ちぐはぐの友達
医務室でレイニーの意識の回復を確認したフォルズは、疲れた様子で自身の部屋に戻った。昼間の洞窟の一件から医務室への二度の侵入、思い返せばまだ一度も休んでいない。ルームメイトからの心配の声も耳に入らず、ベッドに倒れ込んで死人のように眠った。
そこから28.1秒後、脳内にハキハキとしたレイニーの声が響いた。
「(やぁフォルズ。まだ起きてるよね?)」
「(布団に入ってからまだ三十秒も経ってないけど、どうした?早くテレパシー切ってくれ、煩くて眠れない。)」
「(そうか、じゃあもう一仕事してくれるかい?)」
「(話ちゃんと聞いてたか?少しくらい寝させろって。)」
寝落ち寸前の声で抗議するが、鬼畜なレイニーには一切響いてなさそうだ。テレパシーは言わば一方的にネットワークを繋いで会話をするようなもので、今はプラグをコンセントに刺すも抜くもレイニーの自由だ。フォルズの意思で拒絶することは出来ない。
「(俺が了承するまで永遠に睡眠妨害するつもりか…親友に対する所業か、これ?)」
「(キミは押せば折れてくれるからね。早速だけど、シトラちゃんの様子が変なんだ。いつもと雰囲気が違うというか…念の為フォルズの方からも確かめてくれないかな。)」
どうやらシトラも無事目を覚ましたようだ。一先ず安心だが、様子がおかしいとは大いに気になる。ラヴィーネは彼女の触手が水晶に吸い込まれていたと言っていたが、なにか関係があるのだろうか。
「(…分かった、引き受ける。その代わり明日の自由時間なんか奢れよ?)」
「(フォルズの好きな蜂蜜のクレープ買ってあげるから、お願い!シトラちゃんは大広間に居るはずだよ。)」
「(流石俺の親友、良く分かってるな!大広間か、直ぐ行く。)」
フォルズはムクリとベッドから起き上がり、ポケットに手をいれる仕草をした。そして慌てた様子でバッグを漁り始め、ルームメイトは案の定話しかけてきた。
「どうしたんだよ、急に慌てて。」
「…部屋の鍵、失くしたかも。」
虚無の表情でポツリと呟くと、ルームメイト二人は一気に顔を青ざめた。そしてバタバタと部屋の中を隈なく探し始める。
「マジで言ってんのか!?どうすんだよ!」
「探すしかないですよ。そうだ、部屋の外も一応探してみては?フォルズくんが部屋を出たことは黙っておきますから。」
「ありがとう、ちょっと探してくる!」
部屋のドアを閉めた後、フォルズはズボンのポケットから部屋の鍵を取り出した。これで大広間に行くことができる。嘘をついて少々後ろめたさもあるが、嘘も方便だ。
先生に見つからないように移動すると、確かにシトラと思われる人が大広間をフラフラしている。誰にも気が付かれないよう足音を消して近づくと、何と話しかける前にこちらを振り返ってきた。
「あれ、どうしたの?というか部屋から出たら駄目なんじゃ…」
「あぁいや、それはどうでも良いんだよ。意識戻ったんだな。良かった、結構心配したんだぞ?」
「えへへ、心配かけてごめんね。二人とも目が覚めたから、これから先生に報告に行くところなんだ。」
この時フォルズの瞳には、いつも通りのシトラの姿が映っていた。レイニーは様子がおかしいと言っていたが、一体何故なのだろう。原因を探るため、もう少し行動を共にしても良いかも知れない。
「あっそうだ、実は今俺の部屋の鍵を失くしててさ。一緒に探してくれないか?」
「それは受付の人に報告したほうが良いじゃないかな…」
「やだよ、折角の修学旅行なのに説教くらうとか。頼む!」
