過去から巡る思い
三日目は朝食を食べ終わった人から移動である。どうやら昨日訪れたクラージュの村の歴史についての話を聞くらしい。皆が喋りながら食事を楽しんでいる中、食べるのが早いフォルズは人知れず食堂を出た。シトラが食堂を後にするところを見かけたからである。
「よー、意外と食べ終わるの早いんだな。」
「いや、いつもはもう少し食べるよ?でも、今日はあんまりお腹すいてないの。」
相変わらず後ろから話しかけても一切驚かない。フォルズの存在感が濃すぎるが故か、それとも…?
「……。」
「ん?急にこっち見てどうしたの?何か、変かな。」
「…いや、何でも。そうだ、今日の自由時間に行きたい場所があるんだ。良かったら一緒に行かないか?」
フォルズの誘いにシトラは一瞬驚いた顔をしつつも、嬉しそうに二つ返事で了承した。ルンルン気分で去っていく彼女の後ろ姿を、フォルズは暫くの間見つめていた。
突然だが、レイニーは現在不貞腐れている。それは何故か。今生徒達に話されている故郷の村の歴史の内容に腹が立っているからである。
「クラージュの村での魔法は、発展しすぎたのです。魔法は便利な道具から人知を超えたものとなり、人々は魔法に翻弄されるようになりました。」
「(それを管理するのがぼく達の仕事なの。誰が魔法を使っても害がないように研究してたんだよ。というか、村でそういう類の事故が起こったことは一度だってないよ。)」
最初の十数分は我慢していたが、段々と苛立ちが隠せなくなり貧乏ゆすりを始めた。
「この強大な力はいつか取り返しがつかない事態を招くかもしれない、そう考えた私達はクラージュの村を訪れ、魔法の使用を禁止するよう言いました。しかし、絶大な魔法の力に取り憑かれた村人たちはそれを拒否し、私を魔法で凍らせようとしたのです。」
「(違うでしょ、家に火をつけられたら誰だって消火しようとするよ。一番大事なところ抜けてますよー?)」
腸が煮えくり返りそうだ。元から期待していなかったが、村で起こった出来事がここまで歪曲して伝えられているとは思わなかった。そこまでして自分たちを正当化して、一体何がしたいのだろう。止まらない貧乏ゆすりで机はガタガタと揺れ、周りの人もチラチラとこちらを見ている。しかしレイニーの目には入らない。
「睨み合いの末戦いが起こり、多くの人が死にました。ある者は全身を焼かれ、またある者は風で腹部を切り裂かれて…クラージュの村の子供も女性も、皆犠牲になりました。私は…無抵抗の人々を何人も手にかけました。」
「(この人、実際に村が滅ぼされた現場にいたんだっけ…犠牲が出たことには涙が出るのに、ぼく達の言い分は認めなかったんだね。)」
語り部の人は小刻みに肩を震わせ、目元を手で隠す仕草をした。声を押し殺すように静かに泣き、言葉を絞り出すように話を続ける。
「村の人達に、私達に敵対する意思はありませんでした…過激な思想を持ったかつてのリーダーは、彼らをも始末しました。私達の方も多くの犠牲者を出し、残ったのは大量の死体だけ。後に私は同志と共に村人達を近くの洞窟に埋葬し、それ以降のことは分かりません。」
語り部は一旦言葉を切り、抑えきれなくなった涙を拭いた。語り部は涙目で生徒達を見つめ、震える声で必死に訴えかける。
「今でも、村人が私を呪いに来る夢を見ます。そしてその度に思うのです…なぜ分かり合おうとしなかったのだろうと!今私達が安全に魔法を使えるのは、クラージュの村で培われてきた莫大な魔法の知識のお陰です。彼らが当然のように魔法を使っていたのは、安全に使える方法を既に知っているからだった!なぜ協力よりも先に…武力行使を選んでしまったんだろう。私はなぜ、止めようとしなかったんだ…!あ、あぁ…」
語り部の人はそれ以上は語らず、その場に崩れ落ちてひたすらに懺悔を繰り返していた。彼の嘘偽りのない後悔の念を感じ、生徒達は誰も何も言えなかった。
