皆の未来
その日、いつものように廊下を歩いていた。いつもと全く変わらない光景が目の前に広がっていた。今日の卒業式が終わってしまったら、きっともうこの光景を見ることもないのだろう。けれど、不思議と寂しくはない。
教室に入ろうとした時、窓枠の下の壁に貼ってある見慣れない掲示物が目に止まった。
「(ご卒業おめでとうございます…?あぁ、下級生からのメッセージかしら。)」
特に気に留めずその場を去ろうとして、ふと足を止めた。下級生ということは、シャルロットからのメッセージもあるのだろうか。そう思い、少し屈んで掲示物を軽く眺めた。すると、案外すぐに彼女の名前が見つかった。声に出さず、静かにメッセージを読む。
「………。ロゼちょっと来なさい。」
「え何急に。僕引っ張られてる…いや何か言って!?え!?」
そして、私は隣の教室からロゼットを引っ張り出した。何やらモゴモゴ言っていたが、そんなことは関係ない。謎に挙動不審になっているロゼットを廊下に立たせ、一つのメッセージカードを指さした。
<お世話になった先輩方へ
ご卒業おめでとうございます。この一年間、私は先輩方の様々な強さを見てきた気がします。誰かのために必死になれる努力家な先輩、その先輩を三年間支え続けてくれた優しい先輩。皆さんは私の憧れです、皆さんの背中を追って、きっと卒業します。
シャルロット・アメラ>
「で、これを見て何か言うことは?」
「この二人の先輩って、もしかして僕とラヴィのこと?」
「まぁそうでしょうね。」
「うーん…結構泣きそう。」
そもそもシャルロットの言う[努力家]で何故ロゼットでないと思ったのか。まぁ全てはロゼットが鈍感だからだ。仕方のないことなのだ。それにしても、ドライな顔をしながら真面目な声で泣きそうと言うのは相当矛盾していないだろうか?
「…卒業証書授与。狩人クラス、〇〇。」
「はい!」
今朝は皆あんなにソワソワしていて、私自身も色々な感情が押し寄せてきていた。しかし、式中はそれが嘘のように静かで厳かだった。卒業証書をこの場で受け取るのは、それぞれのクラスを首席で卒業した人だけ。最初の人が証書を受け取り、階段を降りていった。
「魔術師クラス、レイニー・ド・ルジューヌ。」
「はい。」
レイニーの名前が呼ばれ、彼は落ち着いていてハッキリと通る声で返事をした。いつもは少し大きめの三角帽子を被っているのだが、こればかりは脱いでいるようだ。証書を抱えて立ち止まり、ニッコリと笑みを浮かべた。
「剣士クラス、フォルズ・スミス。」
「…はい!」
やはりというべきか、剣士クラスはフォルズが首席だったようだ。それでも、いつか勝つライバルであることには変わりない。次の手合わせでは必ず私が勝つ。因みにこの時、後ろでおやっさんとニードリッヒ先生が屈強な体を震わせて号泣していた。
「僧侶クラス、ラヴィーネ・フォン・ガーチェ。」
「はい。」
そう、僧侶クラスの首席は私だ。先生から聞かされた時は少し驚いたが、とても名誉なことだ。先生から卒業証書を受け取り、後ろを振り返る。するとアメラさんが目をタオルで拭いている姿が見えた。偶然目が合ったその時、ふと足元に一雫の涙が溢れた。
「卒業生、退場。」
先生の声に合わせ、一斉に席を立つ。私達は一歩一歩踏みしめながら、涙と笑みが交差する式場を後にした。
その日の放課後、フォルズは学校の中庭にいた。今は下級生も卒業式場の片付けをしているので、とても静かだ。辺りをキョロキョロと見回すと、植物のツタが絡み合う向こう側にシトラが立っていた。
「あぁ、シトラ。急に呼び出してごめんな。どうしても伝えたいことがあって。」
「いいの、気にしないで。丁度あたしも…フォルズ君に、言わなくちゃいけないことがあったから。」
