世話の焼ける人②
ラヴィーネが岩場から転落して気を失っていた頃、ロゼットは完璧に道に迷っていた。彼は地図が壊滅的に読めない。故に里から宿屋への道のりもここが何処なのかも一切理解できていなかった。やがて彼は諦めの境地へと覚醒し、目の前の川の流れに見入っていた。(尚、しおりの地図には川なんて描かれていない。)
「あのー、誰かいますかー?いたら返事してくださーい!」
「…?人の声がするなぁ。でも声辿ってこれ以上迷うの嫌だなぁ…」
海よりも広く穏やかな心境で川辺に体育座りしていると、何やら視線を感じた。後ろを振り返ると、目が点になったシトラが立っている。
「あーシトラさん。どうしたの?」
「人影が見えたから遭難者かと思ったら…何してるの?というかラヴィちゃんと一緒じゃないんだね。」
「…シトラさーん。僕ラヴィに嫌われたかもぉ、ウエーン。」
大好きなラヴィーネに朝から怒鳴られ、それから彼女と一言も話していない。家でも学校でも一緒のラヴィーネに突然拒絶され、彼のライフは既に零に等しかった。まるで赤子のように出会ったばかりの同級生に縋り啜り泣く姿は、まさに彼の精神状態そのものなのだ。
「結構重症だぁ…取り敢えず一緒に行こっか。こっちだよ。」
ロゼットが迷子にならないようシトラは彼の隣を歩き、度々いなくなっていないか確認しなければならなかった。ここまで来ると最早子守の領域である。
ロゼットが進んだ大幅に逸れた道のりから、宿屋への正しい道のりの上に戻るまで何と十分もかかってしまった。迷子以前にこの年まで普通に生活できたことが驚きだ。
「やっと戻れたー。じゃあ…ロゼ君、悩み聞くよ?」
「はい…」
ロゼットはすっかりしょぼくれてしまい、明らかに元気がない。少し可哀想で、シトラは手を差し伸べずにはいられないのである。
「最近ラヴィが元気なくて…今朝何か悩みあるのって聞いたんだ。そしたら怒っちゃって、それ以降口聞いてくれない…」
「(…あれ、これロゼ君悪くなくない?ラヴィちゃんが八つ当たりしちゃっただけじゃない、これ?)」
てっきりロゼットがラヴィーネの大切なものを壊したのだと思っていたシトラだが、これに関してはロゼットに非はないように思える。だからこそ、助言が非常にしにくい。今精神が弱っているロゼットに余計なことを言うのも逆効果だ。言葉に迷っているその時、二人の目に映ったのは自分たちと同じ背丈のゴブリンだった。そして左を見ても右を見ても、体がマグマで覆われた泥人形と小さなゴブリンが居る。
「囲まれちゃったね…僕僧侶なんだけどな。」
「仕方がないよ。サクッと倒しちゃおう。」
大きいゴブリンはノッシノッシと距離を詰め、手持ちの棍棒を振り下ろしてきた。ロゼットはそれを目視で躱しゴブリンの足元に魔法陣を展開、拘束魔法を唱えた。
「バンデージ!」
ゴブリンは一瞬体が痺れ、身動きが取れなくなる。するとロゼットの後ろから白色の触手のようなものが何本か伸びてきて、ゴブリンの体に巻き付いた。次の瞬間、触手のゴブリンに触れている部分はナイフのように鋭くなった。ゴブリンの両手両足は切断され、腹部に触手が刺さったことでその場に倒れ込んだ。
恐る恐るシトラの方を見ると、彼女の右手の五本の指から白色の触手が出ている。
「…ナニソレ?指から生えてるの?」
「これがあたしの魔法だよ。指先からの魔力で触手を具現化するの。太さも鋭さも自由に変えられるから、結構使い勝手良いんだよ。」
女子の指先からウニョウニョと動く触手が生えている光景は、ロゼットには受け入れ難いことだった。しかし今は魔物退治が先決である。ロゼットは近くの石を片手で一個ずつ操り、二体のスライムに思い切りぶつけた。しかしスライムは体が凹んだだけで、大したダメージは受けていない。それでも石を巧みに使い二体を少しずつ後ろに下がらせる。二体は段々と距離が近くなり、遂に二体の柔らかい体が触れ合う程近くなった。
「…グラヴィティ。」
