笑顔で欺く
しおりが私達三年生に配布されたのは、修学旅行の一ヶ月前のことだ。その日の午前中、私達は広場に集められて修学旅行の説明を受けた。しおりを見ると三泊四日だそうだが、一体何をするのだろうか。
「今回私達が行くのはスミスの里です。では、しおりの六ページを開いてください。」
スミスの里周辺の地図が書いてある。しかし、何故か記されているのは宿屋と、数年前に滅んだと言われる廃墟くらい。その他はかなり大雑把に書かれている。
「まず、一日目は里から自力でこの宿屋に向かってください。その日の午後六時までに到着できなかった、もしくは生死に関わるような重傷を負った場合は、事前に配布される緑色の石に魔力を込めてね。先生たちが迎えに来ますから。」
「(迎えに来る…ねぇ。瞬間移動でもするのかしら。)」
瞬間移動の魔法[テレポート]が使える人は限られているそうだが、一刻を争うような事態に迎えに来るとなると、それ以外思いつかない。
「二日目はこの廃墟の奥へと進んで、そこにある色のついた水晶玉をしおりの十七ページに描いてきて。この日は先生たちも一緒に行くわよ。宿屋に帰ってきたら絵を見せてね、それで合格判定にするわ。」
何気なくフォルズの姿を探すと、彼はかなり複雑そうな顔をしている。ここまで気が進まない里帰りは中々無いだろうし、当然と言えば当然だ。
「三日目は殆ど宿で過ごします。朝食後はこの部屋で魔法史についてのレッスンがあります。夕食後から入浴までの間は自由時間なので、お土産屋などを好きに回ってください。」
お土産…いつもお世話になっているし、アメラさんに何かプレゼントしても良いかもしれない。何が良いだろう、後でロゼットに聞いてみよう。
「四日目は朝に宿を出発して、スミスの里まで行ってくださいね。一日目と同じく、危なくなったら緑の石に魔力を込めてください。鍛冶屋が発展している里なので、常に出ている煙が目印となるでしょう。では、なにか質問は…」
その日の放課後、隣のクラスの人が帰宅する様子が見えた。ロゼットとプレゼントについて下校中に話せると思い、彼の教室に向かった。ドアを叩こうとしたその時、ふと中から同級生の話し声が聞こえた。
「…おい、聞いてくれよ。後輩のシャルロット、またテストで一位取ったんだってよ。」
「マジかよ、すげぇなー。それで弓の扱いも一級品なんだろ?誰にも優しいし、非の打ち所がないとはこの事だな!」
どうやらシャルロットの話をしていたようだ。家でも毎日授業内容の復習をしているし、努力が実を結んでいるのは良いことだ。
「それに比べて、兄貴は何と言うかパッとしないよなぁ。」
「だよな!あんま喋らないし、弱気だし。陰気な雰囲気が漂ってるよ。な、ロゼくーん?」
「…何か用なの?」
「何じゃねえよ。妹は成績優秀なのに、お前そんなんで恥ずかしくないの?」
二人の豪快な笑い声が廊下にまで響き、心底腹がたった。ただ学校が一緒なだけなのに、あたかも自分がロゼットの全てを知っているかのような言い草はやめてほしい。彼の奥深い優しさも知らないくせに、彼の見えない努力も理解できないくせに。
今直ぐにでもドアを蹴破って一発殴ってやりたかったが、その前に教室からロゼットが出てきた。彼は一瞬驚いた顔をしたが、私の顔を見て控えめな笑みを浮かべた。
「あ、ラヴィ…一緒に帰ろ?」
「……」
ロゼットは私の握り拳を手で隠し、少し強引に昇降口側に引っ張った。騒ぎは起こすなということだろう。教室の二人を鋭い眼光で睨みつけると、二人共ギョッとしてそそくさとその場を後にした。
昇降口から外に出ると、ロゼットはホッと胸を撫で下ろしたように息をついた。
「ふぅー、いくら何でも苛立ち過ぎだって。顔怖いよ?」
「だって貴方!何で言い返さなかったのよ!?」
かなり強い口調で彼に詰め寄るが、ロゼットは何食わぬ顔でそっぽを向いてしまった。
