第547話 勝ったからこそ、一人で
SIDE イブキ
「この怪我で、わざわざここまで一人で来たの?」
「えぇ」
決して温くない傷を多数負っているイブキの体を見て、治癒師の女性は呆れた表情を浮かべながら治癒を開始。
「それぐらいの怪我なら、大会運営の職員がここまで運んでくれたと思うけど?」
「…………勝った私が倒れる……もしくは、誰かに運んでもらう訳にはいきません」
「それは、お友達のヤバい狂戦士さんから教えてもらった心構えかしら?」
イシュドに関してある程度情報を集めており、彼が良い意味でヤバいことも知っており、当然イブキがイシュドとよく共に行動している学生の一人であることも知っている。
なので、あの状態で誰かの肩を借りずにここまで来た彼女の行動は、あのイシュドに影響されているのかと思ってしまうのも、無理はない。
「いいえ、違います。私が、そうしたいと思ったから、そうしただけです」
「あら、そうなのね」
彼女は歳相応の経験を積んでおり、イブキが嘘を付いていないと直ぐに見抜いた。
(彼女のポリシーってところかしら)
実際のところ……元々そういった心構えは持っていた。
ただ、イブキもイシュドと同じく、最後の最後にルドラがどういった言葉を口にしていたのか、なんとなく解っていた。
侍であるイブキは、基本的に誰かに仕えることを目的にしており、いずれは国や誰かに仕えるといった流れはほぼ同じ。
そんな彼女から見て、ルドラという青年の姿は、同じ歳でありながら……思わず心の底から尊敬してしまうほど。
(試合には勝ちました……勝負に負けたとは思ってませんが、それでも魅せられましたね)
イブキには、今のところそういった相手がいないという状態ではあるが、それはそれとして憧れる姿を見せられた。
だからこそ、最後の抵抗のように……ルドラの姿に対する尊敬の意味も含めて、治癒質まで誰の力も借りずに歩いて行こうと決めた。
「あなたの対戦相手……ルドラだったかしら。彼は強かったの?」
「えぇ、強かったです。彼のことは多少なりとも知っているつもりでしたが、全く知れていなかったと思い知らされる試合でした」
「なるほどねぇ。けど、今回はあなたが勝ったのでしょう。その差は……なんなのか、自分で解ってたりするかしら」
「勝利の差ですか……………………イシュドから、どれほどの徒手格闘の技術を教わっていたか、でしょうか」
イシュドから見て、自身の勝敗はそこだと思っていた。
治癒師の女性は実際に試合を観ていないので、本当にそれが差なのだと思ってしまうが観てた観客たちからするとそこではなく、徒手格闘の技術も縋ったが……まずは既による真剣白刃だった。
双剣を器用に使って挟むなどであればまだしも、掴めば皮が裂けるであろう手で捉えるなど、まず思いつかない。
両者の間で大きな力量差があるならばともかく、普通はそのような方法で相手の攻撃を止めたりしない。
イブキとしても、技として知っているだけで……実際に行ったことはあるが、それは木刀相手の話。
対象が木刀であればなんとか止められなくもないが、真剣を相手に行えば、手が裂けて手痛過ぎるダメージを食らってしまう。
「……やっぱり、狂戦士の子が関わってるのね。本当に、学園の子たちに大きな影響を与えてるわね~~」
「貴女は、イシュドのことが嫌いですか」
女性治癒師の言葉に、ところどころ明確に棘がある……というわけではない。
イシュドに対する明確な敵意などはないが、それでもどこか異物を見るような感情が感じ取れる。
「あら、気に障ったかしら?」
「いえ……なんとなく、そうなのかと思って」
「心配しなくても、そんな事はないわ。寧ろ貴族の枠組みであれば好ましい存在だと思ってるわ。彼という存在がいるだけで……あなたガルフ君にミシェラさんにルドラ君の様なずば抜けた実力を持つ子たちにとっては、負けてられないと向上心を燃やす切っ掛けに繋がる」
特定の人物がいるだけで、自身の向上心が爆発したかのように高まる。
それに関しては、女性治癒師も過去に覚えがあった。
彼女が学生の頃であったとしても……イシュドのような人物は、嫌いではない。
ただ、彼女も貴族の一員ではあるため、そういった存在が学園という場所にいることによって起こる不安要素などを考えてしまう。
「けど、そうじゃない子からすれば、強制的にまだ本気で……最後までやれてない自分というのを思い知らされて、バツが悪くなってしまうじゃない」
「…………国という立場で考えると、サラッと無視は出来ない問題、ということですね」
「話が早くて助かるわ。全員が全員、あなた達のように上ばかりを目指せる訳じゃないの……それに、上を目指そうという気持ちはあったとしても、才能が付いてこなければ引き時を誤って若くして死んでしまう可能性もあるわ」
過去に同じような話した記憶があり、イブキも努力し続けるというのが出来ない側の者たちを知っており、女性治癒師の心配がただ令嬢や令息たちを甘やかそうとしているわけではなく、本当に心配しているというのが解る。
解るが……そこに関しては、イシュドも彼らと似たような立場だからこそ、その問題に対する答えが決まっていた。




