「あの子」に会わせて
ツンツン…コツ、コツ、コツ。
「……」
「フォルズ煩い。」
コツッコツー、コツッコツー。ツン、ツン、ツン…
「リズム変えりゃ良いものじゃないからね?」
「……遅い!あと五分で六時だっつの!」
先程から無表情で机を指でつついていたのが、急に椅子から立ち上がり時計に八つ当たりし出した。宿の廊下で右往左往し、窓と時計を交互に見て遠くの大時計に小言を言う様は、私とレイニーを複雑な心境にさせた。
「(どうしよう…ぼく初めてフォルズの友達やめたくなったかも。)」
「(まぁ…心配には、なるわよね。)」
「…お!!やっと来た!」
フォルズの声で私達は瞬時に窓の方に目を向けた。すると、窓にはゼェゼェハァハァ言いながら足を必死に動かすロゼットと、絶え間なくブツブツ文句を言いながら宿に滑り込んだシトラの姿があった。
「ぜぇ…ぜぇ、もうムリ〜!」
「もう、ロゼ君のせいだからね!方向音痴、貧弱!」
「事実パンチやめて〜!」
まるで漫才のような様子に、私もレイニーも、そしてフォルズも呆れ顔だった。三人で一斉に顔を見合わせた。
「何か、仲良くなってるね…」
「恐らくシトラは、ロゼのお守りで時間ギリギリになったクチでしょうね。」
「何と言うか、心配して損した…」
その後暫く先生は残りの生徒を迎えに行き、私達はそれまで入館式がある部屋で静かに待つよう言われた。
「シトラ、間に合って良かったね☆迷子になったのかと思ったよ。」
「迷子になったのはロゼ君だよ。川の側で尽き果てた顔で体育座りしてたから、見間違いかと思った。」
「あ、あはは…その節はお世話になりました。」
「その上、時間危ないから走ろうって言った本人が先にギブアップしてるんだもん。全くもう…」
シトラが困り顔でロゼットをちらりと見ると、彼は肩身が狭そうに縮こまってしまった。ロゼットの絶望的な方向感覚を知っている私からすると、シトラに同情してしまう。
するとロゼットが私の視線に気付き、直ぐ様近くに寄ってきた。心の奥底ではまだ逃げたい気持ちがあったけれど、グッと抑えて彼と話ができる距離に来るまで待った。
「えーっと、ラヴィ。」
「な…何かしら?」
今朝の私の態度が蘇ってきて、いつも通りに振る舞うのが難しい。他愛のない言葉を返すので精一杯だ。ロゼットは口をモゴモゴさせた後、目つきが変わった。いつもの優しくて頼り無さそうな目つきではなく、とても強くて真剣な眼差しをしていた。
「明後日の自由時間、空けておいて。ちゃんと話をしよう。」
「…えぇ、私も丁度そう言おうと思ってたの。」
ロゼットは力強く頷き、自分の座る場所に戻っていった。それにしても驚いた。ロゼットと知り合ってもう何年か経つが、あんなキリッとした顔は初めて見た。別人のような変わり様に、暫くこの時のロゼットの表情が頭から離れなかった。
修学旅行二日目。この日は朝食後、先生複数人の引率のもと近くの廃墟に向かった。数年前に滅んだ村の跡地があると聞いたことはあるが、実物を見るのは今日が初めてだった。まず始めに感じたのは、村の跡地の状態の酷さだ。倒壊した家の残骸にあちこちに散らばる骨、血がどす黒く固まった地面。滅ぼされた時からずっと放置されていたとしか思えない。
「この村の近くに、大きな洞窟があります。その何処かにある色のついた水晶玉をスケッチしましょう。周りの様子や、水晶玉の色なども忘れずにね。」
前の説明だと、洞窟は各自で探索する筈だ。皆は一斉に立ち上がり、共に洞窟探索をするメンバーで集まり始めた。そして次々と薄暗い洞窟の中へと入っていく。生徒全員が洞窟に入ったことを確認し、先生達も中に入ろうとしたその時だ。洞窟内に大きな揺れが起こり、突如入口の扉が独りでに閉まった。何人かの生徒は慌てて入口に走り、戻ろうとした。その内の誰かが声を上げた。
「くそっ何でだ、ドアが開かねぇ!」
その一言で一気に混乱は波紋のように広がった。誰かが叫び、また誰かは狂ったように入口のドアを開けようと躍起になる。
「え!?私達どうなっちゃうの?」
「先生助けて!死ぬのやだぁー!」
揺れは更に大きくなり、何かがひび割れる音も聞こえる。ふと足元を見ると、何と地面に大きな亀裂が入っているではないか。しかもどんどん深くなっている!
「何か掴まれそうな所は…無さそうね!」
ついに周辺の地面が広範囲で崩落し、生徒何十人分の悲鳴を片耳に、私達は真っ逆さまに落ちたまま意識が飛んだ。
「…起きて、起きて。」
「はっ!…ううん、まさか二日連続で落ちるなんて。ついてな…」
目が覚めると、私の目の前には黄緑色の綺麗な髪の女性がいた。周りを確認すると、右側には水晶玉の乗った台座が複数個並んでいて、一つ一つ異なった色に光っている。
「あの、貴方は誰なの?」
私が冷静に目の前の女性に尋ねると、彼女は落ち着かない様子で答えた。女性の体が透けている気がするが、まるで幽霊のようだが、気のせいであってほしいところだ。
「私はサニー。お願い、あの子に会わせて。」
「…あの子?」
「えぇ、消える前にもう一度会いたいの…この洞窟の何処かに居る筈なのよ。でもわからないの。」
女性の必死そうな様子に、これは只事ではないと直感で感じた。しかし、いきなり落とされて知らない人を探せと言われても無理がある。しかし私が断ろうとする前に、女性は私の手を取って懇願してきた。手が異常に冷たいが、恐らく気のせいだろう。
「お願い、お願いよ…あの子を連れてきてくれたら、きっと貴方を外に帰してあげるわ。」
「それ、本当でしょうね。嘘だったら承知しないわよ。」
「嘘はつかないわ、嫌いだもの…じゃあ、やってくれるのね!ありがとう!」
まだ返事をしていないのに、まるで私が了承したかのように喜ばれた。これは有無を言わさないタイプかも知れない。私は深くため息をついた。
「分かったわよ。それで、貴方の言うあの子はどういう人なの?」
「白色の瞳の、無口で大人しい子よ。サニーが探してるって言えばきっと分かるわ。」
「なるほど、人探しをするには随分情報が少ないわね。」
得られる情報がこれだけでは、先が思いやられる。とは言え、一度引き受けたものを放置するのは私のポリシーに反する。やるしかない。
早速人探しを開始しようとまずその場から立ち上がる。私が先の通路に向かって歩き出すと、それと、と何かを言いかけた気がした。思わず立ち止まり振り返ると、サニーは一つ情報を付け足してきた。
「ここは死者の思いが集う場所。彼らは貴方達に激しい恨みを抱いているわ。だから気をつけてね。」
「(それで落とされたという訳ね…)」
サニーの追加情報のせいで余計に気が滅入ってきた。全てはここから脱出するため、ついでに私以外の人と合流するためだ。あまり気が乗らないが頑張るとしよう。




