雨が上がる日に
洞窟の亡霊を撃退した後、生徒全員の存命を確認した先生達は生徒達と共に宿屋に帰還。生徒達には自分の部屋から出ないように言い、別室で今後の方針について話し合っていた。
「あの亡霊は何だったのですか!?去年まで目撃情報が一切無かったというのに!」
「生徒の中には亡霊に人を探してほしいと頼まれたという人も居ます。恐らく今年の三年生内の誰かが原因かと。」
その[誰か]には皆思い当たる節があるようで、先生の内の一人が眉をひそめた。
「レイニー君ですか…まだ目は覚めていないそうですね。」
「彼と亡霊に何らかの関係があるのは確かなのですが、まだ本人に直接聞けるじょうたいではありません。シトラ君も含め、明日の朝までに目覚めない場合は親御さんに迎えに来てもらいましょう。」
ゴルドーがそう提案すると、その場に居た先生の視線が一気に彼に集まった。皆は口々にゴルドーの提案を非難し、反対した。
「家に帰すのは事情聴取が終わってからだ!」
「このまま二人とも起きなかったら、責任を取るのは私達ですよ!?」
「そもそも、洞窟で亡霊が出たのはレイニーさんのせいでしょう!本人に責任を取らせるべきですよ!」
非難轟々の嵐の中、ゴルドーは全く怯まずに他の教師陣を手で制した。一瞬だけ声が止んだ隙に、彼は淡々と自分の意見を述べ始める。
「今最も不安を抱いているのは、私達ではなく生徒達です。どんな事情であれ、我が校の大切な生徒達を危険にさらした責任は必ず取らなければなりません。教師として今この場で考えるべきなのは、責任云々ではなく今だ意識が戻らない二人の治療法です。違いますか?」
ゴルドーの鋭い視線と顔つき故の圧力に圧倒され、殆どの先生方は黙り込んでしまった。一人の先生が絞り出すように声を出す。
「で、では…そこまで仰るのなら、今回の事件の責任は全てニードリッヒ先生に負ってもらいますよ!」
「えぇ構いませんとも。私一人で保護者からの全ての非難を受け止められるなら、喜んでそうしますよ。」
ゴルドーはドスの利いた声で迷いなく宣言し、その場を去った。臨時講師であるにも関わらず、歴が長い教師に対して終始強気な姿勢を崩さなかった事に皆が驚いていた。
私、ラヴィーネは現在フォルズと共に医務室に忍び込んでいる。先生達は部屋から出るなと言うが、友人が意識不明なのに部屋に閉じこもるのは無理な話だ。
「…二人ともうなされているな。一体どんな夢見てんだか。」
「フォルズ、そろそろ代わるわよ?貴方も無理したら…誰か来たようね。あの棚に隠れましょうか。」
「えっマジかよ、あそこ絶対二人も入んないだろ。」
ブツブツと文句を並べるフォルズの頭をペシッと叩き、無理やり棚の中に押し込んだ。残念なことに、棚にはもう一人入れる程のスペースはない。私だけ隠れられなくなってしまった。急いで隠れ場所を見つけようと奔走していると、扉が開きゴルドーと目が合った。
「は…ラヴィーネ君!?何してるんだ?」
その瞬間、既に言い訳をしても手遅れだということを悟った。そして、下手にコソコソせず逆に堂々と全てを暴露しようと思った。
「すみません。部屋にいるべきなのは重々承知なのですが、どうしても友人を心配する気持ちが抑えきれず抜け出してきてしまいました。ほらフォルズ、貴方も出てきなさい。」
棚の扉の隙間から覗いていたフォルズと目を合わせて呼んだため、観念して彼もモゾモゾと棚から身を出した。
「あーえっと…あはは。す、すみませんでした。」
「フォルズ君まで…あのな、部屋にいろっていうのは、生徒の人数確認をしやすくするためなんだ。先生達も今レイニー君とシトラ君の容態を調べている最中だから、待っていてくれないか。」
ゴルドーに説得され、フォルズは渋々部屋に戻っていった。それに対して私は引き下がらず、レイニーとシトラの情報を引き出そうと試みた。
「二人はどういう状態なのですか?出来れば教えていただきたいのです。」
「…まずレイニー君だが、亡霊の内の一体に憑依されている。今彼は精神世界、つまり夢の中で亡霊と対話をしている可能性がある。もしそうなら時間が経てば大丈夫だろう。」
サニーはレイニーのことをよく知っている様子だった。他の亡霊とは違い、誰かに危害を加えようという意思は無かったように思う。レイニーにとって大切な人ならば、未練が残らないようにきちんと話をしてほしいものだ。ゴルドーは深くため息をつき、話を続ける。
「次にシトラ君だ…彼女はレイニー君よりもタチが悪いかもしれん。これを見てくれ。」
