第510話 糧とするため
「っ、イシュド。あれは……」
「…………おかしくはありませんけれど、少し……ガルフらしくありませんわね」
「……デカパイの言う通りだな」
リングでは対戦相手と対峙しているガルフがロングソードを引き抜くも……地面に突き刺した。
(……ふっ、そういう事か)
ガルフが何をしたいのかなんとなく察し、イシュドは小さな笑みを零した。
「あいつは、文句を言われるのを承知で強くなるための選択をしたってことだろ。多分な」
「強くなるための選択、ですの」
「あぁ。とりあえず観ようぜ」
選抜戦が始まって数十秒もしない内に、二人はガルフの意図を察するのだった。
SIDE ガルフ
(よし……行こう)
堂々とした態度で出入り口から入場するガルフ。
イシュドたちが思っていた通り、その態度は一年前と比べて非常に頼もしいものになっていた。
ただ、実際のところガルフの中には多少なりとも緊張感があった。
それでも……ガルフはこの一年間で、少しは戦いというものを理解していた。
心に不安な気持ちがあったとしても、相手に悟られてはならない。
(っっ、対峙するのは初めてだが……これが、平民が放つ空気なのかっ!)
リングで相対する槍使いの男子学生。
彼はクラスが別ということもあり、去年の選抜戦でも戦うことはなかったため、今回が初めてガルフとの試合である。
去年は惜しくも激闘祭に参加できなかったため、外から眺めることしか出来なかった。
そんな中……嫌でも、ガルフの強さから目を逸らすことが出来なかった。
だからこそ、驕りはなかった。
実力では上をいかれているであろうことは認めている。
それでも、彼とてこの一年間、適当に学園生活を送っていたわけではない。
(だからって、負けるかよッッ!!!!!!)
気合を入れて槍を構える。
ガルフもロングソードを構え、審判の教師は両者に問題がないことを確認。
「それでは……始め!!!!」
教師の合図と共に……両者は動かなかった。
槍使いの男子学生からすれば、自分より上だと認めているからこそ、容易に動くべきではないと考えていた。
対して、ガルフはロングソードを床に突き刺し、ファイティングポーズを取った。
「っっっ、お前ぇ……いったい、どういうつもりだッ!!!!」
「…………」
槍使いの怒りに対し、ガルフは口を開かず、無言を貫く。
槍使いが聞いた情報に、ガルフが徒手格闘で戦うという情報も、メイン武器をロングソードから徒手格闘に移行したという情報は全くなかった。
(こいつっっっ、俺を、嘗めてんのかッッ!!!!!!!!)
ガルフの行動は、槍使いの男から冷静さを奪うには十分過ぎる行動だった。
メイン武器を使わず、徒手格闘で戦おうとする。
武器が徒手格闘というのも、怒りを増加させる要因となっていた。
武器と比べ、己の五体を使うということは、確実にリーチが短くなる。
加えて、対戦相手の男子学生が使う武器は槍。
リーチの差は圧倒的である。
「うおおおおおおおああああああああッッッ!!!!!!!」
槍使いは既に身体強化を発動し、全身に魔力を纏っていた。
そして……槍には火を纏わせていた。
彼は、決して弱くない。
炎槍は彼がこの一年間、決して温くない時間を過ごしてきた証拠である。
しかし、ガルフは変わらず徒手格闘のまま対応。
身体強化のスキルは発動しており、対戦相手と同じく魔力を身に纏っている。
ただ……闘気は、身に纏っていなかった。
(ぶッ、殺すッッ!!!!!!!!!!!!!)
明らかに、手を抜いている。
槍使いの怒りは頂点に達し、容赦なく急所を狙い始めた。
「まぁ、当然そうなりますわよね」
「だろうな。ガルフの奴、明らかに本気で戦ってねぇからな」
「……イシュド君。ガルフ君は……調整を間違えれば、対戦相手を殺してしまうかもしれないから、あのように戦っている、という訳ではないんだよね」
観客たちがガルフの戦い方に疑問を抱く中、イシュドたちも友人の戦い方に関して話し合っていた。
「お前らほどじゃないにしろ、ガルフの技術も徐々に上がってる。剣先を急所に添えて終わらせるぐらいは出来んだろ」
「私もそれは可能だと思ってますわ。けれど、実際にガルフは闘気を使わないどころか、ロングソードすら使ってませんわよ。あれは……どういう意味がありますの」
「…………強くなりてぇんだよ。あれだ、俺がお前ら相手にやってる事と似てるかもな」
「あなたが私たちを相手に……っ! そういう事ですわね」
普段、イシュドがミシェラたちと模擬戦や試合を行う際、イシュドは扱う武器やスキル、魔力などに制限を設けて戦っていた。
制限を設けなければ戦いにならないというのもあるが、イシュドにとっては緊張感のある感覚を保ち続けるためという目的もあった。
「実戦で多くの経験を積むために、ということだね」
「そういうこった。実力なら普段から戦り合ってるお前らの方が上だろうけど、あくまで普通の模擬戦や試合だろ」
「選抜戦で行われる試合の方が、対戦相手の学生が燃やす本気度が違う、といったところかな」
「だろうな……ガルフのやつ、考えたじゃねぇか」
ガルフはただ激闘祭に参加するために蹴散らすのではなく、戦う学生たちを己の糧とする選択したのだった。




