道を辿り突き進む
「……。」
休日の昼間に、窓から眩しいほどの太陽の光が差し込む。テーブルの中央の菓子を取り、五人とも黙々と食べている。
「…あのさぁ。」
フォルズがため息混じりに呟き、皆一斉にフォルズの方を見た。彼は眉をひそめ、机を軽く叩き立ち上がった。
「何で俺の家で堂々と菓子食ってんの?というか何しに来た?」
「なぁに言ってんだ、フォルズ。お前が全然友人連れてこないから、オレから遊びこいって言ったんだよ。」
「やっぱりフォルズのお菓子おいひいねー。ふぉふもレシピ教えたかいが…むぐむぐ。」
レイニーは呑気に菓子を頬張っている。フォルズは苛立ちながらも、実に滑らかな動作で菓子を没収し自身の口の中に入れた。
「まず菓子を食べるのやめろ。あと飲み込んでから喋れ。ん…というかこれ家にあるものじゃないな、レイニーの魔法で作ったやつか!?美味しい〜♪」
「ぼくの取られた…」
レイニーはしゅんとした様子で口を尖らせ、閃光のようにフォルズの腕を指でつついている。相変わらず、第三者からは仲が良いのか悪いのか判断しかねる。
レイニーとフォルズの機嫌が治ってきた頃、二ードリッヒ先生が奥の部屋から追加の紅茶を持ってきた。学校の非常勤講師として働いている間は、この道場に泊まっているらしい。
「ところで、フォルズ君達はもうすぐ卒業か。早いもんだ。」
「本当にそうですね。そう言えば、皆はもう進路とか決めてるの?」
シトラの問いに皆少し考え込み、その後首を縦に振った。最初に話し始めたのはフォルズだった。
「俺はやっぱり、この道場を継ぐつもりだよ。そういう約束だし。」
「まぁ…だいたい察しはついてたわ。勿体ないわね、貴方ほどの才覚があれば引く手数多だと思うのだけれど。」
「ラヴィーネがどう思っていようが、俺の帰る場所はここだけだ。それに、おやっさんは自慢の…ち、父親だし?」
彼が恥ずかしそうに目線を落とした傍らで、当の父親本人は顔を赤らめ、ぎりぎり聞こえるような声でボソッと呟いた。
「…ありがとよ、父ちゃん嬉しいぞ。」
フォルズは晴れやかな笑顔でVサインを送り、おやっさんは二ードリッヒ先生と肩を震わせ去っていった。
「それで?ロゼは将来やりたいこと、あるの?」
単純に気になったのでロゼットに話を振ってみると、彼は途端に難しい顔つきになった。
「やりたいことかぁ。でも多分、母さん達の後を継いで農家になるんじゃないかな。」
「ロゼ、それは本当に…」
貴方が望んでいることなの、そう言いかけたがこれ以上言葉が出てこなかった。自分の進路は自分で決めることだ。他人がどうこう口出しをして良いことではないだろう。だから、私ができるのは助言だけ。
「家業を継ぐのも良いけど、自分探しの旅も悪くないと思うわよ。」
「ラヴィちゃん、まるで自分が経験したみたいな口ぶりだね。」
「私自身、騎士の生まれを捨てて今こうして生きているわ。そして大切なものに出会えた、それだけでも十分実りはあるでしょう?」
私がそう返すと、不思議そうにしていたシトラもやがてニッコリと笑ってくれた。深く言うつもりはないが、何となく察してくれたようだ。
「まだ卒業まで少し猶予があるから、焦りすぎないようにね。」
「じゃあそういうレイニーは将来の夢とかあるの?」
レイニーは紅茶を半分くらい飲み、静かにカップを置いた。寂しいような、堂々としたような、不思議で強い目をしている。
「何年かかるかわからないけど、いつかクラージュの村をこの手で復興させたいんだ。あと、自分で魔導書を書いてみたい。」