フォルズが落ち着かない様子で笑みを浮かべる傍らで、シトラもクスッと笑ってみせた。
「それで、伝えたいことって?」
「あー、そうだなぁ…あのさ、去年の演劇でシトラと初めて会った時、不思議な子だなって思ったんだ。あんまり喋らないけど、かといって引っ込み思案でもなくて。皆で脚本を考えている時、すごく楽しそうで。そんなシトラを…俺はもっと知りたくなった。」
話が見えてこず、シトラはキョトンとした顔で頷いた。フォルズはポツリ、ポツリと言葉を紡ぎ出すように話を続ける。
「えーっとそれで…修学旅行の時に口悪い[アイツ]と顔見知りになって。もう二度とシトラに会えないかもしれないって、俺も躍起になってたな。」
「あはは。あのときは本当に、心配かけてごめんね。」
「うん。でも、最終的にシトラはもう一度出てきてくれたよな。」
そこまで言うと、フォルズは一旦言葉を区切った。一呼吸置き、真剣な表情でシトラを見つめ直した。そっと手を握ると、シトラは驚いたように一瞬ピクッと動いた。
「あの時見せてくれた顔が…あの柔らかな笑顔が、頭から離れないんだ。[アイツ]が言ってた、シトラは何かを怖がってるって。シトラは、過去のトラウマで苦しんでた俺を救ってくれた。だから俺も、シトラを救えるような人でありたいと、思う。」
「フォルズ君…」
「俺と、付き合ってほしい。」
その瞬間、フォルズの頬は林檎のような赤色に染まった。ついに言ってしまった、長年押し込めていた言葉を。恥ずかしくて突発的に下を向いた後、フォルズは再び顔を上げた。しかしシトラの瞳には、喜びも戸惑いもなかった。ただ、とても寂しそうな顔をしていた。
「あの…あのね。さっき言ったよね。言わなくちゃいけないことがあるって。」
「あ、あぁ。確かに言ってたな。」
「その…あたし本当は、あたしね…」
シトラが何か言葉を言う度に、その声は段々と震えてきている。目に大粒の涙を溜め、口角を無理やり上げるようにして苦しそうに笑った。
「……あたし、来月死ぬんだぁ。」
そう言葉に出した瞬間に、シトラは堰を切ったように笑い出した。堪えていた涙が絶え間なく溢れ続ける中で、小さく声を出して笑っていた。フォルズはそれを、ただ黙って見ていることしかできなかった。
「し、死ぬって、一体…どういうことだ?」
頭がまっさらで上手く回らず、そう言葉に出すだけで精一杯だった。鼓動が早くなる中、フォルズが震えた声で聞くと、シトラは深呼吸をして落ち着きを取り戻した。
「占い師はね、その人の過去と未来に干渉できるの。条件は人それぞれだけど、その人の確定した未来を見ることも出来るんだよ。」
「そう、なのか…」
「でも駄目なの。何十回やっても、あたしの来月以降の未来が見れないの。お母さんはそれは…その時にはもう死んでるっていう事だって、言ってた。」
それはあくまで他人から聞いた話だ。自分で実際に確かめたわけではない。フォルズはそこに納得のいっていない様子で、シトラに言い返そうと口を開いた。しかし、シトラがそれを遮るほうが先だった。
「それに、あたしの家は占い館で生計を立てているんだよ?占いが外れたなんて知られたら、店の評判が落ちるかもしれない。フォルズ君だって、急にお客さんが来なくなったら困るでしょ?」
先程まで泣いていたのに、シトラはニッコリと笑い、何事もなさそうに話している。
「あぁ、別に悲しくはないんだよ。ずっと前から分かってたし…言うのが遅くなってごめん。変に心配しなくても良いからね。」
シトラがいつも通り接する傍らで、フォルズは唇を強く噛んだ。そして、爪痕が残るほど拳を握りしめた。
「…嘘つかれるのは、やっぱ気分悪いものなんだな。」
「え?」




