第536話 議論が生まれるほどの
「とりあえず、今のところベストバウトだな」
ガルフ対ミシェラ。
今大会の試合で、今のところ一番の試合……そんなイシュドの言葉に異を唱える者は一人もいなかった。
「……そういえばイシュドさん。ミシェラさんは一度リングアウトされてから、無理やり戻り、見事な奇策を叩き込もうとしましたが、ガルフさんはそれを読んでいましたよね」
「ははッ!! あれなぁ、超良かったよな。自力で歩けねぇからって、風の噴射で無理やりリングに戻るたぁな……さすがに恐れ入ったぜって感じだ」
先程、あまりにも無茶な方法でリングに戻ったミシェラを視た際、イシュドはこれまで彼女に向けてきた顔の中で……一番狂戦士味がある笑顔を向けていた。
何が何でもまだリングに戻ってガルフと戦い、勝利を求める。
その姿にイシュドは大きな感心を持った。
「容赦なく迫るガルフも良かったが、あの瞬間……体はクソズタボロだっただろうけど、デカパイは一番魔力操作のキレが上がってたんじゃねぇの?」
「それは……やれることが限られている状況で、痛みが……ある意味、一周回った故の集中力、といったものでしょうか」
「そんな感じの訳解らねぇ集中力だと俺は思うぜ。噴射を発動して躱すタイミングに、背後への回り込み方……理想も理想なんじゃねぇか? けどまっ、スイッチが入ったガルフには、無駄だったんだろうな」
「未来を読めていた、というわけではなく?」
噴射を利用した移動ではあったが、それでもタイミングと移動速度も完璧であり、気付いてから反応するのはガルフでも非常に難しい。
「デカパイはこの戦いで見せたことがない手札を使い、未完成な技術をぶっつけ本番で使い始めた。それを総合して、ガルフはデカパイが根性だけでリングに戻ってきたわけじゃないって予想出来てたんだろうよ」
「つまり、ガルフさんはミシェラさんのことをある意味信じたからこそ、あの動きを読み切り、逆にカウンターを叩き込むことに成功したのですね」
「そういうこった……ただ、読み勝っちゃいたが、反応が遅れてれば、ガルフが肺を貫かれて勝負は解らなくなってただろうよ」
咄嗟に闘気を纏えていたら、といった未来も考えらるが、とにもかくにも……二人の戦いは見終わった後に、あの時ミシェラがこうしていれば、ガルフがこういった手段を取っていればもっと楽に、といった議論が生まれた。
熱い議論が交わされる……それは、その試合が、戦いが名勝負だったことを意味する。
自分とフレアだけではなく、他の場所からも先程の戦いに関する感想や議論が聞こえる。
その光景に、今度は狂戦士としてではなく……一人の人間として、年頃の若造らしい笑みを浮かべていた。
「…………」
「おう、戻ってきたかガルフ」
「おかえりなさい」
「おかえり」
「お疲れ様」
「お疲れ」
控室に戻ってきたガルフに、フィリップたちは笑みを浮かべながら迎えた。
「うん、ただいま」
「やっぱお前が勝ったんだな」
「……フィリップは、僕が勝つと思ってた?」
「そりゃな。ミシェラが弱いとは全く思ってねぇぜ? ただ、それでも闘気と体の頑丈さはミシェラにとって面倒な壁になるだろうからな……けど、その様子だと、結構苦戦した感じか?」
「ふふ……苦戦したどころか、何度も敗北の文字が見えたよ」
ガルフの言葉に、控室にいる学生たちの顔に、大なり小なり驚きが浮かぶ。
ミシェラとガルフが控室から出た間、当然のようにどちらが勝つかという議論が起こった。
ミシェラの実力は多くの学生が知っている。
しかし、フィリップが口にした通り、ガルフには闘気というとびっきり強力な切り札がある。
そのため、議論は起こるものの、多くの者がガルフが優勢のまま終わるのでは……彼の戦略次第では、一瞬で勝負が終わってもおかしくないのではと考えていた。
そのため、ガルフが何度も敗北の危機を感じたという言葉は、やや想定外であった。
「……マジ?」
「うん、マジだよ。多分、今回の激闘祭で使おうとしてた技をいくつかこっそり用意してたんじゃないかな…………それと、あれだね。やっぱり、訓練と本気の試合は別だなって感じたよ」
「まぁ、そりゃそうだろうけど」
間違ってはいない。
間違ってはいないが、それでもフィリップはガルフがもう激闘祭の様な多くの者たちから視線を向けられるような空間でも緊張することはないと思っていた。
(緊張したからって訳じゃねぇなら……読みの違いか。ミシェラが普段の訓練や模擬戦で手を抜いてるとは思えないし…………なるほどね)
訓練と本気の試合で何がどう違うのか、フィリップは勝手に一人で納得した。
「だから、僕も覚悟を決めて戦ったんだ」
詳細は、話さない。
もし……次の試合でガルフと戦う者が彼の負傷した部分などを知っていれば、それはこういった場でうっかり漏らしてしまった時のみ。
治癒師たちは知っているが、信用問題に関わるため、どんな賄賂を積まれても答えることはない。
これに関しては特にイシュドから教わったことではなく、ガルフが自主的に気づいたことだった。
「とにかく、やっぱりミシェラさんは本当に強かったよ」
ただ、それだけは友人たちに伝えたかった。