語り部の話が終わってもレイニーの苛立ちは収まらず、現在心の声を一つ一つ言語化しながら蜂蜜のクレープをムシャムシャ食べている。元々はフォルズに奢る予定だったものだが、彼の様子のおかしさに気付いたフォルズが譲ってくれたのだ。
「あぁもう本当に腹が立ってくる!自分だけ辛い思いしてるみたいな言い方して、自分に都合の悪い事情は伏せて。まるでぼく達が悪いみたいに…!」
行き場のない気持ちが沸々と込み上げてきて、自分でも抑えきれない。クレープを食べ終わった後、包み紙を握りしめながら今座っている椅子をバシバシと叩いた。しかし数分間それを続けると流石に落ち着いてきて、急に気持ちが冷めてしまった。
「はぁ…こんなことしても仕方ないか。それにしても、ここまでイライラするのは何年ぶりかなぁ。誰もいなくて良かった、癇癪起こしているところ見られずに済む…」
先程フォルズから聞いた話だが、彼は自由時間にシトラと一緒にいるという口約束を交わしたらしい。レイニーには特に恋愛的に好意を抱いている人はいない。ここは唯一人の親友であるフォルズが幸せそうにしている場面を見て、元気をもらいたいものだ。
「(あの二人、いつ付き合うんだろう…)」
夕食後、遂にやってきた自由時間。フォルズは一足先に待ち合わせ場所に行き、シトラが来るのを待っていた。道に迷っているのか、中々来ない。
「(いくら何でも、早く来すぎたか…?)」
そのようなことを思いながらふと周りを確認すると、シトラが早歩きでこちらに来ているのが見えた。フォルズは思わずホッと胸を撫で下ろした。
「あっごめんね。待たせちゃったかな?」
「いや、良いんだ。俺も少し前に来たばかりだから、それに遅刻じゃないし。」
「それで?行きたい場所って何処なの?」
シトラが興味津々で聞いてきたが、フォルズは勿体ぶって教えなかった。シトラは不服そうにしていたが、それでも口を割る気は無さそうだった。仕方なくフォルズの後をシトラがついていく形となった。
「せめてヒントくらい教えてよ。気になるじゃん。」
「まだ秘密。それに俺も昨夜偶然見かけただけだから、気に入ってくれるかどうか…」
フォルズは複雑そうな顔をし、恥ずかしそうに頭をポリポリと掻いた。その様子にシトラはクスッと笑い、彼の顔を覗き込んだ。
「大丈夫だって。素敵な場所だと思ったから、誘ってくれたんでしょ?それならきっと私も素敵だって思うよ。もっと自信持って。」
フォルズはその後屋外に出て、宿の敷地内を進んでいく。数分間二人で会話をしながら歩くと、どこからか川のせせらぎが聞こえてきた。シトラが不思議に思っていると、やがて少し開けた場所に出た。
「着いた…やっぱり、ここだと夜空の眺めが良いな。少し寒いけど、良い場所だよ。」
フォルズが連れて行ってくれたその場所は、人気のない静かな場所だった。しかし近くに街灯があるため、そこまで視界は悪くない。周りには背の低い草が生えており、シトラとフォルズはそこに隣り合わせに座った。耳を澄ますとチョロチョロと水の流れる音が聞こえてくる。
「何か音が聞こえるような…川でもあるの?」
「そう、ここらへんは田舎だから小川とか森とかの自然が沢山あるんだ。スミスの里にはたまに野生動物が迷い込むこともあるんだぞ。」
「へぇーそうなんだ!王国の中心都市じゃ考えられないね。」
フォルズは地面に手をつき、夜空を見上げた。今日は珍しく雲も少なく、綺麗な半月も星星もよく見える。昔両親と天体観測をしたことを思い出し、フォルズは暫しの間ふけっていた。シトラも何だか神妙な顔つきで美しい空模様を見て、この静けさを堪能した。
すると、フォルズは目線を星星からシトラに移し、何食わぬ顔で言った。
「…で、アンタ誰。」




