後悔隠し飽きて
「婆さんに会ってやってくれ…!頼む、一生のお願いだ!」
目の前の、自分に頭を下げている男性の言葉にフォルズは耳を疑った。十数年前に家出して、結果的に喧嘩別れになってしまった祖母。修学旅行で里に立ち寄る事でさえあまり気が進まなかった。それなのに、よりによって自分を強く憎んでいる人に会いに行けと言う。
「婆ちゃんと、今更仲良く喋れってか?アハハ…それが嫌で家出までしたのに!?」
「わかってる、全部わかってるよ!でも、あの婆さんはもう…」
男性は土下座の体勢から地面にうずくまり、情けなく啜り泣いた。何やら只事では無さそうだ。抱きしめるようにして魔物から守ってくれた母親の温もりと、怒りで泣き叫んだ父親の背中が脳裏にはっきりと浮かんだ。衝動的に里を出たあの日から、フォルズはどうしても両親の顔が思い出せない。
「(両親を殺したのは俺だ。でも、あの人の家族を失った喪失感をわかってあげられるのも、俺なのかなぁ。)」
幼少期に祖母に罵られ殴られた恐怖、両親が冷たくなっていく感覚、誰も自分を責めないからこその罪悪感。様々な気持ちが脳内を駆け巡る中、フォルズは遂に腹を決めた。
「…何処だ?」
「え?」
「だから、婆ちゃんは今何処に居るんだよ。」
彼の返答に男性は目を輝かせ、縋るように彼の手を強く握った。あまりの喜びぶりにフォルズは少しギョッとした。
「ありがとう!ありが、とう…早速行こう。ついてきてくれ!」
「お、おう。そんなに大事なことか?」
男性に連れられた先には、昔と変わらない自分の家があった。どうやら引っ越しも改築もせず、十数年間ここで暮らしていたらしい。玄関のドアを開けてすぐ、近くの部屋から誰かが咳き込む声が聞こえてきた。
「…婆さん、新しい話し相手を連れてきたよ。」
玄関近くのこぢんまりとした部屋のベッドで、祖母は寝たきりになっていた。男性の声に反応し、祖母は手探りで何かを探し始めた。フォルズはベッドのすぐ隣の椅子に座り、ジッと祖母の痩せこけた顔を見つめた。
「(昔は複数人の大人に押さえつけられるくらいだったのに。弱ってんなぁ…)」
やがて祖母の手はフォルズの左手を弱々しく握り、祖母は嬉しそうな声を出した。
「あら、貴方が私とお話してくれるのね?もう目が見えなくてね、違ったらごめんねぇ。お名前なんて言うの?」
「あっ、っと…フォルズです。」
「まぁ!私の孫も同じ名前なのよ。こんな偶然あるのねぇ。」
祖母は暫くの間フォルズ、フォルズと孫の名前を繰り返し言っていた。その顔は心底幸せに満ち溢れているように見えた。しかし、繰り返し言っている内に何故か祖母の目には涙が浮かんでいく。
「フォルズ。あぁ、私の可愛いフォルズ…うぅ。」
「ど、どうして泣くんですか。お孫さんの名前なんでしょう?」
「…ごめんなさい、少し話を聞いてくれないかしら。」
祖母の改まった様子に疑問を覚えたが、一応は真面目に聞いておくことにしよう。祖母は涙を堪え、ぽつりぽつりと話し始めた。
「昔は息子夫婦とここに住んでいたの。夫婦は仲良しで孫も可愛くて、幸せだった…でも、ある日孫が好奇心で里の外に出てしまった。」
あぁ、今でも鮮明に覚えている。父の背中を追いかけていた時の気持ちの高ぶりは、忘れられる訳が無い。
「孫は魔物に襲われて、うっうっ。あの子を庇って息子と奥さんは…!」
祖母は急にベッドから起き上がり、悲しみで歪んだ泣き顔をフォルズに顕にした。肩を小刻みに震わせ、フォルズの膝の上に顔を埋めた。
「あの子が無事に帰ってきた時も…あの子の両親の葬式の時も!私は孫を口汚く罵って、それで、感情のままに暴力も振るった!」
祖母は人目も憚らず大きな声で泣き叫び、声が枯れそうな程だった。目の前の孫本人に懺悔する中で声に嗚咽が混じり、何度も何度も謝罪した。
