ロゼの顔は何度まで
修学旅行四日目、今日が最終日である。朝食を食べたあと直ぐに宿を発ち、その後は初日と同じように自力でスミスの里まで戻らなくてはならない。食堂の自分の席に食事を置くと、ロゼットが隣に座ってきた。
「おはよう、隣座ってもいい?」
「席についてから確認するのはどうなのかしら。別に構わないけれど。」
ロゼットの顔がほんの少し明るくなり、小さくガッツポーズをした。動作の一つ一つに喜びが滲み出ている気がするが、恐らく気のせいだろう。
暫くの間黙って食べていたのだが、ロゼットが隣で肩を叩いてきた。食事中に言葉を発するのはマナーに違反する。忙しなく口を動かし、パンを飲み込んだ。
「ねぇねぇ、今日スミスの里戻るでしょ?一緒に行こうよ。」
「何故?僧侶と僧侶ではバランスが悪いわ。フォルズとでも…」
ロゼットはガシッと私の方を掴み、急に顔を近づけてきた。
「…ラヴィ、僕が失踪してもいいの?」
目が笑っていない、と言うより死んでいる。夢も希望もないような真顔で、彼は私を淡々と見つめていた。何より彼の場合本当に失踪しかねない。何と言っても彼は、道案内の地図を十回以上回し凝視してそれでも道に迷うような人だ。
「仕方がないわね。一緒に行きましょうか。」
「よし!じゃあ決まりだね。ふっふーん♪」
そしてご機嫌そうにパンを口いっぱいに頬張ったロゼット。食後切羽詰まった様子で水が欲しいと懇願してきたのは、誰にも言えない秘密だ。
「(良くわからないけど…ラヴィーネ達仲直りしたのか?)」
「(きっとそうだよ。いやー愛の力は偉大だねぇ。)」
「(レイニー君は一体何を楽しんでるの…?)」
正午前の集合時間、なんとスミスの里には三年生全員が勢揃いしていた。人数を数え終わった時に軽いどよめきが起こったが、先生達が最も驚いていたようだ。その後、私達は先生のテレポートで学校へ帰してもらった。そこから解散して徒歩で帰宅し、今私とロゼットは私達の家の扉を潜ろうとしている。
ロゼットが家の戸を軽く叩くと、家の中からアメラさんが出てきた。アメラさんが心配そうに私の方を見る。家を出るときに様子が変だったから、きっと不安に思ったのだろう。口角を上げてニコッと微笑むと、アメラさんの顔も明るくなった。
「二人ともおかえりなさい。修学旅行は楽しかった?」
「勿論!人生の中でまたとない経験ができたよ。」
「えぇ、とても有意義な時間を過ごせました。」
その返事に再び嬉しそうな顔をし、アメラさんはキッチンへと戻っていった。まだ日が暮れていないのに、早い時間から夕食の準備をしているなんて脱帽だ。
三泊分の荷物を片付け終え、私はアメラさんへのお土産を持ってリビングに向かった。ロゼットと共に選んだものだが、果たして気に入ってくれるだろうか。部屋の扉を開けると、丁度家事が一段落ついてアメラさんが休憩しているところだった。
「あの、アメラさん。これ…ロゼと選んだのですが。」
「あら…ガラスのネックレスね?スミスの里では装飾品の生産も盛んだものね。」
本当は金属製の装飾品が良かったのだが、貴族でないとそう簡単につけられる代物ではない。私達のお金では手が出せないので、妥協してガラス製のものになった次第だ。それでもアメラさんはとても喜んでくれた。
「後でつけてみようかしら。素敵な贈り物、ありがとうね。」
「いえ、そんな…そう言えば、一つお聞きしたいことがあるのですが。」
「ん?なぁに?」
私は昨日の自由時間にロゼットと話した内容をアメラさんにそのまま話した。ガーチェ家からの資金援助について詳しく聞くと、アメラさんはクスッと笑った。
「あぁそれね?そうそう、あの時は凄かったのよ!ロゼがね…」
▷▷◁◁
ロゼが倒れていたラヴィーネちゃんを家に担ぎ込んできた少し後のことなんだけどね。ラヴィーネちゃん、目が覚めてからずっと暴れていたから、早く家に返してあげようと必死になって身元を調べていたの。数日後にラヴィーネちゃんがガーチェ家のお嬢様だって分かって、私とロゼと二人で貴方を引き渡しに屋敷に行ったのよ。
「お初お目にかかります。私ロギア・アメラでございます。」
「ロゼット・アメラです。この度は私達のような庶民と面会のお時間を下さり、誠に感謝しております。」
