温もりの冷たさ
修学旅行前日の夜のことだ。その日、偶然夜中に起きて眠れなくなってしまった。数十分間布団の中で目を瞑っていたが、時間が経つにつれ余計に目が覚めてしまう。私は物音をたてないように起き上がり、水でも飲もうと台所に向かった。
ロゼットの家では台所とリビングはすぐ近くにある。だから、リビングのアメラさん達の会話が耳に入ってしまった。
「はぁー、家計簿をようやく整理し終わったわ。それにしても、最近赤字続きね。もう少し支出を減らすべきかしら?」
「そうだな…前はこんなに金使わなかったんだがなぁ。」
アメラさんのため息が、静かな廊下でははっきりと聞こえる。前[は]?私がここで生活する前[は]家計は苦しくなかったのか?
「(あ...あ。私は、やはりアメラさんの負担に?)」
そう思った途端怖くなり、水は飲まずに急ぎ足で部屋に戻った。このまま知らないフリをすれば、私はまだここに居られるかもしれない。父の屋敷には、もう帰りたくない。私はベッドで布団にうずくまり、そのまま寝てしまった。
「…最近の異常な寒さで家の作物もあまり育たないし。値上がりも仕方がないのかしら。」
「だとしても、短期間で跳ね上がりすぎだろ。前はこんなに物価は高くなかったよ。」
「価格が元通りになるまでは、無駄遣いできないわねぇ。」
次の日の朝、窓から差し込む朝日の眩しさで目が覚めた。ロゼットも丁度起きたようで、目を擦りながら私に挨拶した。
「おはよう、ラヴィ。良い夢見れた?」
「…昨夜は、夢は見てないの。」
そう、あれは夢ではない。実際にアメラ家の家計は今苦しくなっている。そして恐らくそれは私のせいだ。考えてみれば、ただの庶民が突然養う人が一人増えていつも通り生活できる筈がないのだ。私は甘えていた。アメラさんの陰の苦労も知らずに、その温もりに浸っていた。
「ラヴィ、何だか顔が暗いね。もしかして悩み事とか?」
「…ッ!!煩いわね、放っておいて!」
感情のままにロゼットを怒鳴りつけ、先週準備をした自分の荷造り用バッグをガッと掴んだ。ロゼットが唖然とする中、ドアを乱暴に閉めて部屋から出ていった。
部屋から出て、玄関の床にバッグを置いた時に私はハッとした。いけない、ロゼットに八つ当たりしてしまった。私の悩みを知られたくなかった。知られたら、もう一緒に過ごせない気がした。だから勘付かれる前に逃げ去ってしまった。でも、それでもロゼットに当たって良い理由にはならない。
「(ロゼの味方でいてあげようと…そう思っていたのに。)」
親の愛情に対して不信感を抱いている彼に、私だけでも寄り添いたいと。どんな時でも彼を守る側でいてあげたいと、確かに願っていた筈なのに。逆に彼を傷つける側の人間になってしまった。
「(謝らないと、ロゼに謝りたい。でも、私何て言えば…!)」
朝食の時だって、皿洗いの時だって、彼と話す機会はいくらでもあった。でもその度に互いに何も言わなかった。私は彼に、ごめんなさいの一言が言えなかった。
素直に謝れば、ロゼットはきっと私を赦すだろう。彼は優しいから。素直に謝れば、きっと私の悩みも打ち明けざる終えないだろう。私が理不尽に八つ当たりしたのだから当然だ。悩みを打ち明けたら、アメラさん達は口を揃えてこう言うだろう。
「そんなこと気にしなくていいのよ。ラヴィーネちゃんも大事な家族なんだから。」
そしてまた、私は彼らの優しさに甘える生活を送るのだ。それならいっそ、仲違いしたままこの家を後にしたほうが良いのだろうか。
「…ーネ、ラヴィーネちゃん。ちょっと聞いてる?」
「はっ!?アメラさん。すみません、ボーッとしていて。何か御用ですか?」
「何言ってるのよ、今日は待ちに待った修学旅行でしょ!楽しんでらっしゃい!」
隣を見るとロゼットは荷造り用バッグを持って靴を履き、外出の準備をしている。私も急いで準備を済ませると、クシを片手に持ったシャルロットが玄関に来た。
