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家族

 卒業式まであと一週間となった頃、皆少しずつ学生生活の終わりを自覚し始めたようで、進路の話がちらほら出てくるようになった。何故かロゼットは違うようだが。

「ねぇねー、ラヴィもうすぐで誕生日だよね?」

「そうだけれど、よく覚えてるわね。」

「当たり前じゃん!それで、なにか欲しいものある?」

作業中の私を横目に、ロゼットは楽しそうな声で話しかけてくる。あと少ししたら私達は自立しなければならないのに、何と呑気なことだ。そもそも、私は誕生日を祝われたことがない。それに、欲しいものと言われても特にはない。

「別に何でも良いわよ。何なら無しでも。」

「むぐぐ…」

ロゼットは口を尖らせ、何やら不服そうに私を見ている。私は手を止めることなく、淡々と彼に注意した。

「口を動かす暇があるのなら、仕事をして頂戴。まだ並べる椅子は山ほどあるのよ。」

「分かってるって。もう、何でこんな雑用を生徒にやらせるのかなぁ…」

 そう、私達僧侶クラスは現在卒業式の会場準備をしている。大量の椅子を、ただひたすらに等間隔に並べるだけの単純作業。時間の流れが異様に遅く感じる。それはロゼットも同じのようで、先程からずっと話し続けている。

「まぁ取り敢えず、プレゼントは僕が選んでおくから。楽しみにしててね!」

「だから無しで良いわよ。」

話を聞いていなかったのか、理解できなかったのか。ロゼットと話しているといつも調子が狂う。そして、幸せそうな彼を見ていると心が温かくなる。何故なのかはわからないが、だからこそ彼は特別なのかもしれない。


 一方その頃、一年生はもうすぐ卒業する三年生に向けてメッセージを書いていた。しかし今まで上級生と交流する機会が少なかったため、皆何を書けばよいのか悩んでいた。唯一人、シャルロットを除いて。

「んー?わぁ、シャルロット凄い書いてるじゃん!」

「えっちょっと…勝手に覗き見しないでよ。」

後ろから覗き込む同級生に対し目を丸くし、シャルロットは慌てて机の上のメッセージカードを隠した。同級生はニヤリと笑い、視線を泳がせているシャルロットに顔を近づける。

「何隠してるの?見せてよ。」

「わわっ、やめて恥ずかしいから!」

「いいじゃん、ちょっとくらい。別にどうもしないから、さ。」

カードの上の手を難なくどかされ、同級生は電光石火の速さでカードを手に取る。目視でメッセージを読んでいる間、シャルロットは観念したかのように黙り込んでしまった。

「ははぁ〜、成る程。そういうことね。」

「だから読まないでって言ったのに。もう…」

ふてくされた様子のシャルロットに対し、同級生は彼女の肩にポンと手を置いた。静かにメッセージカードを机の上に裏返しにして戻し、こう言った。

「何恥ずかしがってるの?たった一人の兄貴なんでしょ。アタシだったら寧ろ皆に見せびらかしたいくらいだけどな。」

「見せなくていいの。そもそも、あんな人がそこまでだいそれた事出来るわけないし。」

「またまた謙遜しちゃって。自慢の兄貴なんでしょーに、素直じゃないねぇ。」

 ニヤけた顔で絡んでくる友人に対し、呆れた顔でその場を去った。するとその友人もそれ以上絡もうとはせず、ただニコニコしながら彼女の後ろ姿を見ている。先生に完成したメッセージカードを提出し、自分の席に座ると、シャルロットは深くため息をついた。

 その後は長期休業前の課題をこなし時間を潰した。ペンを握り机に向かうと、周りの雑音も何も気にならない。自分だけの世界に入ったような気分になれる。シャルロットはこの時間が好きだった。そんな彼女は、優等生だ、品行方正だ、などと幼い頃からよく言われて育った。しかしそれは、周りの人間が勝手にそう感じているに過ぎず、自ら良い子になろうと行動したことは一度もない。

