第539話 話が変わる
「ふぅーーー……行きましょうか」
呼吸を整え、リングへと向かうイブキ。
彼女は、激闘際に参加ウするのは初めてであり、激闘祭ほど観客たちが集まる場所で戦うのは初めてである。
しかし、既に試合も三回戦目……元から少なかった緊張感は、完全に消えていた。
付け加えると、これから戦う相手の強さを考えれば、緊張している余裕など欠片もない。
(……アドレアスさんと同格とも言える相手…………分水嶺、とでも言いましょうか)
ルドラはアドレアスと同じく細剣を操り、操る属性も風。
王族と貴族。
その差を考えると、ルドラの方が一歩劣るというイメージを持たれるが、実際のところ……勝率は確かにアドレアスが上ではあるが、決して明確に一枚劣っているとは言えない。
魔力量には差があるも、これまで彼が強くなるために、守ると決めた姫の為にと鍛え続けてきた時間に嘘はなく、その技量は決して侮れるものではない。
「っ、それは」
リングに到着したイブキを見て、既に上がっていたルドラの表情が僅かに揺れる。
「本気で勝ちにきている、と捉えていただければ幸いです」
イブキの腰には、普段の刀ではなく二振りの脇差が帯刀されていた。
(一本だけでは、どう考えても不利ですからね)
細剣の恐ろしいところは、相対する距離によってはその場から動かずに終わらせることが出来る突き。
風という素早さと貫通力という細剣と相性抜群の属性を持つルドラであれば、それが出来る。
そのため、イブキは普段扱っている刀ではなく、脇差の二刀流で戦うことは決めた。
「……あなたがどういった武器を使おうと、油断するほど私は耄碌していません」
だが、ルドラの心が揺れることはない。
何故なら……ルドラはルドラでイブキと手合わせする中で……何度、決まると思われた刺突を回避されたか解らない。
彼にとっても、目の前の女性は……侍は、強敵も強敵。
普段と違う武器を使えど、油断などできるわけがなかった。
「それは光栄です」
試合前の挨拶を終え、両者は得物を構える。
「それでは…………始めぇええええええええ!!!!!!!!」
「ーーーーッッッ!!!」
開始の合図と共に、距離を殺す風突が放たれる。
全ての強化スキルを発動し、ルドラが放てる最速の風突。
一瞬で終わらせる……観客にとっては、ある意味つまらない結末。
ルドラにとっては、そんな事しったことではない。
ただ、勝つために最善を尽くす。
「……」
しかし、当たらない。
正確には……終わらせられる位置に届く前に、イブキは躱す。
激闘際の試合とはいえ、基本的に殺し合いはご法度。
だが……頭部や首、心臓部に刃や剣先を添え、試合を終わらせるという行為は問題ない。
(やはり、ですか)
開幕初手に全力の突きを放つも、当然のように回避される。
その結果に悔しさを感じることなく、今度はイブキの動きを制限するかのように刺突を連続で繰り出す。
細剣はその形状と軽さから、肩を全力で伸ばし、相手を貫くことが出来る。
そのリーチの長さと攻撃の回転率から、剣の一種であるにもかかわらず、剣士殺しの武器と呼ばれることもある。
そんな武器を自由自在に操る剣士から放たれる攻撃を……侍は冷静に対処し続け、今だ一突きも彼女の体に触れていない。
「いきなりクライマックスだな!!??」
「おいおいおい、なんであれで一撃も当たらねぇんだよ」
「あれ、刀って武器だよな。それで二刀流って……いや、けど実際にあの連続突きに付いてってるし……」
観客たち……戦闘者たちの中に、小さくない動揺が起きる。
刀を知らない者たちであっても、イブキの一回戦と二回戦の試合を観て、とりあえずただ者ではないと……フラベルト学園の戦力ヤバくないか? っと。
そんな二試合で印象に残っている攻撃は、やはり斬撃だった。
一回戦では槍を絶ち、二回戦ではロングソードごと片腕を切断した。
その後の、斬って当然というしぐさに美しさと恐れを感じ、震える者は少なくなかった。
だが、戦いに精通している者ほど、刀という武器は細剣に対し、決して相性の良い武器ではない事に気付く。
ルドラはルドラで一回戦、二回戦の相手を圧倒していたこともあり、多くの観客たちは七対三でルドラの方が有利だと予想していた。
ただ……刀にも種類があり、尚且つ二刀流で戦えるのであれば、色々と話が変わってくる。
「つかよ……まじ、あの刺突をまだ一回も食らってないとか、どうなってんだ?」
「回避系のスキルを発動してるとか?」
「だったら……ありえるのか?」
「回避だけじゃなく、あの……刀だったか? あれを使って弾きもしている」
「んじゃあ、スキルを使ってないってことか? だとしたらあの侍嬢ちゃん……色々とおかしくねぇか?」
イブキの異常性に驚いているのは、ある男性冒険者。
彼は細剣使いとの戦闘経験が豊富という訳ではないが、それでも対峙戦の際に細剣が持つ力の大きさは知っていた。
だからこそ、まだ学生であるイブキがあそこまでルドラの風突を交わし続けられる理由が解らない。
「……技術だ」
「ぎ、技術っすか? スキルとか、生まれ持った能力とかじゃなく?」
「そうだ……あれは…………そう、武道というものだった」
男性冒険者の先輩にあたるベテラン冒険者は、離れた場所からでもイブキが何をしているのか確認できるほどの眼を有しており……確認できたからこそ、後輩以上にイブキの技術力に驚愕するのだった。




