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リコメディント・スカイ  作者: ポテッ党
第三章 王都での災典
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第三章 第二十五話 眠れ悪党

「…………」


 透明な棺桶というべきものが、アカツキの眼前にはあった。

 否。『眼前』というのは不適格かもしれない。なぜなら今の彼には眼球と呼べるモノはなく、その体はホログラムで構成されているのだから。

 彼がいるのは地球。そしてとある船の中の一室。

 彼の視界には無数の引き出しがあった。しかしそれは一般的な家具のように、部屋に独立して存在するのではなく、壁の一面を埋めるように設置されている。


 遺体の安置所。その形容が最も近いだろう。

 違うのは収められているのが生きた人間というところだけだ。

 唯一壁から引き出されたソレの上部はガラスに覆われ、視線以外の全てから中にいる者を隔離している。

 それは生命維持装置だった。その中には緑色の液体が満ちていた。

 そして横たわっているのは子供だった。


「…………っ」


 徹底的に肉が抜け落ち、ただ皮と骨だけで構成された四肢。

 あばら骨が陰惨に浮かび上がり、腹部には内臓の凹凸が浮かび上がるほどに、筋肉も贅肉もありはしない。

 首は触れただけで折れそうなほど細く、顔は死病を患う者のように痩せこけている。

 腕部に刺さったチューブからは栄養剤でも送られているのだろうか。

 そして頭部には、いっそ見慣れた『幽体投射装置』。


「これが、連中の処置か……」


 彼らは『神権教団』の尖兵である少年兵たちだ。

 『イグノーテラ』では明確な脅威としてテラリアンを脅かしてきた彼らも、ここではカイコのように弱く脆い命に過ぎない。

 無理にこの生命維持装置から引きずり出せば、自らの足で立つことままならず。そして一時間もしないうちに死に至る。

 ならば、やはりこれは棺桶と称するべきだ。なぜならその内に横たわる者たちは生きながらにして死んでいるのだから。

 そうでないなら屠殺場だ。生まれながらにして、その命を他者に捧ぐことを強いられているのだから。

 

 その場所に、硬質な足音が響く。


「合理的な処置ではあると思うよ。この部屋だけで二百人。他を含めれば一万を超える子供たちを養えるだけのスペースと食糧を捻出するのは困難だ。いくらこの都市級戦艦(バトルシップ)でもな」

「やはりここが、『教団』のアジトか」

「ああ。世界大戦下から存在している、最初にして最後の秘密基地だよ」


 もう一人のアカツキは鎧姿だった。

 この戦艦に備え付けられた戦闘用パワードスーツにその身を【電染】させている。その体にはいかなる武器も装備していないが、人工筋肉の収縮だけで戦車以上の破壊力を発揮するだろう。

 そこに《憑依》したもう一人のアカツキはとうとうと語る。


「この都市級戦艦の最大収容人数は三万人。これは通常の空母の六倍以上の人数だ。けどそれは充分な補給が行われている状態での許容人数。所在の秘匿のためにほとんど動けないこのデカブツじゃ、精々その半分を養うのが精一杯だ」

「生産プラントは? 合成食糧の起源(オリジナル)はこの都市級戦艦で培養された軍事食糧だろう。味はともかく、量だけだったら問題ないはずだ」


 この問答にさしたる意味はない。

 ただ確かめたいだけだ。『神権教団』に、そして自分に、どんな理由があったのか。


「エネルギーが足りないんだよ。言ったろ? 所在の秘匿のために動けない。これは単に動いたらバレるって話じゃない。メインエンジンから送られてくるエネルギーの大半を隠蔽用の[拡張機装]に注ぎ込んでいるんだよ。それも『始まりの帰還者』が『こちら』に持ち込んだ代物だ」

「魔装を、所有しているのか……!」


 『白昼夢』と称された、史上初の異世界転移。

 そこからの帰還者たちは三つのモノを手にしていた。

 超人的な身体能力。超常的な異能力。そして最後に超物質による装備品。

 その装備品たちは[原初の魔装]と呼ばれ[拡張機装]の起源となった。あるいは『第三次世界大戦』に現れた極限兵器たちの源流の一つでもあるだろう。


「それとこの戦艦をつなげて、阿保みたいなエネルギーを注ぎ込んで《隠蔽結界》を起動している。おかげでいかなる探査も捜査も逃れて今日まで見つからなかったていうわけだ」

