あたしの「好き」に正直に
フォルズはシトラから目線を落とし、吐息を漏らした。シトラがついた嘘を、彼は直感で感じ取ってしまったからだ。シトラは一瞬目を丸くして固まっていたが、再び柔らかな笑みを浮かべた。
「嘘って?あたし嘘なんてついてないよ、急にどうしたの?」
「嘘…ついてるだろ。そんな辛そうな目してるのに、無理に笑って…違うんだ、俺が好きになった笑顔じゃない。いつものシトラじゃない!」
フォルズは握りしめた拳でベンチを叩き、顔を手で覆った。シトラが心配そうに顔を覗き込むと、彼はとても苦しそうな顔つきをしていた。怒りも絶望も何一つなく、心のなかで何かに悶え苦しんでいた。
「何で、フォルズ君がそんな辛そうなの…?」
「だって、本当に死が怖くないならそんな…泣きながら笑うなんてしないだろ。お願いだ、本当の気持ちを教えてくれ。怖いんだよ…このままじゃ、本当のシトラを見失いそうで。シトラが迷子のまま、見て見ぬふりをしているみたいで。」
フォルズの弱々しい声に、手が少し震えている。シトラは何かを言おうとしたが、直ぐに口を閉じた。そしてフォルズの手を優しく取り、まっすぐに見つめた。
「あのね、この学校に入学したての時、誰とも関わらないようにしようって思ってたの。いつか来る別れが辛くなるから。でも…それでも、フォルズ君があの時声をかけてくれて、ラヴィちゃんやレイニー君と仲良くなれて、あたし凄く嬉しかったんだよ。皆といる時、凄く幸せだったんだよ。だから…」
目頭が熱くなり、それ以上言葉が続かない。抑えようとしても、何故か余計に涙が溢れてくる。大粒の涙が二人の繋いだ手に溢れ、段々と粒が繋がり大きくなっていく。言葉につかえる中で、シトラは一言一言を必死に口に出した。
「だからもう…後悔は、なくて、フォルズ君と…会えただけで、十分…十分満足、してるから…悲しく、ないよ。」
悲しくないと、そう言っているのに、シトラの瞳から溢れだす涙は止まらない。フォルズは何も言わず、そっとシトラを抱きしめた。
「もう無理しなくていい…大丈夫。辛いなら辛いって、言って良いんだ。シトラが『生きたい』って言うなら…俺がシトラの未来を導く。絶対死なせたりしない、約束する。」
温かくて、嘘偽りのない強い言葉。絡まった糸を解くように、感情を扉で締め出しても彼は容易く鍵を開けてしまう。扉の前で、手を取って歩いてくれる。目頭がカァッと熱くなり、シトラは口を開いた。
「ッ…あたしだって、怖いよ。死にたくない、もっと皆と生きていたい!でも、どうしたら良いの?あたしどうやったら生きていられるの?ねぇ…!」
「…あぁ、そうだよな。シトラ、俺を信じてほしい。後で必ず返す。だから、今だけはシトラの命を俺に預けてくれ。」
すると、シトラは自分の両手をフォルズの首周りに回し、背伸びをして彼の唇に自分の唇を重ねた。突然のことに顔を赤らめて動揺していると、シトラは泣き腫らした顔で意地悪そうに笑った。
「これ、ファーストキスだから。責任…取ってね。」
「仕方がないなぁ。分かってる、責任は取らなくちゃな。」
「えへへ…あたしもフォルズ君が好き、大好き。」
その後シトラが家に帰ると、リビングから大きな話し声が聞こえた。扉の隙間から覗き見ると、イオラと父が何か言い合っているようだ。
「イオラ、少し落ち着くんだ…」
「何よそれ、他人事みたいに…父さんのせいでしょう!」
どうやら相当ヒートアップしている様子だ。音を立てずバッグを床に下ろし、側で聞き耳を立てた。
「母さんは休んでいるんだよ。もう少し待てば」
「そう言ってもう何年経ってるのよ!?あの人のせいで、占い師でもないのに私が店を継ぐ羽目になって…!私にだって夢があったのに!あの時もそうやってヘラヘラ笑ってたわね!」