「魔導書はともかく、村の復興となると…人脈とか広くないと厳しくないか?」
フォルズの独り言のような質問に、レイニーは天井を見上げ割と真剣に唸っていた。
「うーん、その時はゴルドー先生にでも弟子入りしようかな。ツテとか沢山ありそうだしね。」
「おう、その時はぜひ頼りにしてくれよ。」
二ードリッヒ先生は誇らしげに胸を叩き、レイニーは彼に軽く頭をペコペコさせた。生徒の期待に応えようとするその姿は、まさに先生の模範である。
「私は、学校を卒業したら一度自分の家に戻ろうと思うの。」
そう断言した私の声に、ロゼットが最も驚いていた。ガーチェ家の家庭環境の実態を知っているのは、ロゼットだけなので殆ど無理はない。深く追求、またはロゼットに止められる前にさっさと別の話題に変えてしまおう。
「因みに、シトラは卒業したらどうするつもりなの?」
「家族経営で営んでる占い館ね、今はお姉ちゃんが切り盛りしてるんだ。それを将来的にはあたしが継ぎたいなって思ってるの。後は…」
シトラはそこで一旦言葉を区切り、黙り込んでしまった。店に飾ってある、フォルズとおやっさんと二ードリッヒ先生の写真を見つめ、ポツリと呟く。
「もしお店継いだら…稼いだお金で、家族皆でご飯食べたいかな。」
「シトラ…?」
一瞬にして場の雰囲気が変わり、シトラの赤色の瞳はまるで雲がかかったようだ。なにか悩みを抱えていることには違いないのに、誰一人踏み込むことはできない。気まずくて視線を泳がせているうちに、ふと時計が目に入った。
「あら、もうすぐ夕方になるわね。私はそろそろ帰ろうかしら。」
「それなら、ここらへんで解散にしようか。じゃあね、また明日。」
フォルズの家から、それぞれ別々の方向へ帰っていく私達。途中で振り返ると、フォルズが首と体をキョロキョロさせて全員に手を振っている様子が見えた。
ロゼットの家の玄関に足を踏み入れた時、偶然リビングからシャルロットが出てきた。
「あれ、おかえり。友達の家に行ったんだっけ、楽しかった?」
「あぁシャル。勿論楽しかったよ、美味しいお菓子食べられたしね。」
「お菓子が本命のような言い方をしないで。少なくとも私は違うわ。」
いつも通りの真顔で訂正すると、ロゼットは頭をポリポリと書いて微笑んでいた。シャルロットもそれを見てクスッと笑った。直ぐ後にロゼットはお手洗いに行ってしまい、ちゃっかり逃げていることに私も笑いをこらえた。
「そうね、一応シャルにも聞いておこうかしら。貴方は自分の進路のことはもう考えているの?」
シャルロットは少し考える素振りを見せた後、笑みでも真顔でもない、なんとも微妙な顔になっていた。一瞬目の前にロゼットがいるのかと思った。
「今のところは、あやふやですね。家の農地で農家をやりたいんですけど…はぁ、やっぱり土地は長男のお兄ちゃんに譲られるんだろうなぁ。」
「それはわからないわ。貴方の意思が固いのなら、アメラさんに直談判して家族会議に持っていけば良いじゃない。夢を叶えるための準備を怠って良い理由にはならないわよ。」
私だって、僧侶適正でもめげずに県の稽古を続けている。シャルロットにもそうなってほしくて、つい口調が強くなってしまった。彼女は一瞬驚いた顔をしていたが、直ぐに目をキラキラさせて私の手を握ってきた。
「そうですね、弱気になってはダメですよね。ありがとう、私もっと頑張ります!」
「えぇ、その調子よ。私も応援してるわ。」
暑い暑い夏も終盤に差し掛かり、木の葉は段々と色づいていく。私達がこの学校の生徒でなくなるまで、あと一ヶ月半である。