「別に良いんだよ、言わせとけば。事実なんだから。」
「そんなことないわ。ロゼは、ロゼはもっと…誰にでも愛情深くて、笑顔が素敵で、それで!」
何だか、言っている内に目頭が熱くなってきた。ロゼットと出会ってからの二年間が急激に脳内にフラッシュバックしてきた。彼の言い草に腹が立ったというか、物悲しくなったというか。様々な感情が心の奥底から一気に湧き出てきて、気がついたら私の頬から水が滴っていた。
「わわ、泣かないでよ。僕は別にラヴィを悲しませたいとかじゃなくて!」
初めて私の涙を見て動揺したのか、ロゼットはあたふたとハンカチを取り出し、私の頬を優しく拭いてくれた。それくらい自分でできるのだが。
「でももし、もし僕のために泣いてくれたのなら…ありがとうね。」
ハンカチで表情はよく見えなかったが、これだけは言える。ロゼットはやはり優しい人だ。私はただ、その優しさを自分自身にも向けてほしいだけなのに…
「二人共おかえり!あらぁ、ラヴィーネちゃん目が腫れてるわ!まさかロゼが泣かせたんじゃないでしょうね?」
家の玄関に足を踏み入れ、最初に言われた事がこれだ。ロゼットは言葉に詰まってしまい、咄嗟に目線をアメラさんから逸らした。しかし、アメラさんは更に怪訝な顔をして彼を問い詰める。
「で、結局どうなのよ?」
「えっ、多分僕が泣かせた…のかな?」
「え!?あの違くて、ロゼのせいではありません!」
「ラヴィーネちゃん、気を使わなくて良いのよ。ほらロゼ、後でちゃんと謝りなさいよ?」
ロゼットは無言で頷き、自分の部屋に入っていった。私も慌てて彼を追いかけて部屋に向かった。
先程は私なりに弁明をしたつもりだったが、アメラさんのロゼットに対する厳しい表情は変わらなかった。それどころか、ロゼットを庇う私の発言に対して何故か誤った解釈をされている。ロゼット本人はどう思ったのだろう。本当は彼のせいではないのに、申し訳ないことをしてしまった。取り敢えず今は彼と話がしたい。
部屋の中に入ると、ロゼットはいつも通りの調子でバッグの中の荷物を整理していた。思ったより普通の様子に正直拍子抜けしてしまう。
「ロゼ…あの、ごめんなさい。貴方のせいじゃないのに。」
「いつもの事だから気にしないで。母さん思い込みが激しいから、どうせ否定しても同じだっただろうし。」
そういう理不尽なことをロゼットは軽く受け流してしまう。屈託のない笑顔で言ってのけてしまう。貴方は悪くないのに、辛くはないのだろうか。彼は今まで、溜めてきた悩みを心の奥底にしまって、笑顔でだましだまし生きてきたのだろうか。
「(もしそうなら、貴方の味方となってくれる人は誰なの?)」
「んー?どうしたの、そんなまじまじと見て。何か言いたいことでもあるの?」
「そういえば、ロゼとシャルのお父様はあまり喋らないわよね。ロゼはあの人と仲良いの?」
何気なくそう聞いてみると、ロゼットは少し考え、やがて口を開いた。荷物整理をしている手が止まっているのが微妙に気になる。
「可もなく不可もなく、かな。父さんは僕に家の畑を継いでほしいみたいだけど。」
「あらそうなの?確か、シャルロットも農業がしたいと言ってなかったかしら。」
ロゼットの父親は仕事帰りも遅く寡黙なので曖昧だったが、少なくとも家族仲が悪い訳では無さそうだ。一先ず安心した。
「『農業とか安定しない仕事でシャルの才能を潰したくない』とか思ってるんだよ、多分。表向きは僕が最初に継ぎたいって言ったからだけど。」
「表向き?本当は継ぎたくないの?」
「子供の頃家業を継ぎたいと思ってたのは本当だよ。でも、今はもっと色々な仕事について調べてみたいんだ。旅人とか診療所の職員とか、兎に角沢山知りたいんだ。」
そう語るロゼットの瞳はどこか遠くの景色を見ていて、希望に満ち溢れていた。彼が嬉々として語る夢を、私も応援したいと強く強く思った。