「上辺だけの社交辞令はよせ。で、肝心のラヴィーネは何処に?」
モーリッツ様、噂には聞いていたけれど威圧感が段違いだったわ。表情固いし目つきは怖いし…あら、ごめんなさいね。
それで、ロゼの魔法で眠らせたラヴィーネちゃんをおんぶして連れてきたの。一先ず玄関の壁に寄りかかるように下ろしたんだけど、丁度その時にラヴィーネちゃんが起きちゃったのよ。
「ひっ!お、お父様、ごめんなさいごめんなさい、ごめん、なさい…。」
「あ、あのラヴィーネさんちょっと落ち着いて…」
「いやっ来ないで、来ないで!いやあぁぁ!」
思い返すと、あの時が一番激しく暴れていたかしら。宥めようとしたロゼを突き飛ばして、泣き叫んで子供みたいにジタバタして。使用人さんも私達もしどろもどろになっていたところで、モーリッツ様が貴方の頭を掴んで殴ったの。屋敷内で鈍い音が聞こえて、皆一瞬で静まり返ったわ。
「ハァ…勝手に消息不明になったかと思えばこの有り様か。ラヴィーネが迷惑をかけたようだな、コイツの後始末はこちらで何とかする。下がってよいぞ。」
そう言って強引に腕を引っ張って屋敷の奥へ引きずりこむものだから、正直血の気が引いたわよ。使用人さんたちもそそくさと仕事に戻っていったし。
「コレが家督を継ぐのは無理だな…まぁいい。まだカルシュトがいる。チッ、何処までも煩わしい娘だ、さっさと始末するのも手か。」
そういう独り言が聞こえて、ロゼの中で何かが切れたんだと思うわ。モーリッツ様の後を追いかけて、肩を強引に引いて引き止めたのよ。
「…ちょっと待て。」
「聞こえなかったな。貴様、今私に何と言ったのだ?」
「どうやら耳が腐っているみたいだ。待てって言ったんだよ。」
貴族にタメ口を聞くだけでも不敬罪に当たるのに、更に煽るなんて。急いで発言を取り消すように言おうとしたんだけど、その前にモーリッツ様の導火線に火が着いたみたい。
「庶民の立場でありながら、貴族である私を侮辱するとはな!愚かなやつだ、貴様の家族もろとも死刑になっても」
「その口を閉じろ…さっきから聞いてれば、自分の娘の後始末がどうだのコレ呼ばわりだの、挙句の果てに暴力!ふざけるな!ラヴィーネさんの父親はお前だけどな、この人はお前の道具じゃないんだよ!ラヴィーネさんの怯えようから予想はしてたけど、今確信に変わったよ。ラヴィーネさんはお前のせいで心を壊したんだ!人をこんなになるまで追い込んで、用済みになったら処分とは良いご身分だよ!」
ロゼの雰囲気に圧倒されて、私を含め皆何も言えなかった。モーリッツ様はロゼに馬乗りになって剣を抜いたわ。でもロゼの怒りは収まらなかった。
「お前みたいなクズがいるから、こんな意地汚い世の中になったんだろうね!ラヴィーネさんがずっと向けてほしかった愛情も与えずに…一丁前に保護者ヅラするな!殺したければ僕を殺せばいい、でもな、そしたらお前は自分の気分で人を殺す残虐者って肩書が付くだろうさ!ラヴィーネさんの人生壊しておいて、自分だけ幸せになれると思うな!」
多分ロゼも自分が何言いたいのか分かっていなかったと思うわ。あれだけ声を荒らげているロゼを見るのは、私もあの時が初めてよ。
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「直ぐ後にガーチェ婦人が来て、上手くことを収めてくれて資金援助のことも約束してくれたし、色々な意味で助かったわ。モーリッツ様もラヴィーネちゃんを金輪際ガーチェ家に関わらせない、っていう条件で納得してくれたし。」
話を聞くと、ロゼットが想像以上に荒れていたようで心底驚いた。あのような仏のような広い器を持っている彼が、逆に何をしでかしたらそこまで激昂するのか全く想像がつかない。アメラさんはニヤニヤしながら話を続ける。
「ロゼはね、自分じゃない誰かのために怒れる優しい子なの。ラヴィーネちゃんが家に来て、ロゼも段々と変わってきてるし。あまり容量は良くないし、頼りないし方向音痴だけど…どうか、これからもロゼの友達でいてあげてね。」
アメラさんのお願いに、私は迷う事なく、そして力強く頷いた。アメラさんは安堵した表情で、プレゼントのネックレスをうっとりと眺め始めた。




