終わりへの戦慄
ロゼットが魔法を唱え始めると、穴の真下の地面から緩やかな風が吹き出した。風は徐々に強くなり、まるで台風のように外側から中央へと集まっていく。やがて規模も大きくなり、ラヴィーネの真上に空いた穴と同じくらいになった。
「(上手く風に乗れば、多少は上に行けそうね。それにしてもなんて大胆な…)」
「あのラヴィ…出来れば早くしてほしい!疲れる!」
これだけ大規模な魔法の使い方では、魔力の消費もそれだけ激しい。モタモタしていたら先にロゼットの魔力が切れるかもしれない。風圧が強いため一瞬迷ったが、ラヴィーネは意を決して風の流れへ飛び込んだ。想像よりも風速が速く今にも吹き飛ばされそうだったが、必死に食らいついてみせた。
「お、上がってきたな!今、ラヴィーネ君は崖の半分くらいの高さか。」
「もっと範囲を狭めて高く押し上げられる?そうだなぁ…そう、雑巾絞るみたいに!」
「えぇ何それ、無茶言わないでよ。やってみるけどさ。」
ロゼットが魔法を唱える両手の間隔を狭めると、竜巻もその分高さが増した。数分後、ラヴィーネが竜巻の一番上まで到達し、ロゼット達の方を見上げたその時だ。彼女は風に投げ飛ばされ、崖の硬い壁に体を打ち付けそうになった。
「ロゼ君ちょっとどいて!」
するとシトラは咄嗟に身を乗り出して右手から触手を伸ばし、それはラヴィーネの体をガッチリと掴んだ。間一髪で壁と逆方向に移動させ、勢いよく引き上げる。彼女は受け身を取る間もなく、シトラのすぐ後ろの地面に背中を強くぶつけた。ラヴィーネはゆっくりと体を起こした後、少々腹を立てた様子で服の汚れをはらった。
「全く乱暴ね…痛いわ。もっと方法無かったのかしら。」
「ご、ごめんねラヴィちゃん。焦ってたから、安全に引き上げる余裕がなくて。」
「まぁ、文句は言わないわよ。ロゼもシトラもありがとう。」
眉をひそめるラヴィーネからの礼の言葉に、ロゼットもシトラも苦笑いするしかなかった。
ロゼットもシトラも、私が怒っているからなのかすっかり縮こまっている。背中が痛くてイライラしているのは本当だが、何だか罪悪感に駆られてきた。すると、ふとした拍子にサニーのことを思い出した。
「そう言えば、私今人を探しているのよ。サニーっていう…亡霊?から頼まれたの。」
「ふーん、どんな人なの?」
「白色の瞳で、無口で大人しい子と言っていたわ。全く、せめて名前くらい教えてほしかったわよ。貴方達は何か心当たりはないかしら?」
この洞窟の何処かに居るとのことなので、まずは知り合いの中からあたってみることに。シトラは天井の方を向いて少し考えた後、独り言のようにポツリと呟いた。
「思い返すと、レイニー君って確か白色の目だよね。」
「あぁ確かにそうね。それで、当の本人は何処に居るの?」
「それがな、行きたい所があるとフォルズ君と共に行ってしまったんだ。危険だから一応止めたんだが…」
聞き覚えのある声に疑問を覚え、ちらりと隣を見るとゴルドーが難しい顔をして腕を組んでいる。話に何気なく入ってきたので危うく素通りするところだった。明日から臨時講師が来るという噂は聞いていたが、まさかゴルドーだとは。というか何故誰も言及しないのか。
「元々はここの水晶玉を描きに来たんだよね?取り敢えずそれだけやっておこうよ。」
「あぁそれなら、この穴の下に何個かあったわよ。」
描いてくるのを忘れていた、とは言えないところだ。私の性格的に他人に失敗談を知られたくはない。
「んーじゃあ、あたしが描いてこようか?描き終わったら一人で上に行けるし。」
ゴルドーに投げられたらしくトラウマが蘇るロゼット。自力で崖をよじ登ったようで疲れた様子のゴルドー。そしてたった今苦労して上に上がれた私。満場一致で顔を縦に振った。
「僕の魔法でシトラさんと視界を共有するから、危なかったら直ぐ行くからね。」
