繋ぐもの
落ち着かない、どうしたら良いのだろう。表向きは平常心を保ちながら、両手をソワソワと忙しなく動かす。今は夕食後の自由時間の最中、そして私はロゼットと話をする約束をしている。
「(…まず最初に謝るべきよね?この前はロゼに酷い態度を取ってしまったわ。本当に何であんなこと言ってしまったのかしら。)」
私が抱えていた悩み、アメラ家の財政事情への不安やロゼットへの謝罪。全て彼に話そうと決めたは良いものの、直前になり頭が真っ白になってきた。あれこれ考えていても足は止めず、着々と彼との待ち合わせ場所に近づいている。左手を軽く握りしめ、視線を床から正面に移す。そしてそこには、今頭に浮かんでいる男子の顔が映っていた。
「ロゼ。ここ、待ち合わせ場所ではないわよ?」
「あーえっと、そうじゃなくて…いや、うん。待ち合わせ場所じゃないんだけどね!」
ロゼットは焦った様子で弁解を始めたかと思うと、無理やり笑って話を有耶無耶にしてしまった。それにしても、自由時間が始まってすぐ部屋を出たのに、ロゼットはもう待ち合わせ場所近辺にいるとは。私より時間にルーズな彼にしては珍しい。
「(折角だから部屋まで迎えに行こうと思ってたのに…ラヴィ来るの早いよー!)」
「何微妙な顔してるの。ほら、取り敢えず何処かに座りましょう。」
いきなりロゼットに調子を狂わされた。しかし、そのような小さなことはどうでも良い。私はロゼットの手を引き、廊下にある長椅子に座った。彼も隣に座ったが、お互いに中々話が出てこず、少しの間沈黙が流れた。
数分後、ロゼットは意を決したような顔をして話し始めた。
「あのさ、まだ聞いてなかったよね。修学旅行で家を出る時に、何でラヴィがあんなに怒ってたのかを。」
始めから核心を突く質問をされた。打ち明けるなら今しかない、今言わなくてはならない。そう思えば思うほど、言葉が詰まって出てこなくなる。するとロゼットはそっと私の手を握った。驚いて彼の方を見ると、ロゼットは優しく笑みを浮かべた。
「今言うことじゃないけど、僕はラヴィのこと、もっと知りたいんだ。だから、出来れば教えてほしい。どんな答えが返ってきても、ラヴィは僕の…た、大切な人だから。」
「…なら単刀直入に言うわ。私は、アメラ家にとって邪魔かしら?」
こちらは真剣に聞いているのに、ロゼットは口をあんぐり開けて硬直している。まるで彼だけこの世の時間に取り残されているようだ。そしてようやく情報を処理できたかのように、ロゼットは両手を突き出し[待て]のポーズをした。
「ごめんちょっと何言ってるかわからない。え、というか何故その発想に?」
「だから!私がロゼの家で居候して、財政を圧迫して、楽しい一家団らんの邪魔をしているのではないかって!」
ロゼットは天井の方を見て少し考えた後、キョトンとした顔で私の顔をまじまじと見つめてくる。一体どうしたというのだろう。
「あれ、言ってなかったけ。えっと財政面の話だけど、そこは心配しなくて大丈夫。ラヴィーネが家で暮らし始めた頃から、ガーチェ家の人にラヴィーネの学費と生活費を援助してもらってるんだよ。」
「え!?そんなこと一度も聞いたことがないわよ!どうして黙っていたの?」
「資金援助が決まった時、ラヴィは精神的に弱っていたから。後で言おうと思っていたんだけど、僕含めすっかり忘れてたよ。ご、ごめんね。」
ロゼットの額に一雫の汗が流れ、彼は心底申し訳無さそうに頭を下げた。ロゼットの家でお世話になったばかりの時、私は会話すらろくに出来ない状態だったという。何だか腑に落ちてしまった。
「あと家族団らんがどうとか、それも気にしないで。ラヴィの事は家族の一員だと思っているし、一緒に居られて凄く楽しいよ。それに父さんも母さんもシャルも、皆ラヴィが来てくれて嬉しいって良く言っているんだ。寧ろ今の生活をずっと続けたいくらい。」