「(私は学ぶことが好き。ただそれだけなんだけどな。)」

 そして彼女は、幼い頃から兄と共にあった。誰かのためにがむしゃらに努力する兄の姿を見続けてきた。空回りすることが殆どだったが、それでも彼は、確かにシャルロットの心の支えとなっていた。なのに、ロゼット本人はいつも謙遜してばかり。シャルロットのほうが優れている、と口癖のように言い、彼自身の魅力を見ようとしていない。それだけが不満だ。

 そうこうしている内に、ふと鐘の音が聞こえた。シャルロットは思わず手を止め、時計を見るともう授業が終わる時間だった。周りを見ると皆既に帰る準備を始めている。シャルロットは急いで文房具を片付け、教科書類をバッグに詰め込んだ。


 会場準備がようやく終わったその日の帰り、ロゼットと話しながら階段を降りたところ、見覚えのある後ろ姿を見つけた。

「あら、シャルロットじゃない?珍しいわね、帰宅時間が合うなんて。」

「あっ、ラヴィーネさん!奇遇ですね、一緒に帰りませんか?」

そのまま三人で校門を潜り抜け、夕焼けの下で橙色の道を歩いた。シャルロットは空を見上げ、しみじみとした様子で言った。

「それにしても、早いですね。二人とももう卒業だなんて。」

「そうだね。ラヴィが僕の家に来てから、もう三年も経ったのかぁ。いやぁ本当、初めて会った時はどうしようかと…」

ロゼットは苦笑いし、そして私の顔をじっと見つめた。理解できず真顔で見つめ返すと、ロゼットのほうが我慢できずに笑い出した。

「でも今はこんなに元気になったし!良かった良かった。あはは!」

「(今のは…にらめっこに入るのかしら。それにしても、ロゼの笑いのツボは相当浅いのね。人生楽しそうだわ。)」

 なるべく別のことを考えるようにしたが、それでも当時のことを思い出してしまう。あの時のロゼットとシャルロットに対する態度を考えると、恥じらいと後悔の念しかない。それでも見捨てずに向き合ってくれた恩は、本当に返しても返しきれない。そんなことを思いながら、私達は家路についた。


 卒業式当日の朝、その日は非常に心地よい目覚めだった。窓から見える曇りなき空は、青く透き通っていて、限りなく広がっている。まるで私の心を映しているようだ。顔を洗い、いつもの制服に袖を通す。真っ白でキッチリとした制服は、いつの間にか薄汚れてヨレヨレになっている。手入れは欠かさずしていたのだが、不思議なものだ。

 ロゼットの部屋を出ると、アメラさんと目が合った。テーブルに朝食を運び、気持ちの良い笑顔で挨拶してくれた。

「おはよう、ラヴィーネちゃん。ついに今日は卒業式ね。」

「おはようございます。あっ、朝食いつもありがとうございます。」

「あら、これくらい良いのよ…ねぇ、卒業したら、本当に家を出てしまうの?」

朝食をよく味わいながら食べていると、アメラさんが寂しそうに聞いてきた。私はニッコリと微笑み、こう答えた。

「はい。いつまでもアメラさんのご厚意に甘えているだけでは…私が納得できないのです。この三年間、本当に良くしてくださって感謝しています。だから、今度は恩返しができるようになってから、また来ようと思います。」

「…そう。じゃあその時まで待ってるわね。いつでも来て良いから。」

アメラさんの優しい声に、私は黙って頷くことしかできなかった。

 通学用バッグを背負い玄関に行くと、何とロゼットとシャルロットも準備万端の状態で待っていてくれていた。何気にロゼットの方が早く支度が終わったのは初めてのことだ。

「へへん。僕もやれば出来るんだよ!」

「はいはい。それじゃあラヴィーネさん、そろそろ出発しましょうか?」

返事をすると同時に、リビングからアメラさんが見送りに来てくれた。私はアメラさんの方を振り向き、軽く息を吸った。そして、ハッキリと心の通った声を出した。

「アメラさん、いってきます。」

この日、アメラさんは私達の後ろ姿が見えなくなるまで、にこやかに手を振り続けていたらしい。

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