世話の焼ける人①
スミスの里での自由時間終了後、私達は各自持参してきた弁当を食べていた。決められた班ごとに集まって食べてるのだが、私の班は先程から一切会話がない。私も食事中にペチャクチャと喋るのはあまり好まないので黙々と食べている。
「(変に話を合わせなくて良いから楽ね。あら、もう食べ終わってしまったわ。)」
周辺の大時計をちらりと確認すると、まだ時間が余っている。暇つぶしのためだけに無理に誰かと話したくはない。何か時間を潰せる物を探してバッグの中を漁ると、何かような感触がした。手探りで取り出してみると、私の水筒になぐり書きのメモが引っ付いていた。
<ラヴィへ
今朝バッグに水筒入れ忘れてたから入れておいたよ。あと、僕のせいで気を悪くしたならごめんね。
ロゼット>
今朝、私が怒鳴って部屋を出ていった後に急いで書いてくれたのだろう。気が付かれないようにこっそり入れる様子も、大急ぎでペンを探している様子も容易に想像がつく。勝手に機嫌が悪くなって理不尽に怒鳴られたのに、微塵も怒りが感じられない。私が悲しくなるくらい、彼は慈愛に満ち溢れている。
「ガーチェさん、そんな生気が抜けた顔してどうしたんだい?」
「…レイニー。貴方いつからいたの。」
「さっき来たばかりだよ☆昼ご飯の時間終わったのに、ずっと座ってるから何かなと思って。」
レイニーは会話中にさり気なくメモを読み、やけに神妙な顔つきでこちらを見てきた。私が戸惑っていると、レイニーはニヤニヤし出した。
「ははーん、さてはアメラさんと喧嘩したね?」
「……」
「(何かもっと深刻そうー。本当に何があったんだろう…)」
互いに気まずい雰囲気が漂い、暫しの間沈黙がその場を支配した。レイニーは何故か黙っている間に汗をかき出し、耐えきれなくなったように一気にまくし立ててきた。
「そ、そういえばさ!これから外れの宿屋行くんだよね?一人ぼっちは嫌だし、一緒に行こうよ。」
「どうして私が?フォルズと行けば良いじゃない。」
「そういう事じゃないんだよ。いいから、一緒に行こ。」
レイニーにしては珍しく押しが強い。断れそうもないので渋々了承すると、
「そう言ってくれると思ってたよ。さぁ出発だー☆」
と楽しそうに私の手を引いた。あまり気が進まないが、同行してあげるついでに彼に悩み相談をしてもらうのも良いかもしれない。半ば強引に付いてこさせられたのだから、これくらいは許されるだろう。
「(取り敢えず事情聴取して、お悩み相談会だね。ガーチェさんも素直じゃないなぁ。)」
あれから数十分は経っただろうか。こまめにしおりの地図を見返しながら進んでいるが、一向に宿屋らしき建物は見えてこない。というかそんな事より、足場が悪すぎるのだ。岩場が多くて凹凸が激しく、更に雨上がりなのか要所要所でツルツル滑る。気を抜いているといつか大怪我をしそうだ。
「はぁ〜中々着かないねぇ。一切迷わずに行って一時間くらいとは聞いてたけどさ。」
「でも少しずつ近づいているのは確かよ。無駄口叩かないで、怪我するわよ?」
私がため息混じりにそう言うと、レイニーは酸っぱい顔をして歩き始めた。気持ちはよく分かるが、ネガティブなことを言われると私まで気が滅入ってくる。
ガサガサ…するとその時、何かが草をかき分ける音が聞こえた。私とレイニーは顔を見合わせ、背中合わせになるようにして周囲を警戒した。瞬く間に音は大きくなり、正面の茂みからは狼より一回り大きいくらいの魔物の群れが顔を出した。
「グルルル…」
「(何か威嚇してきてる?)」
「(そうね、なるべく刺激しないようにしましょう。)」
魔物と目を合わせ、ゆっくりと一歩ずつ後ろに下がる。少しでも大きな音を立てると魔物が興奮してしまうので、細心の注意を払った。段々と魔物の姿が小さくなってきて、もう大丈夫だと思い足を止めようとした。だが次の瞬間、ふとした拍子に足を滑らせ、気がついたら私の体は真っ逆さまに落下していた。