「間に合った、間に合った!三年生は今日は登校時間が早いことを、危うく忘れるところだったよ。お兄ちゃん、ラヴィーネさん、楽しんできてね!」
「ありがとう、じゃあ行ってきます!」
私達は元気よく手を振り家を後にした。登校中、ロゼットは寂しそうな顔で時々私の方を見てきた。その顔を見る度に胸が締め付けられる。今度こそ言おう、謝ろうと思っても、私の口から言葉が出てくることはなかった。
学校の校門前には既に多くの生徒が集まっていた。案外人数が多く知り合いを探すことも難しかったので、私はその場に留まって全員揃うのを待った。
十数分後、先生が人数確認をし始めた。誰かの声がけで皆はクラスごとに適当に一列に並び、気の利いた行動に先生は少し笑みを浮かべた。人数確認が終わり、先生が話し始める。
「全員揃ったようなので、これから里へ行きます。先生のテレポートを使って移動するので、前から各クラス一人ずつ来てください。」
先生は前に出た生徒に自分の皮膚に直接触れるように言い、生徒達は不思議がりながら指示に従った。
「絶対に手を離さないように。では…テレポート!」
次の瞬間、先生と複数人の生徒たちの姿が一瞬にして消えた。皆がどよめき、初めて見る瞬間移動に興奮を隠せない様子だ。
その後先生がテレポートで生徒をスミスの里に送り、自身は瞬間移動で戻って残った生徒を送る、ということを繰り返してようやく全員里についた。
「では、皆さんこちらを向いてください。おはようございます、私はスミスの里長のシュミットです。小さな里ですが、どうぞ楽しんでいってください。」
挨拶の最中、一瞬だけ里長の目線が私達から外れた気がした。気のせいではないと思うが、何かあったのだろうか。なにはともあれ、この後里の歴史についての話を聞いた後は暫しの自由時間、そして昼食だ。昼食後は自力で宿にたどり着かなければならない。今のうちに英気を養っておこう。
里の鍛冶職人の話を、フォルズはいい加減に聞いていた。彼はそれどころではなかったからだ。問題は先程の里長の挨拶の時、シュミットと一瞬目が合ったこと。あの時は冗談抜きで心臓が止まるかと思った。
「(シュミットさん、アンタは俺のこと…覚えてるんだよな?あの無感情な瞳で、アンタは何を思ってたんだ?)」
昔からあの一家はいつも無表情な人が多かった。今の里長も彼の母親も息子も、里の人の中で彼らが笑ったり泣いたりした所を見た人は誰もいないと言われる程だ。シュミットの考えていることは誰にも分からない。
自分かってな我儘で家族を死に追いやった自分のことを、シュミットはどう思っているのだろう。怒りか、同情?それとも無関心?いくら考えても答えは出ない。
「では、なにか質問等はありますか?」
その時にようやくフォルズは我に返った。考え事をしている間に、いつの間にか話は終わっていた。しかし、彼にとっては既に知っていることばかりだったので特に問題は無い。
質問や感想を言う時間もすぐに終わり、里での短い自由時間が始まった。フォルズはゆっくりとその場から立ち上がり、服の汚れをはらった。近くの森で時間を潰そうと思った矢先、
「おいお前。ちょっと待てよ。」
と呼び止められた。恐る恐る振り返ると、先程までフォルズ達三年生に歴史の話をしていた男性が手招きしている。
「(なるべく、話したくないんだけどな…)」
「やっぱりだ、お前フォルズ…だよな?」
「…人違いでは?俺は、貴方の言うフォルズさんではないですよ。」
適当に話に区切りをつけて立ち去ろうとしたが、何やら必死そうに肩を掴まれた。フォルズが面倒くさそうな顔で見つめるも、逃がす気はなさそうだ。
「嘘つくなよ。フォルズ、お前に頼みたい事があるんだ。」
すると男性は両手を地面につけ、深々と頭を下げた。汚い地面に頭を何度も何度も擦り付け、泣きそうな声で懇願してきた。
「お前の家族に…婆さんに会ってやってくれ…!」




