこだわるのはどうしてなんですか……?」


 私が勇気を持てずに匿名で依頼を出したのは棚に上げる。彼から求婚されれば私は頷くのに、といい――私の問いかけに彼は答えない。

 

「……はぁ。私が何とかするから二人とも来なさい。ラドン部門長に直談判しましょう。――ジルにナンシー、ちょっといいかしら」

「はい。どうかされましたか?」

 

 私たちが互いに沈黙したのを見かねたマリーは助け舟をくれる。彼女は目に入った二人に声をかけた。低く固い返事ですぐに反応した男性はジルベルト。マリーがジルと呼んでいる彼は、その巨漢で血の気の多い冒険者部門での荒事への抑止力になっている。――といっても冒険者部門の現場で現在、頂点に君臨するのはマリーだ。それはそれとして彼女を怒らすなというのは職員、冒険者全員の共通認識になっていた。

 

「はーい! マリーさんどうしたのー?」


 もう一人は高くて甘い、艶のある声で応えた女性で、長い黄色の髪をポニーテールでまとめたナンシーだ。彼女は昔にマリーが教育係をしていたこともあり、何かと頼まれごとされるので慣れた感じで明るく返事をしていた。


「悪いけど私とエレーネは少しラドン部門長と話をしてくるわ。長くなるかもしれないから二人にはしばらくフロアを頼みたいの。ナンシーはシャルルのフォローもお願い」

「わかりました」

「わかりましたー! シャルルがんばろうね!」


 ジルベルトは要件を聞いたらすぐに仕事を再開したのに対し、ナンシーは仲良くおしゃべりを始めたためマリーは「あなたは先に仕事へと戻りなさい」と叱った。すると彼女は逃げるように去っていった。


「と、いうわけだからシャルル、ちょっといってくるわ。何かあったらまずはナンシーに聞いてね」

「ナンシーで解決できない時はジルを呼びなさい。それでも難しい時は迷わず部門長室へ来なさい。下手なことをされるよりよっぽどいいから」


 この騒動の渦中にいるシャルルとナンシーだが依頼の当事者ではないので部門長室へはさすがに連れていけない。なので私たちのいない間のことを任せると伝えると、元気よく「わかりました! 任せてください!」と返事をされた。


「シャルルちゃんはやっぱり可愛いね」


 そんなシャルルのことを微笑ましいものを見たような柔らかな声でアレンが私に言ってきたため――。

 

「そうね。本当にかわいい後輩たちだわ」


 と、同意したら……なぜか彼とマリーは遠い目をされた。

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