第560話 意識の切り替え
(ちまちま切ってはいるけど……やっぱり浅いかぁ)
試合が始まってから約五分後、フィリップはヘレネの動きを見切り、多数の斬撃を浴びせていた。
初太刀を浴びせてから数分は経過しており、数も増えたことで出血量も増えてきた。
当然ながら、出血量を狙う作戦はモンスターだけではなく人間にも有効。
しかし……フィリップは同じ攻撃を何度続けても、自身がヘレネに勝つビジョンが見えない。
そのビジョンが見えない限り、フィリップとしてはもっと深く踏み込み、勝利を掴み取ることが出来ない。
(この感じ、ガルフと戦る時と似てるな)
日頃の訓練でもよくガルフと手合わせを行っている。
木製の武器を使うのではなく、刃引きしていない武器を使った試合を行うことも珍しくない。
ガチで倒すつもりはないものの、今回のように上手く隙間を突くような攻撃を繰り返しても、本当の意味で倒せるイメージが湧かないガルフ。
今のヘレネからは、そんなガルフと同じ雰囲気を感じさせており……実際にその時と同じく、フィリップの脳裏にはヘレネに勝つ明確なビジョンが浮かばない。
(……やっぱ、負けるのはなぁ……嫌だよな……なんか、嫌だよな)
フィリップは、戦闘狂ではない。
憧れている人物がいなければ、将来はこの道に進むんだ!!! だからこそ強くならなければならないんだ!!!! といった熱い目標もない。
それでも……何故か、今……負けたくないという気持ちがふつふつと煮え滾り始めていた。
(ふぅーーーーーーー…………っし。祭りだ……そう、祭りなんだ。だから……怪我の一つや二つ付いてなんぼって感じだよな)
らしくないのは、なんとなく解っている。
その結果負けるかもしれない。
ただ、それでも良いと思った。
勝とうと安全圏から出て負けるなら、それも致し方ない。
心が定まったフィリップは意識を試合から……狩りに変更した。
「ふっっっ!!!!!」
「っ!!!!????」
「はっ!! やっぱり防ぐかッッ!!!!!!」
「今、のはっ!!!」
ヘレネがロックアーマーを纏うように、フィリップも雷のブーツを纏っていた。
ただ雷を全身に纏って素早さを強化するのではない。
脚力を重点的に向上させる雷の身体強化魔法……ライトニングブーツ。
「その、靴は」
「やっぱり知ってるよな~~~。ヘレネのロックアーマーと同じく、強化魔法のライトニングブーツだ」
「……随分な、暴れ馬って、聞いてるけど」
通常の身体強化や腕力強化に脚力強化などのスキルとは異なる身体強化魔法。
属性魔法の一つであり、発動出来たからといって、完璧に使いこなせるわけではない。
ヘレネが発動していたロックアーマーも、気を抜けば堅さがアンバランスな鎧となってしまう。
そして、ライトニングブーツはヘレナの記憶通り、脚力を大幅に強化は出来るが、その分コントロールが難しい。
誤れば、そのままリングの外に出てしまい、壁に激突なんて無様な姿を晒すこともある。
「そうなんだよな~~。ぶっちゃけた話、まだ完全に使いこなせてるってわけじゃない。ただまぁ……そういう感じでも、良いかなってな」
「っっっ!!!!!!」
再度、消えたかと錯覚するほどの速さでフィリップの体がブレる。
ヘレネはもう一度咄嗟に大剣を構え、雷速の斬撃をなんとかガードする。
「こんな感じで、とりあえず当たるだろうからな」
(速い……本当に、速い)
ヘレネの中でイシュドを除けば、素早いと感じるのはアドレアス……その次にミシェラ。
闘気を使えばそこにガルフが食い込むといったところ。
フィリップには戦い方が上手いという印象はあったが、速いという印象はかなり薄かった。
だが、ライトニングブーツを纏ったことで、その評価は一変。
今のフィリップには、カウンターを狙うことすら用意ではないほどのスピードアタッカーとなっていた。
「にしても、ガードはされるか~~~。やっぱ、護衛騎士なだけあって、守るのは上手いな」
「それは、どうも」
態度を崩さず強気な雰囲気を保ち続けるが、正直なところ……突破口が見えない。
(まいったね。そりゃ普段から一緒にいるメンバーには、そう簡単に勝てないとは思って、たけど……ここまでとはね)
これまでは、こちらの動きを読みながら突っ込んでくるフィリップに対し、カウンターを叩き込めば良かった。
カウンターは一発も決まっていないが、それでもヘレネの対応がどれも的確であり、カウンターのタイミングも相手がフィリップでなければ決まっていたほどのものだからこそ、彼の集中力を確実に削っていた。
しかし……今のフィリップには、先程までの自然体でありながらも極限まで高まった集中力は感じられない。
普段の、ちゃらんぽらんな雰囲気に近い……だからこそ、良い意味でリラックス出来ており、ここから先は体力と魔力が削れることはあっても、集中力がこれ以上削れることはない。
現状、体力と魔力を削っているのはヘレネも同じであるため、状況としては非常に……非常に不味い状態であった。
「頑張れーーーーーーー!!!! ヘレネーーーーーーっっっ!!!!!」
「っ……ふふ」
フィリップへの歓声が飛び交う中、それでも負けずと叫ぶ女性の声が……ヘレネの耳に届いた。
(なに、弱気になってんだい!!! いずれは、こういう状況だってあるはずだろう!!!!)
主を守るため、自身よりも強い敵に立ち向かわなければならない。
護衛騎士として活動するのであれば、そういった状況に遭遇してしまうことは大いにある。
だからこそ……今、とりあえず安全が保障されている状態の戦いで、勝機が見えないからといって弱腰になっていい訳がなかった。




