第525話 無駄ではなかった
SIDE イシュド
「っぱあれだな。どこに属してようが、どういう環境だろうが、前を向き続けられる奴はいるもんだな」
アドレアス対クラッドの試合。
イシュドは今日行われた試合の中で、一番興味が持てるものだった。
「クラッドさん、という方を気に入ったのですか?」
「骨がある奴だなとは思った。つーか、これまで情けない連中が多かったってのもあるけどな」
舞台が舞台であるため、露骨にやる気がない者はいない。
それでも、心底本気を出せているのかというと、怪しい者が多い。
それもあって、フィリップは対戦相手を言葉や態度で煽り、無理やり戦る気を引き出していた。
「…………無理だと、諦めた方が楽だからでしょうか」
一度も激闘祭の様な戦いには参加したことがない。
それでも、目の前の舞台に上がる者たちの気持ちを想像することは出来るフレア。
どうせ自分は主役ではなく、目の前の同級生の実力を知らしめるための引き立て役。
であれば、わざわざ本気で勝とうとしたところで……と思ってしまうのも、無理はない。
そんな一般的な感情を…………正直なところ、まだ前世の感覚が残っているイシュドは理解してなくもない。
「さぁ、どうだろうな……俺としちゃあ、言い訳づくりにしか思えねぇけどな」
だが、この世界では「うんうん、それは仕方ないよね。生まれた年が悪かった」では済まされない。
「全力を出したところで、死に物狂いで挑んだとしても結果は変わらないなら、わざわざ苦しい思いをする必要はないって言い聞かせて、恥をかくことから逃げてるだけだ」
「「「「「「「「「「っっ…………」」」」」」」」」」
仕方ないそういった感覚に同意していたフラベルト学園の学生たちの胸に鋭利な刃が刺さり、ぐりぐりと捩じられる。
「つか、そもそも高等部に上がった学生だっつーのに、大前提を理解してねぇ連中が多すぎるんだよ」
「大前提を、ですか」
「おぅ。そうだな……この場にAランクモンスターが五体現れたとして、俺がフラベルト学園の連中を全員守れると思うか?」
「えっと……それは…………」
フレアは、既にAランクモンスターが相手であっても、最上位連中でなければイシュドが一人で倒せることは知っている。
今更そこに疑問を持つことはないが、一般常識的に怪物中の怪物であるAランクモンスターが五体となると、そう簡単に結論を出せない。
だが、フレアが答えを出すよりも先にイシュドが結論を口にする。
「答えはノーだ」
「え?」
「……何をそんな驚いてんだよ。倒すならともかく、こいつらを全員守りながら怪物を五体もぶっ潰すのは無理に決まってんだろ」
まさかのノーという答えに、周囲の学生たちもフレアと同じ反応になってしまった。
ただ、倒すならともかくという部分を思い出し、どういった反応すれば良いのか解らなくなってしまう。
「あんま専門じゃねぇが、守るってのは倒すことよりムズいらしいからな」
「そうなのですね……つまり、イシュドさんほど圧倒的な力を持つ方であっても、一人で出来ないことがあると」
「そういうこった。つか、そんぐらい言われなくても解れよって話だけどな。アドレアスやミシェラとかがどれだけ強くても、守れる範囲にゃ限界がある。てか、だからこそ騎士団って存在があるんじゃねぇのかよ」
イシュドの言葉に、急所をグサグサぐりぐりされない代わりに、心臓がキュッと握られるような痛みを受け、ハッとさせられる学生たち。
「そこら辺が解ってるから、あのクラッドって奴はアドレアスを前にしても……その狙いを知っても、折れたり捨てたりしなかったんだろうよ」
「…………イシュドさん」
「解ぁってる解ぁってるよ。こういう社会じゃあ、それだけを理由に生きてくのが厳しいってんだろ。俺からすりゃあ、その時点で騎士や魔術師って職業が破綻してんじゃねぇかって言いたいところだが……少なくとも、欲望の前にそういう心構えがなきゃいけねぇだろ」
イシュドは決して聖人君主ではない。
強者とのバチバチに熱い戦いが好きで、美味い飯も好き。
良い女を抱くことも好きである。
しっかりと欲望を持ちながらも……結果的にと言えるかもしれないが、誰かを守ることに繋がる戦いをしていた。
「偉くなりてぇとか、家の重圧とか金とか色々とあるんだとは思うぜ? そこは俺も一応学んだからな。ただ、大前提を持ってなきゃよ、平民からすればそりゃ敬意の欠片も持てねぇ金食らい虫とかしか思えねぇだろ」
「「「「「「「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」」」」」」」
既に次の試合がリングで行われているが、イシュドが口にした一撃必殺の刃によって、屍の様に意気消沈している生徒たち。
(本当に……あれだな。ぶっちゃけ何が面白いっていうか、為になる授業なのか全く解ってなかったけど、道徳の授業って必要だったんだな)
意味があったのかなかったのか、社会に出た際にそのお陰で道を逸れずに済んだのか否かはさておき、不必要ではない授業だったのだと思いながら、三年生の試合を眺めるイシュドだった。