「あ。」
「えぇ、ガーチェさん!?」
レイニーが咄嗟に手を伸ばすも時すでに遅し。やがて頭に激痛が走り、私はそのまま意識を失った。
目が覚めると、最初に視界に映ったのは冷や汗をダラダラとかいたレイニーの青ざめた顔だった。
「あ、あぁ起きた!良かったぁ…お亡くなりになったかと。」
「勝手に殺すんじゃないわよ。これくらい自分で治せるわ。」
先程から鈍い痛みを感じる頭をさすると、何故か頭が濡れている。さすった手は赤く染まっており、背筋が凍った。そして同時にレイニーの異常な焦りようも納得がいった。
「驚いたわ…キューラ。」
「おぉ、どんどん傷が塞がっていくね。流石治癒魔法だ☆」
治療が終わった後レイニーは休憩するように提案してくれたが、時間が惜しかったので断った。レイニー曰く落下地点は宿屋により近い場所だったようで、怪我をしたことを差し引けばショートカット出来たと考えて良いようだ。
「そういえば…アメラさんとの喧嘩の原因って、結局何?」
レイニーは何気なく聞いてきたが、言い方から察するに恐らく最初からこれが目的だろう。割と気の使える人のようで、何だか申し訳なくなった。
「…喧嘩でなくて、ただの八つ当たりよ。ロゼは悪くないの。」
「ふーん、そうなんだ。」
レイニーはそれ以上は深く聞いてこなかった。しかし、このままではロゼットとの関係は取り替えのつかないモノになってしまう気がする。今は誰でも良いからアドバイスがほしい。だから、今度は私の方から話し始めた。
「訳あって今はロゼの家にお世話になっているの。でも最近…私は経済的な負担になっているだけなんじゃないかって思うようになって…それを知られるのが、怖かった。」
「なるほど、思ったより複雑な事情だね☆」
私は深くため息をつき、俯いて湿った土の地面を見た。改めて言葉にしてみると、本当に勝手な話だと自分でも思う。しかしレイニーは、いつもの飄々とした声と雰囲気で諭す。
「言いづらかっただろうけど、まずはありがとうね。それで、ガーチェさんは謝りたいの?このままアメラさんから逃げたままで良いの?」
「…ッ!!決まってるじゃない。今すぐにでも謝りたいわよ!でもわからないの、何て言うべきなのか、どんな顔して会えば良いのか…!」
「深く考えない。別に良いじゃん、ごめんってだけ言って退散すれば。」
「そんな適当な謝罪なんて駄目よ。誠意が伝わらないもの…」
するとレイニーは足を止めて振り返り、私の両肩に手を置いて真っ直ぐこちらを見た。彼の透き通るような白色の瞳が私の姿をハッキリと写している。
「ガーチェさん。そういう誠意がどうとか、正直言ってどうでも良いんだよ。アメラさんがどう思ってるか、ちゃんと考えてないでしょ。」
「考えてるから謝ろうとしてるのでしょう。」
「いーや、ぼくにはそうには見えないね。キミはただ、形式的な謝罪をして自分がスッキリしたいんだ。アメラさんはね、きっとガーチェさんときちんと話が出来ればそれだけで良いんだよ。」
レイニーの言葉で、今日の登校中のロゼットの寂しそうな顔が脳裏に浮かんだ。私が怒って出ていった時も、思い返してみれば私に手を伸ばしていた気がする。ロゼットは確かに優しいが、同時に寂しがり屋だ。幼少期から妹ばかり可愛がられて、愛情に飢えている。
無愛想で言いたいことをガツガツ言うこんな私でも、一緒に帰ると彼は嬉しそうだった。あの嬉しそうな顔が、私にとっては何よりも幸せだった。
「…レイニー。私ちゃんと謝るわ。まだ、ロゼと友達でいたいの。一緒に笑い合えるような間柄に戻りたいの。」
「うんうん、それで良いんだよ。お、あれが宿屋かなー?」
いつの間にか私達は目視で宿屋の看板が見えるくらいの距離にまで到達していた。レイニーはそれで俄然やる気が出てきたようで、宿屋めがけて威勢よく走り出していった。