ゴルドーがシトラの長い袖をまくり上げると、普段は見えない彼女の手が顕になった。いつも触手を出し入れしている右手の甲に、謎の黒色の紋章が浮かんでいる。ゴルドーの反応から推測するに、いつも紋章があるわけでは無さそうだ。
「これは基本的に[契約]に違反した時に浮き出るものなんだ。一目見た時から思っていたんだ、あの触手は魔法でない何かだと。恐らくだが、彼女は何らかの契りを結んであの力を手に入れたんだろう。」
後にゴルドーに教わった事だが、触手を吸い込んだあの水晶玉は[浄化の水晶]と呼ばれるものなのだという。毒、ウイルス、呪い…水晶玉に触れた人の様々な障害を吸収し、己の力とするらしい。あの触手は何か害をなすものと判断され、水晶玉が反応したのだろう。
「俺は暫くここで二人の様子を見るから、ラヴィーネ君も早く部屋に戻れ。」
部屋に陣取られては、再び忍び込もうにも直ぐに見つかってしまうだろう。仕方ないがこの場は諦め、また後ほど出直すことにしよう。
気が付いた時、レイニーはある草原の上に立っていた。暖かくて、とても懐かしい匂いがする場所だ。ふと正面を見ると、綺麗な花畑の中心に女性が立っている。黄緑色の髪に、優しい瞳。突発的に体が動き、見覚えのある女性の下へ走り出した。
「お姉さん、サニーお姉さんだよね!何してるの?」
「…レイニー、来てくれたのね。あの時はごめんなさい。レイニーに会いたい気持ちが先走って、アナタの友達を傷つけてしまったわ。自分だけは大丈夫って思ってたけど…やっぱり、亡霊は亡霊なのね。」
サニーはどこか寂しそうで、泣きたくなるような顔をした。レイニーはいつの間にか子供の頃に、まだ故郷が存在していた時の姿に戻っていた。サニーの胸に飛び込み、嬉しそうな声で言った。
「あのね、ずっと会いたかったんだよ?村が無くなっちゃって…皆冷たくなって、サニーお姉さんが逃がしてくれたあの日から、ぼく沢山頑張ったよ。」
言葉を口に出している内に、段々とその声が震え、目頭が熱くなった。
他地域と比べて魔法が発展し、住人が皆魔法で生活していたとも言われるクラージュの村。底の知れない魔法の力を恐れた人々によって十年前に滅亡に追い込まれ、レイニーを除く全ての村人が無惨にも殺害された。村人は強い未練を残して亡霊となり果て、長い間あの洞窟を彷徨っていたと言う。
「ねぇレイニー、アナタのお話を聞かせてくれる?私達と別れた後、アナタがどんな道を歩んできたのか知りたいの。」
「うん!ぼくもお姉さんに聞いてほしいな。あのね…」
一度話し出すと思い出は止めどなく出てくるもので、レイニーは沢山のことを話した。一人で信託を受けに行き、保護者がいないことを神父に話して同情されたこと。それがとても嫌で、平気なふりをするようになったこと。偶然フォルズと再会して仲良くなったこと。全て挙げるときりが無いほどだった。サニーはそれを面倒くさがる様子もなく全て真剣に聞いてくれた。
「今までにそんなことがあったのね。少し前までこれくらい小さかったのに、いつの間にかこんなに大きくなって…レイニー、私はもう行かなきゃいけないわ。でも安心して、今のアナタならきっとどんな事でも乗り越えられるわ。」
「え…嫌だよ!ぼくお姉さんと離れ離れなんて…一人は、もう嫌なんだよ。」
「何言ってるの、素敵なお友達が居るわ。いい?アナタに歩み寄ろうとしてくれる人を、大切に思ってくれてる人を大事にね。今は本当の気持ちを言えなくても、きっといつか打ち明けられるようになるから。」
サニーの体が段々と透けていく。その時、この十年間ずっと堪えていた涙が一気に溢れ出し、レイニーは声を出して思うがままに泣いた。サニーはニッコリと微笑み、最後にレイニーを抱きしめて消えてしまった。
目が覚めると、視界に映ったのは医務室の天井だった。目を擦り、ふと横を見るとフォルズが心配そうな表情でレイニーの手を握っている。そう、懲りずにまた忍び込んだのだ。フォルズに泣き顔を見られたくなくて、彼の手を雑に振り払い布団を頭から被った。
「出てってよ、今は一人にしてほしいんだ。」
「あぁ何かごめん…なぁレイニー。今まで、俺が深く入り込んで良いのか、とか考えて俺はレイニーと向き合ってやれなかった。今度からは親友ってことでグイグイ行くからな、覚悟しとけよ!」
フォルズの明るい声と言葉に、余計に涙が止まらなくなる。頼むから早く出て行ってくれ。思い切り泣かせてくれ。レイニーは心の底からそう思った。