両手を合わせて頼み込むと、シトラは微妙な顔をしながらも手伝ってくれた。フォルズが先程通ったという所を二人で探していると、急にシトラに左手を掴まれた。彼はシトラの体温を肌に感じて焦ってしまい、振りほどこうとするが頑なに離そうとしない。
「な…どうしたんだよ急に。早く鍵を探さないと。」
「そんなこと言わないで。もうちょっとだけ、手繋いでいよう?」
シトラは控えめな笑顔でフォルズの耳元に囁き、両手で彼の手を優しく握った。左耳にシトラの温かい息がかかり、彼の思考は停止する。体内で心臓の鼓動音がよく響き、フォルズは顔を真っ赤にして彼女を見つめた。
「(あれ…何か眠くなってきたな。疲れが溜まってるからか…?)」
「…?どうかしたの?」
「(…駄目だ、我慢できない。このままだと、意識落ちる。)」
フォルズは目をゴシゴシと擦り、握られていない方の手で丁寧にシトラの手をどけた。その途端眠気でよろけてしまい、近くの柱に頭をぶつけた。
「わ、大丈夫?いきなりどうしたの?」
「あ…悪い、何か急に眠くなっちゃってさ。今日はもう寝ることにするよ。鍵探し、付き合わせてごめんな…おやすみ。」
フォルズがシトラに手を振ると、シトラは不思議そうな顔で手を振り返した。眠気で視界が霞み、フォルズは手すりに身を寄せながら階段を登っていった。
「(どうだった、なんか変だったでしょ?さっきぼくが話しかけたら凄く適当にあしらわれてさ。今のシトラちゃん、何だか人との関わりを避けている感じがするんだ。)」
「(あぁ、多分レイニーの考えは間違ってない。暫く俺の方で探りを入れてみる。だから、シトラのことは俺に任せてくれないか。)」
途中で眠ってしまったのか、レイニーは返事をせずにテレパシーを切った。フォルズはその自由さにため息をつき、自身の部屋の前まで来た。先程まで床で寝てしまいそうなくらいだったのに、数分間歩くとすっかり眠気が覚めてしまった。部屋のドアを開けると、ルームメイト二人が同時に彼を見た。
「ど、どうだった。鍵は見つかったのか?」
「あぁ、案の定床に落ちてたよ。ほら、ちゃんとここにあるぞ。」
フォルズは徐ろにズボンのポケットから鍵を取り出し、ニカッと歯を出して笑った。二人は肩の荷が下りたようにベッドに寝転がった。
「ふぅ…良かったです。心臓に悪いですから、今度から気をつけてくださいね。」
「悪かったって…まぁ、見つかって本当に良かったよ。」
フォルズはそう言いながら再び布団に入り、ようやく温かいベッドで横になる事ができた。その瞬間今日の分の疲れが一気に出てきてしまい、瞬く間に深い眠りについた。
同じ頃、レイニーは完全に体調が回復し自分の部屋に戻った。対してシトラは、ゴルドーの進言により念の為ということで医務室で夜を過ごすこととなった。今日宿屋に戻ったのは夕方だった筈だが、あっという間に消灯の時間になり医務室の電気も消された。布団を頭から被り目を瞑ると、シトラは案外直ぐに寝てしまった。
次に目が覚めた時、辺りはまだ暗くて何も見えなかった。布団から頭を出し、上体を起こして周りを見渡す。医務室にはシトラ以外人がおらず、窓からは風の音だけが聞こえる。
「(誰もいない…静かだな。)」
起きたからと言っても特にすることはなく、ただ時間だけが過ぎていく。暫くの間ボーッとして過ごしていると、急に咳が止まらなくなり咄嗟に手のひらで口を覆った。
「ゲホッ、ゴホッ…」
暗くてよく見えないが、手には何か液体がついている。唾かと思い擦って落とそうとすると、その感触は唾とは少し違うものだった。
「これ…血?ハハ、契約に違反した代償か。結構キツイなぁ…」
声が響かない静かな医務室で、シトラは人知れずそう呟いた。