私が話す間もなく、ロゼットは少々早口でまくし立ててきた。上手く丸め込まれているようだが、悪い気はしない。
「まぁ納得はできたわ。資金援助をする程の慈悲がお父様にあったことに驚きだけれど。」
「あはは…本当は怪我をしてたラヴィーネをガーチェ家まで送って行ったんだよ。それでモーリッツ様と話をしたんだ。それで、その人の態度に腹が立って…」
そこまで言うとロゼットは急に黙り込んでしまった。ロゼットが人に対して腹を立てるなど相当なことだ。彼の様子から察するに、余程荒れたのだろう。
「…いや、それにしても誤解が解けたなら良かったよ。本当にごめん、僕の説明不足で…」
「ロゼは悪くないわよ。私が勝手に勘違いして気負っていただけ。」
それに対し、ロゼットは激しく首を横に振った。優しい笑顔から一変し、真剣な眼差しを私に向ける。
「いや、少なからず僕にも責任はあるよ。ラヴィがあそこまで取り乱す程悩んでいたって、一緒にいたのに気付けなかったから。」
「ロゼ、だからこれは貴方のせいじゃ…」
「ラヴィ、僕強くなるよ。ラヴィのことを守れるように、絶対強くなる。」
ロゼットは椅子の背もたれに腰掛け、ふと廊下の窓から空を見た。今日は静かで夜空の月もよく見える。目線を動かさず、ロゼットは懐かしそうに私に聞いてきた。
「ねぇ覚えてる?一ヶ月くらい前に、放課後僕がシャルと比べられて馬鹿にされた時あったよね。」
「えぇ、それでも貴方は一切言い返さなかったわね。本当にロゼは我慢強いわ。」
「小さい頃からシャルばかり褒められてたから、それが当たり前だと思ってたんだ。でもラヴィは、弱気で頼りないこんな僕のために怒ってくれていたよね。凄く…嬉しかった。」
私の手を握る力が少し強くなった。かと言って痛い訳では無い。ロゼットは私の方に顔を近づけ、キッパリと宣言した。
「だから僕も、ラヴィに心強いと思ってもらえるような人でありたい。ラヴィのことはもう泣かせないし、傷つけさせない。だから…僕を信じて。ラヴィのためなら、僕はきっと変われるから。」
この時のロゼットはまるで別人のようだった。彼の意思は強く、目の奥には私の知らない光を灯していた。私のために、ロゼットは変わってくれようとしている。私は彼が思っているほど出来た人間ではないのに。彼のような優しさに溢れた人間性など、欠片もないというのに。
「ロゼはもう十分強いわ、私よりもよっぽどね。温かみがあって心が休まる人で、きっと皆から必要とされる人よ。それにお礼を言うのは私の方。見ず知らずの私を助けてくれて、ラヴィーネという人間に真っ向から向き合ってくれて…ありがとう。」
ロゼットの手をそっと握り返し、ニコッと微笑む。ロゼットの手の温かみを肌に感じて、じんわりと温かい。それはきっと、ロゼットの心も温かいからだ。彼に会えて、私の人生は変わったのだ。言葉だけでは感謝の気持ちを表しきれない。
「まだ時間あるよね?」
「えぇ、まだ余裕があるわ。あぁそうよ、すっかり忘れてたわ。アメラさんへのお土産を選びたいから、付き合ってくれる?」
ロゼットはコクッと頷いた。早速店へ行こうとその場に立ち上がったが、一向にロゼットは握った手を離す気がない。これではお土産を買いに行けない。
「ちょっとロゼ、これでは動けないじゃない。」
「分かってるよ、後でちゃんと付き合う。でも、もう少しだけ…手を握ってたいな。」
私は呆れ顔で椅子に再び座り込み、ロゼットに対し怪訝な顔をした。彼は苦笑いをしていたが、それでもどこか嬉しそうだ。それから数分間、私達は互いに手を繋ぎ静かな時を過ごした。日常の中の、こういう何気ない時間が大事なのかもしれないと思い始めた今日この頃である。