「けどその分、内部の人間は制限されたってことか。収容人数も個々の動きも。それでも兵力を確保するために、こんなことを、やったのか……?」


 こんなこと。

 年端も行かない子供たちを棺としか言いようのない場所に押し込んで。

 食物なんて一片も与えず、点滴だけで生き永らえさせて。

 仮想空間という電子の牢獄を彼らのいるべき場所と偽って。

 挙句の果てに『人殺し』を強要する。

 

「ああ。こんなことをやったんだよ。あの導主が考案して、幹部の大半が諸手を挙げて賛成した。そうして裏市場(ブラックマーケット)から必要な物をかき集めて、自分たちの信徒の子供も、身寄りのない孤児も一緒くたにしてここに放り込んだ。あの王都に出てきたのは三千人程度だが、ここには一万人はいる。ていっても、その大半が七歳未満の未能力者だがな」

「この生命維持装置は、何で動いている……?」

「お察しの通り、メインエンジンから供給される電力だよ。……何で俺がバルレシアの人々を危険にさらしたか、(オマエ)は聞いたよな」


 鎧姿の、もう一人の自分の声は震えていた。

 子供たちを手で示して、告げる。


「その理由はこれだ。俺の【電染来迎の心世界エレクトロ・フロンティア】の【技】の一つ。お前が《憑依》と誤認していた【技】には、お前の知っていた通り条件がある。生命体であるならば生命力以外の生体エネルギーが枯渇していること。この条件は電気エネルギーで駆動する機械に対してはある程度緩和された状態で適用された」

「その緩和された条件っていうのは」

「簡単だ。俺自身がスイッチをオフの状態から、オンに切り替えればいい。そこに俺の【電染】の意志が伴えば、確実に支配下に置ける」


 そして男は続けた。

 電源と接続しているのならば、その電源から切り離されていること。

 発電機能を有しているのならば、その機能が停止していること。

 そこから自らの手で電源と接続し、あるいは発電機能を起動させることが必要だと。


「この都市級戦艦を支配下に置くためにはメインエンジンを、俺が点火する必要がある。そうしなければ【電染】できない。そしてここにある全ての生命維持装置には、電気エネルギーの供給が必要不可欠だ」

「……非常電源はないのか?」

「あるにはある。けどその非常電源の割り振り先には優先順位があった。ここの場合は【隠蔽結界】と一部兵装だな。それで非常電源のリソースは使い尽くしている。つまり」


 もう一人の少年がそう区切り、もう一度口を開くのに十秒以上の時間を要した。

 そしてその沈黙を少年は急かしたりはしなかった。


「…………つまり、ここを俺の能力のみで、陥落させるということは、この場にいる一万人の子供たちを見殺しにするということだ」


 堰が切れたかのように、彼は言葉を続ける。


「俺がこの場所を発見できたのは、この内部の人間からコンタクトを求めていたからだ。情報漏洩、いいや救難信号というべきものがネット空間上に垂れ流されていた。高度な暗号化が施されている者だったうえに、極めて断片的な情報だった。だからこうして内部の人間と情報のやり取りができたのは、電子ネットワークを実在空間のように観測できる俺以外には、いなかった」


 もう彼の内心が溢れることを妨げるモノはなかった。


「そこからもたらされた内容は、子供たちの保護を求める物だった。自分たちの身柄はどうなってもいいから、とにかく子供たちでも助けてくれ。そういう切羽詰まった内容だ。けど、子供たちの、この現状を認識するにつれて、それが不可能だということがはっきりと分かった。だってそうだろ」


 頭蓋に指先を突き立てるように、ヘルムをかきむしる。


「【災異能力者】を保有している犯罪者組織が標的である以上、その鎮圧に向かうのも同じ【災異能力者】に決まっている。人の形をとった災害の激突だ。死人が出ないわけではない。ましてこんな、こんな装置に! 繋がれた子供たちなら! なおさらだろう!!」


 とうに失ったはずの声帯を、赫怒と悔恨に震わせる。


「それが覆しようのない事実だと分かった頃に。ビットー王国転覆計画の報が入った。……そこで子供たちが戦わせられるということも。……俺は、俺は選択しなければならなかった。この場にいる、何も知らない、けれど罪を重ねた子供たちを助けるか。それとも個々の情報を『保安機構』に提供して、何も知らない、そして罪のないビットー王国の人々を惨禍から遠ざけるか」

 

 アカツキはソレをただ、見ていた。


「選択しなければならなかった。どちらを選ぶべきかも分かっていた。ビットー王国の人々だ。何の罪もなく、何も知らず、日常を過ごしている人々を戦火に巻き込む。そんなことはあってはならない。あってはならないんだ。…………数だって、王都に住まう人の方が断然多い。首都が落ちたことによる被害を考えれば、更に死者も負傷者も難民も、膨れ上がることだろう」