二体を中心とする周りの円範囲に重力魔法をかけ、ロゼットは同時にスライムを始末することに成功。残りのゴブリンは全てシトラが相手をしていた。射程が短い棍棒と伸縮自由の触手では無論触手の方が有利であり、ゴブリンは一体ずつ胴体を深く斬られて倒れていく。結果ロゼットが加勢する前に最後のゴブリンが動かなくなった。
「ふぅー終わった。それにしても、シトラさん結構変わった戦い方するんだね…」
「へへ、そう思う?レイニー君みたいな、火・水・雷・風とかを生み出す戦い方は苦手なんだよね。そっちの方は魔法使いっぽいけど。」
シトラは恥ずかしそうに笑い、しおりの地図を見返した。ロゼットが方向音痴すぎるので、彼は地図を見るのを禁止されたのである。
「あーえっと、あと半分くらいかな?」
「え?まだそれくらいなの?もうすぐ近くだと思ってた。」
「ロゼ君が変な所行くから、余計時間かかってるの。」
シトラに呆れ顔をされ、ロゼットは言葉に詰まり目線を逸らした。それを見てシトラはそっぽを向いてクスクスと笑った。一瞬だけ見えたが、今完全にいたずらっ子の顔をしていた。歩きながらロゼットは溜め息をついてこう言った。
「はぁー、シトラさんに遊ばれてる…こんな弱々しい男だから友達出来ないのかな。」
「あれぇそうなの?ロゼ君周りに気配りできる人だから、特定のグループでいつもつるんでるタイプかと思ってた。」
「実はそうなんだ…学校でも全然友人関係が上手くいかなくて。ラヴィは、態度はムカつくけどこんな僕にもいっぱい話しかけてくれた。だから、ずっとありがとうって言いたかったんだ。」
ロゼットはここで一旦言葉を区切り、再びため息をついた。彼の深刻そうな様子にシトラも自然と真剣な顔つきになり、次の彼の言葉を待った。
「でもラヴィからしたら、知り合いと話すなんて当たり前の事なんだろうね。こんなこと言ったら、陰気な奴だって思われちゃうかな…?」
ロゼットは寂しそうな顔でシトラの方を見た。シトラは足を止めず、ロゼットの顔を見ないまま聞いた。
「あのさ、ロゼ君にとってラヴィちゃんって…どんな存在?友達、それとも家族?」
「あ…少なくとも、友達以上だと思ってる。」
恋人、という言葉が頭をよぎり、無駄に少し赤面した。シトラが自分の顔を見ていなくて良かったとさえ思った。
「喫茶店で初めて会った時、あたしがロゼ君に言ったこと覚えてる?」
「…覚えてる。一言一句ハッキリと覚えてる。」
「そっか、じゃあもう何も言わないでおくよ。大丈夫、ロゼ君はきっと逃げないよ。ラヴィちゃんからも、自分の正直な気持ちからも。」
レイニーに紹介された喫茶店で、シトラに耳打ちされたこと。あの時は深く受け止めずに、机に突っ伏して恥ずかしがり、笑いで済ませてしまった。しかし、今になってその言葉の重みは大きく変化した。
ーいつまでもウジウジしてたら、ラヴィちゃん誰かに取られちゃうかもよ?ー
「(今逃げたら、きっと僕は…)」
ロゼットは左手を強く握り、決心したようにシトラに言った。
「三日目の自由時間、ラヴィに会う。会って、ちゃんと話をする。」
「うん、それが良いよ。いつも優しそうだけど、ロゼ君はそんな顔もできるんだね?」
「人に優しくするって、大事だからね。でも、きっと今は優しいだけじゃ駄目なんだ。」
今回はロゼットには一切非がなく、謝る必要も皆無なのはシトラにも分かっていた。しかし、このままの煮えきらない態度では二人の関係にいつかまた歪みが生じるのも事実だ。例えラヴィーネがロゼットと関係を断つことを望んでいたとしても、一度だけでも日頃の思いを伝える機会が必要だろう。
「(まぁラヴィちゃんも、内心では謝りたい気持ちで溢れ出しそうなくらいだろうけど。ロゼ君の方からその機会を設けても問題ないよね。全く…二人共世話が焼けるなぁ。)」
午後六時になるまであと約三十分。かなりの時間歩いているが、まだまだ宿屋は見えてこないようだ。




