第523話 一人では、出来ない
SIDE アドレアス
(……浮足立つ、といった感じかな)
ようやく自身の番が回ってきたアドレアス。
出入り口から現れた、これまでと同じく黄色い歓声が沸き上がる。
そんな観客たちの声に、アドレアスは手を振って応える。
決して……彼は調子に乗っている訳ではない。
アイドル感覚でリングに上がろうとしている訳ではないのだ。
ただ戦いが、試合が始まってしまえば、観客たちの声援などに応えることは出来ない。
「一回戦目からあんたとかよ」
「嫌だったかい?」
アドレアスと一回戦目から戦う学生の名は、クラッド・ノルズ。
燃え盛る炎の様な髪を持つ戦斧使いの男子学生。
言葉とは裏腹に、薄っすらと笑みを浮かべていた。
「いいや……つまらねぇ相手と当たるより、あんたと当たった方が良いなと思ってよ」
「そうか、それは良かったよ」
どういった意味で良いなと思っているのか、本音のところは解らない。
ただ、探ったところで意味はない。
アドレアスとしては……目の前の同級生が、自分とぶつかるという事実に対し、最初から勝つことを諦めてはいない……それだけでも、良かったと思える。
(私も、君と当たれて良かったよ、クラッド君)
アドレアスにとっては、今に始まった話ではない。
王族に相応しい才を持ち、前に進める環境が整っている。
そして、本人は才に胡坐をかくことなく進み続けようとする精神力がある。
彼の努力もあり、実力は順調に伸び続けていた。
才ある者たちの中でも頭一つ抜けていたこともあってか、今回の様な公式戦だけでなくとも、令息たちが集まった訓練会で行う模擬戦などでも、最初から自分に勝とうとする姿勢を持たない者が増えてきた。
「良い戦いをしよう」
「へっ、当然だ」
互いに握手を交わし、距離を取る。
「それでは…………始めーーーーーーッッ!!!!!」
審判の気合が入った声と共にクラッドが先に駆け出した。
フライング……と捉える者がいるかもしれない発車ではあったが、審判は同時であった……寧ろ素晴らしいスタートダッシュだと判断し、試合を止めることはなかった。
当然、その判断にアドレアスも文句を告げることはなく、寧ろ小さな笑みを浮かべながら受け入れる。
「ッ、おらッ!!!」
「……っ、ふッ!!」
クラッドは様子見などすることなく、最初から本気で仕掛けた。
強化スキル発動し、得意の炎を纏い、全力で目の前の強敵をぶっ潰さんと戦斧を振り回す。
相手によってはそれが攻めの一手に繋がり、そのまま流れを使う切っ掛けになる。
しかし、アドレアスもまた試合が始まると同時に同じく強化スキルを発動し、旋風を纏っていた。
クラッドの雰囲気、零す圧などから様子見をするつもりはない、最初から全力で倒すという初動を感じ取っていた。
それを把握できたのは、ひとえにここ一年……モンスターとの戦闘を何十、何百と積み重ねてきたからであった。
知恵が回るモンスターであろうとなかろうと、本気を出す時は初手から本気で襲い掛かる。
そうであるか、そうでないか……その差は、人間にも通ずるところがあった。
(チッ!! 最初から、全開で戦えば、そのまま押し切れるって、思ったんだけど、なッ!!!!)
予定が狂った。
だからといって、クラッドの闘志が萎えることはない。
今回の激闘祭……始まる前から、やる気が削がれる、萎えるような話が広まっていた。
激闘祭に参加出来て無様に負けるだけじゃないのか、また平民に負けるのか……フラベルト学園の学生たちに負けて引き立て役にしかならないんじゃないか。
悲観的な声や考えだけが広まり、本気で勝ちにいこうとする者たちの心を無意識に削ごうとしていた。
(ふざけんなって、話だぜッッッ!!!!!!!)
「ーーーっ!!!」
心の中で怒りを爆発させながら斧技、岩砕を発動。
岩をも砕く斬撃は空振りに終わるも、冷や汗を流すほどの風切り音がアドレアスの胸を高鳴らせる。
(そうこなくては、なッ!!)
お返しとばかり、今度はアドレアスの細剣技、三連突きが襲い掛かるも、クラッドは焦り声と怒鳴り声が混ざったような声を上げながら二つは回避。
一つは掠り傷を負うだけに留めた。
その結果に、アドレアスは……無意識に嬉しさを零していた。
アドレアスは少しずつでも、腐った部分を削り、消し去っていきたい。
しかし、一人でそれが出来るとは思っていない。
もし……それが可能であれば、既に歴代王族の誰かが実現していた。
何より、騎士になるにあたって忘れてはならないことがある。
それは……国を守り、民を守ること。
それこそ、どれだけ強くともアドレアス一人では成し遂げられない仕事である。
そういった当たり前ではあるが、すっぽりと忘れていそうな事実を考えると、目の前の様な本気で自分に勝とうとする同世代は……アドレアスにとって、非常に頼もしい存在と言えた。
だからこそ……試してみたくなる。
去年までと比べて、自分がどれほど成長できたのかを。
(すまないね、クラッド君)
心の中で謝意を伝えながらも、アドレアスはある目標に向けて動き始めた。