占い師の力はある特殊な血筋の人間にのみ宿る力で、カシヤップ家はその一つだ。ここの場合は大概女性に宿ることが多いが、それは全員ではない。イオラは占い師適正ではなかったが、その代わりに人の感情を読み取る能力に長けていた。だからこそ、占い師の母が部屋から出てこなくなってからも、イオラが占い館を続けさせてきた。父がそう頼み込んだ。
「いつまで母さんを[可哀想な人]だと思ってるの?終わりが近づいていって、シトラが一番苦しいはずなのに…自分の悲しみを言い訳にして、シトラ本人と向き合おうとしなかった!…あの人は、自分の娘を捨てたのよ!」
「イオラ!」
「父さんもよ!母さんをあのまま放置して、私達にも母さんにも味方しなかったくせに!このまま放置すれば、勝手に解決するとでも思ってたの!?私何度も言ったわよね、母さんは診療所に連れて行くべきだって!」
机をバンと思い切り叩く音が扉越しに聞こえた。やがて扉が空き、シトラは慌てて台所に逃げた。イオラは冷たい目で父を見つめ、
「行動を起こす勇気も判断力もないなら、ずっと黙って見ていれば良いわよ。貴方の家族が少しずつ壊れていく様をね!」
そう吐き捨ててその場を後にした。父の方に目をやると、彼はリビングの机に向かって大きくため息をついている。
イオラが自分の部屋に入ったのを確認すると、シトラは母の部屋に向かった。いつものように部屋の前に立ち、ドアを数回ノックする。
「ねぇお母さん。シトラだよ。」
「……。」
やはり今日も返事はない。どうせわかりきっていたことだ、構わずシトラは話し始める。
「あのね、あたし好きな人がいるんだ。強くて、押しに弱いけど思いやりに溢れてて…一緒に居て凄く楽しい人なんだよ。お母さんにも紹介したいな。」
「……。」
「…ねぇ、お母さんはあたしのこと、ちゃんと愛してくれてる?顔を合わせていないからって…家族の絆が、無くなるわけじゃないよね?」
「…愛してる。愛してるに、決まってる。」
真っ暗な部屋から、何かに怯えるような声が聞こえた。数週間ぶりにまともな返事が帰ってきた気がする。シトラは思わず顔が綻んだ。
「うん、そうだよね。ずっと…それだけが聞きたかったの。いつかまた、一緒にご飯食べようね。お母さんの顔を見られるまで、あたし待ってるよ。」
「そう…ごめんね、ごめんねぇ。」
母のすすり泣く声がかすかに聞こえる。シトラはそれ以上何も話さず、静かに母の部屋に背を向けた。
自分の部屋に戻り、まずバッグの中を片付けた。すると途端にドッと疲れが出てしまい、ベッドに寝転がった。ボーッと天井を眺めていると、ふとセインズが話しかけてきた。
「(さっきは随分修羅場だったな。気持ちはわかるけどよ。)」
「そう言ってる割には興味なさそうだよね。」
セインズと知り合ってからもう六年以上経つが、基本的に彼は何にも興味を示さない。普段あまり表面意識に出てこないのはそのためだ。
「あのさシーズ。前から気になってことがあるんだけど。」
「(その呼び方やめろっつーの。んで、何だよ。)」
「シーズは、初めて会った時ボロボロだったけど。何があったの?」
そう問われた途端に、セインズはあからさまに不機嫌そうになった。シトラが血だらけで倒れていたセインズを発見したあの日、二人は肉体を共有する契りを交わした。彼の身に一体何があったのか、シトラは未だに知らないままなのだ。
「(…それ聞いてどうするんだよ。)」
「どうもしないよ?でも、シーズは言わばあたしの裏人格だし。知っておきたいだけ。」
「(面倒くさい奴だな。まっいいや…どうせオレ達は記憶が混在してるんだ。隠してもしょうがねぇか。シィには教えてやるよ。ほら、目閉じろ。)」
言われた通りに目を閉じると、頭の中に見覚えのない情景が浮かんできた。それは紛れもなく、セインズしか知らない景色だった。




