貴方といるから
フォルズはシトラに聞いた、誰なのかと。一瞬その場の時が止まり、シトラは瞬きをしてポカンとしている。
「え…どういう事?誰って言われても、あたしはシトラだよ。逆にその以外なら誰に見えてるの?」
「知らない、だからこうやって質問してるんだろ。でも別人だと思った根拠ならある。」
フォルズの自信のある言動にシトラは表情を曇らせ、彼の次の言葉を待った。
「一つ、昨日から頑なに誰の名前も呼ぼうとしない。
二つ、俺が後ろから話しかけても驚かなかった。背後の気配をあんなに早く察知するなんて、並の学生に出来る芸当じゃない。
三つ、昨夜は俺を魔法で眠らせようとしてきた。シトラならそういう事はしない。」
先程まで穏やかな顔をしていたが、シトラは段々と冷めた目つきになった。いつもの彼女らしくない表情だ。フォルズはそんなシトラの顔を覗き込み、淡々と問い詰める。
「こんなところか。どうだ、アンタは本当にシトラなのか?」
「…あーあ、結局バレたのかよ。別に驚かねえけどな。」
突如口調が変わり、[シトラ]は深くため息をついて気怠げな声を出した。予想以上の変わり様にフォルズはギョッとしたが、直ぐに調子を取り戻した。[シトラ]は顔だけフォルズの方を向き、ニヤリと笑った。
「御名答。お前の名前…何だっけか、まぁいいや。オレはセインズ、この体に精神体として存在している。」
「ず、随分あっさりと…それで、俺が知るシトラは何処に居るんだよ。」
「あぁ、アレは今引きこもってる。その気になれば自分から出てくるだろ。」
信用して良いのか疑うべきなのか、イマイチ分からない。ただ嘘はついていない気がする。セインズから出来る限りの情報を引き出すため、フォルズは彼との会話を続けた。
「人気のない場所を選んで正解だったかもな。それで、アンタはどうしてシトラの体に潜んでいたんだ?」
「初対面のお前にそこまで言うつもりはねえよ。でもそうだな、何年か前にオレは一回死んだんだよ。その時に肉体を捨ててシィの…お前の言うシトラの体に乗り移った。ある契約を交わしてな。」
フォルズは思わず話に聞き入ってしまった。契約は互いに制約をかけて莫大な力を得るものだ。魔物と主従関係を結んで下僕にするなどもその一種である。契約は時には大きなリスクを伴い、わざわざそのような危険を犯すなど並大抵の理由ではないだろう。
「シィが望んだ時にオレが触手を介して力を貸すこと。死を迎えるまでオレはこの体に留まること。そして、オレが好きな時にシィの生命力を吸うことを許可すること。どちらかが契約を違えた時…」
「…どうなるんだよ。」
「恐らく、オレもシィも死ぬ。」
その瞬間、フォルズは言葉を失った。レイニーはあの触手は魔法ではないと推察していた。シトラとセインズが契約を結んでいるというのも、まだ理解できた。しかし、こればかりは脳が理解を拒否している。まさかシトラがそのような契約を結んでいたなんて。分からない、彼にはどうしても分からない。
「シトラが…死ぬかもしれない?」
「別にシィを殺す気はねえよ。つーか、オレは死ぬのが怖くてこの体に憑依してるんだ。わざわざ寿命を縮めるようなことはしない、これは本当だ。」
セインズは嘘偽りのない真剣な眼差しでそう断言した。それでも疑念を払拭することは出来ず、フォルズは鋭い眼光でセインズを牽制する。
「いつ心変わりするか分からない。今はアンタの言葉を信じるが、もし俺の友達を傷つける存在なら…俺は必ずアンタの敵になるよ。それだけは覚えておいてくれ。」
少しの間、沈黙がその場を支配した。セインズは目を見開いてフォルズを見つめたかと思うと、突然堪えきれなくなったかのように笑い出した。
「ハハハ…お前肝座ってんな!普通は焦るのに、逆に脅迫してくるとは。気に入った、シィが特別視するわけだ。お前、名前は?」
「…フォルズだ。というか、今笑うところじゃないと思うぞ?」