シトラは頷くと躊躇いもなく穴へ飛び込んでしまい、その場にいた全員がシトラに行かせたことを後悔し始めた。流石にあの高さから落ちたら間違いなく骨折は免れないだろう。三人揃って冷や汗をかきながら穴を確認すると、シトラは落ちながら魔法を使い、急に落下する速度がゆっくりになった。
「あれは時魔法の一種だな。一定の範囲内だけ時間を遅らせて落下速度を落としているのか。相当使い慣れてるみたいだ。」
「時魔法ですか…成る程、ああいう使い方もできるんだな。」
ロゼットは感心しながら、人差し指と親指で左目を囲い視界を共有し始めた。
シトラが穴へ降りてから何分程経っただろうか。時計が街中にしかないので、このような薄暗い洞窟に長時間いては時間間隔が狂ってくる。まだ彼女が帰って来る気配はない。シトラを、ついでにレイニーとフォルズをその場で待っていると、ロゼットが急に立ち上がり焦った様子で話しかけてきた。
「ラヴィ、先生直ぐにシトラさんの所に行こう!」
「え?ちょっと、急にどうしたのよ。」
「とにかく急いで!シトラさんの右手が、水晶玉に吸い込まれてるんだ!」
ロゼットの言葉に私達は言葉を失い、迷わず穴に飛び込んだ。シトラの魔法が残っているお陰で、時間は少しかかったが怪我なく降りることが出来た。
「痛い痛い、爪剥がれる!何なのこれ、どうなっちゃうの!?」
シトラの切羽詰まった声が聞こえ、私達は言葉を発する間もなく彼女の元へ走った。近くまで来ると、シトラの右手が、というより右手から出ている触手が水晶玉に吸い込まれていた。水晶玉は私が最初に見た時の何倍も強い光を放っている。
「どういう事なの。先生、何か方法はないんですか?」
「水晶玉を割るか、あの触手を無理やり抜くかだ!だが、今触手を抜いたらシトラ君が死ぬかもしれん…水晶玉を割るしかない!」
「死ぬってどういう事?…やだ、死ぬのは嫌!だってまだ、まだあたしは…!」
ゴルドー曰く、あの水晶玉は魔法を吸収するため物理的に割るしかないのだという。かといって、見た感じ市販の剣では恐らく剣のほうが砕けて終わりだ。
シトラは激しい痛みと死への恐怖で錯乱し、あまり声も出せなくなった。まだ、まだと何度も呟き、右手を一生懸命引っこ抜こうとしている。しかし一向に抜けず、水晶玉の吸い込む力も増している。あの触手は一体何なのか、何故水晶玉が反応したのか検討もつかないが、時間がないということだけは分かる。
「…仕方がないわ。この剣で試してみましょう。」
私は腰から、もう一本の剣を抜いた。三年前の信託の日から、お守り同然に持ち歩いていたカルシュトの剣。王国騎士団の剣の名家に納品されたものなので、並のものよりも丈夫かもしれない。私は剣を大きく振り上げ、水晶を目掛けて力いっぱい振り下ろした。
ピキピキピキ…何かがひび割れる音が聞こえる。よく見ると水晶玉にヒビが入っている。しかし剣の方も少しだけ刃こぼれしてしまい、次使ったら本当に壊れるかもしれない。家族から貰った、唯一の宝物。一度でも壊れてしまったら、私と家族を繋ぐものが無くなってしまう。
「(姉さんは騎士になりたいんですよね。騎士はどんな人なのですか?)」
騎士は自分の周りにいる人の安全を守る人だ。そしてきっと、その人達の幸せが壊れないように見守ってあげるような正義感に溢れる人だ。
「(そうですか。姉さんが例えどのような騎士になったとしても、私は咎めません。姉さんがこの先歩む道を応援します。だから…自分の想いに正直になってください。)」
カルシュトは私を責めない。どのような選択を取っても、私の味方でいてくれた。この剣でかけがえのない友人を救えたのなら、きっとそれを喜んでくれるだろう。
「(貴方はきっと…怒らないわよね。)」
深呼吸をし、ゆっくりと目を見開く。私はもう一度剣を振り下ろし、水晶玉とお守りの剣は大きな音を立てて割れた。水晶の透き通るような破片が飛び散り、そこに映っていたのは、震えながら泣いているシトラの姿だった。