「あの子は悪くなかった、一瞬でも孫から目を離した私のせいなのに!あの子の味方に…私はなってあげられなかった!あぁフォルズ、愛しのフォルズ、何処行っちゃったの…?謝りたいの…貴方にごめんなさいが言いたいのよ。」
「(婆ちゃん…それを今俺に言われても、ね。)」
記憶の中だといつも勝ち気で元気一杯だった祖母が、弱々しく自分に縋って泣いている。目が悪くて自分が孫本人だとはわからないようだが、それでも安心できるのだろうか。
「…大丈夫ですよ。赤の他人からは何とも言えませんが、でもお孫さんも貴方を憎んでいる訳ではないと思いますよ。だからいつか再開できたらきっと…きっと、わかってもらえます。」
「そうかしら、本当にそうかしら。でも不思議ね、貴方に言われると何だかそんな気がしてくるわ。まるで……ッ!!」
「あっもう時間だ。すみません、では俺はこの辺で。」
「待って、お願い!貴方もしかして…!」
祖母の静止も聞こえないふりをし、フォルズはそそくさと自分の昔の家を後にした。玄関のドアを閉め外に出ると、祖母に会うよう頼んできたあの男性が待っていた。
「本当にありがとうな、フォルズ。婆さん、最近病気にかかって…実はもう長くないんだ。毎日毎日、夜中にお前に謝りたいって啜り泣いてたから、可哀想で。」
「婆ちゃんのかけがえのない人を奪ったのは俺だ。俺が悪いっていうのも勿論わかっている。でもやっぱり里の連中は嫌いだ。納得はできても婆ちゃんに罵詈雑言吐かれたトラウマは消えないし、お前らも自分達のエゴで人の家族事情に首突っ込んできて正直鬱陶しい。」
フォルズが吐き捨てるようにそう言うと、男性はいきなりの嫌い宣言に呆然と立ち尽くしていた。しおりに書かれた集合場所に向かう途中で、フォルズは男性の方を振り返り、
「でも、ありがとう。婆ちゃんの事、きっと俺自身も整理がついてなかったんだと思う。お前らのことは本当に嫌いだけど…両親の墓参りくらいは行くことにするよ。」
「そうか…あぁそうだ。せめて覚えておいてくれ。もう誰もお前が悪いなんて思ってない。だから、気軽に墓参り来いよー!」
この選択が正しかったのか、祖母を赦すべきなのかはフォルズにはよく分からない。だが、今スッキリとした気分なので少なくとも後悔はしていなかった。
祖母との会話を早めに打ち切ってまで集合場所に向かったフォルズだが、実はまだ集合場所には殆ど人がいない。暇なので地面に大の字になって寝そべり、雲の動きを見つめた。
「やぁ☆何してるんだい?」
「うっわぁ、レイニー!?ビックリさせんなよ、物音をたてずに視界に映り込むな!」
偶然にもレイニーという話し相手と遭遇したフォルズは、地味に嬉しくて体を起こした。フォルズの何処か晴れやかな表情に、レイニーは少し首を傾げて聞いてきた。
「何か、良いことでもあった?」
「まぁそうだな。お陰で今凄く気分が良い。久しぶりに婆ちゃんと話してきたんだ。」
「お婆さんって…フォルズの!?大丈夫だったのかい、それ?祖母と孫で殴り合いに発展したりとか…」
いつもニコニコしているレイニーだが、今日はとても青ざめた顔で心配してくる。その光景にフォルズは思わず吹き出してしまった。
「プププ…お前なぁ。俺のことヤンキーだとでも思ってんのかよ〜。」
「ヤンキーとは言わないけれど、野蛮人みたいなところは少なからずあると思うよ?」
「余計酷いやつじゃねーか。」
二人共、タイプは全く違うのに話は合うようで、昼食時に生徒全員が集まってくるまであっという間に時間が過ぎてしまった。二人の笑顔の絶えない会話内容を聞いて、おやっさんも常々ほっこりしていたのは裏の話である。