フォルズの指摘には一切反応せず、セインズはひとしきり笑った後、近くを流れる小川をボーッと見つめた。風の揺らめく音が聞こえる中で、水も静かに流れている。セインズは目線を落としたままフォルズに質問をした。
「なぁ、お前は…死ぬのは怖いか?」
「いきなりどうした。まぁ、そりゃあ死ぬのは怖いさ。誰だってそうだろ?」
「…そうか。ならシィのこと、大事にしてやれよ。一度死んじまったら、何もしてやれないんだからな。」
そうフォルズに助言するセインズは、どこか儚げで切ない瞳をしていた。セインズが今何を考えているのか、フォルズには知る由もない。それでもこの言葉は彼が心の底から思っていることなのだと、何となく分かった。
「…シィ、居るんだろ?返事しろよ。」
セインズに呼びかけられ、シトラはゆっくりと顔を上げた。二人は同じ肉体を共有しているため、いつでもシトラの意識の中で会話ができる。今居るのはその会話のための場所で、二人の精神が共生している場所そのものである。
セインズはその場に座り込んでいるシトラの方へ歩み寄り、彼女に目線を合わせた。
「もう十分休んだだろ、そろそろ出てきたらどうだ?」
「シーズ…分かってるよ、でも。」
シトラは言葉を濁し、彼から自然と目線を逸らした。しかしセインズは無理やり顔を彼の方に向けさせ、シトラの頭にチョップをした。そして、文句を言われる前に先に話し出す。
「良いかよく聞け。あの水晶に触手吸われそうになって、オレもお前も契約違反で死ぬところだったよな。それで表に出る勇気が出なくなったのも分かる。でもな、フォズに心配かけたままで本当に良いのかよ?」
「…良くない、フォルズ君ともっとお話したい。でも…でも怖いの!このまま友達と楽しく過ごして、仲良くなりすぎちゃうのが!」
珍しく大きな声を出しながらもその声は少し震えており、シトラは何かに怯えた表情をしている。昨日の洞窟探索からずっとこのような状態だ。その理由もセインズは痛いほど良く分かっていた。それでも彼は根気強く説得を続ける。
「あいつはいい奴だよ。一度オレの睡眠魔法を食らって格上の相手だと分かってるのに、お前のためにオレを脅してきたんだぞ。それは本気でシィのことを大切に思ってるからだ。」
シトラはコクッと頷き、少し考えるような仕草をした。セインズはシトラの肩に手を置き、真っ直ぐシトラと向き合った。
「だから、お前の思いも少しはフォズに伝えてこい。後悔しないようにな。」
「…うん、そうだね。せめて悔いが残らないようにしなくちゃ。ありがとう、あたしちゃんとフォルズ君と話して来るよ。」
セインズは一瞬だけニコッと笑い、先程までシトラがいた場所に座り込んだ。シトラは彼に背を向け、明るい光が差し込む方へ走っていった。
死ぬのは怖いかとフォルズに聞いた後、セインズは目を閉じてそのまま何も話さなくなった。はたから見ると何が起こっているのか分からず、フォルズも安易に言葉を発せないままだった。内心焦りを感じてきた頃、[シトラ]が再び目を開いた。フォルズの方を振り向き、気不味そうに苦笑いをする。
「フォルズ君。えっと、ただいまで良いのかな?」
「え!?…シトラ?」
フォルズが目を丸くして聞くと、シトラは首を縦に振った。
「うん、心配かけちゃったかな?多分、もう大丈夫だと思う。」
「ほ、本当に自由に入れ替わりできるのか。良かった…シトラが帰ってきてくれた。」
安心したためか急に全身の力が抜けてしまい、フォルズはその場で仰向けになった。シトラにはそれがフォルズが卒倒したかのように見え、慌てた様子で意識の確認をした。無論バッチリ彼の目は覚めている。
「どうしたんだ?そんなに慌てて。」
「げ、元気そう…別に何でもないよ。あっそうだ…こんなあたしと友達になってくれて、ありがとう。フォルズ君と知り合えて、実は結構嬉しいんだ。」
シトラに面と向かって礼を言われ、そして相変わらず可愛い笑顔にフォルズはつい赤面してしまった。