 

 鎧姿の己は、膝をついた。


「けど、俺は、選べなかった」


 誰にも言えぬ、独白と共に。


「どちらも選ぶことはできずに、賭けに出た。自分の全てと王国の人々の命を賭け金にした。子供たちも、王都の人々も、どちらも助けられる道を模索して、たどり着いた。後はお前が見たとおりだ」


 彼の声は別人ではないかと思うほどに、弱弱しかった。


「…………結果はまだ出ていない。負傷者が少なくないということは分かっていても、死者が出たかどうかについては、確定していない。だが紛れもなく、俺は自分の都合で人の命を危険にさらした」


 ホログラムの少年の目の前で、鎧姿の少年が膝をついている。

 首を刎ねられるのを待つ、罪人の如く。


「…………お前は俺の【ゼノギフト】によって生まれた、紛れもない俺の分身だ。けど俺とは別の存在だ。お前が俺は別の物を求めるのなら、それを支援しよう。けど俺の死を求めるのなら、少し待ってくれ。俺にはまだ――」


 彼は手を差し出した。

 あの時は拒んだ握手を、望むように。


「俺もお前の立場なら同じことをした。そして同じようにお前の前で懺悔をしただろう。ならここで俺たちがとるべき行動は一つだ」

「それは……?」

「ケジメを付けなくちゃならない。俺の全力で」


 差し伸べられた半透明の手を、鎧姿の少年が握る。


「悩むのも、謝るのも、嘆くのも、全部その後にしよう」


 そして二人の少年は、一つの生命へと。



 □



「…………ここは」


 透明な棺桶というべきだった。

 導主 エイゼリア・オルカーベルトの横たわる、それは。

 子供たちの物と異なる点を挙げるとするならば、要救助者を運ぶストレッチャーのように移動可能な点と、彼女の意識が保たれている点だろう。

 しかしそれだけだ。

 身動きもろくに取れず、それどころか首から下の感覚は皆無。

 

「後遺症……、いえ」


 彼女は非認可の『投射装置』を使用したことによる身体機能不全かとも思ったが、すぐにソレは違うと確信した。

 非認可であろうとも『投射装置』であり、第四世代の代物には変わりない。

 自前で『回廊』を用意する必要はあり、痛覚への制限はなかろうともそれ以外は認可済みの物と性能は変わりない。

 何せ非認可のモノを裏社会へと流通させたのは、他でもない『統括政府』なのだから。

 そうした彼女が知る事実が、この身動きを取れない状態を作為的なモノだと思い知らされた。


「……誰か。誰か! いないのですか!」


 声を張り上げて、信徒たちを呼び出すことを試みる。

 普段ならば、こうして声を張り上げるまでもなく近くに何人もの侍従が控えている。

 しかし今は、何人たりともその声に応える者はいない。

 異常事態にほかならず、エイゼリアは信徒たちの安否を知ろうと首を限界まで酷使して、辺りの様子を探った。


「ここは、私の部屋…………?」


 彼女は自室にいたのだ。

 ベットも、調度品も、そして『投射装置』も自分の記憶のままだ。

 自分の部屋にいること。本来ならば安堵すべきことは、彼女にこれ以上ない戦慄を与えた。

 これ以上ないほどに自分の領域に居ながら、自分の身動きを他者に制限されているということは。

 この『教団』の首領(じぶん)に至るまでの全てが、他者の手に落ちたということを示しているのだから。


「誰か! 皆さん! 無事ですか! 返事をしてください!」


 彼女は自らの身の危険を脇において、真摯に他の者たちの身を案じた。

 

「声が聞こえているのならば、返事はしなくて良いです! ここから離れなさい! 再起を図るのです!」


 彼女が導主として崇められているのは、教義がそう示したからではない。

 それにふさわしいと数多の信徒が認めたからこそ、嘘偽りのない敬愛を向けられていたのだ。


「私の身の心配はいりません! ですからどうか、無事で――」

「誰もお前の心配はしていないよ」


 答えた声はただ一つ。

 アカツキのモノだけだ。


「あなたは……、まさか!」

「お前の想像通りの人間だよ」

「あ、あり得ない! 遺体はこちらで処理をしたはずです!」

「そうみたいだな。手足も臓物も全部とっくに処理済みのようだ。けどまだ重要なモノが残っているだろう?」

「……あり得ない。あれは[拡張機装]を構築するための材料に過ぎないはずです! そもそも人間が――」


 導主の言葉をアカツキが引き継ぐ。


「脳髄と脊髄のみで生きられるわけないって?」

「っ!」

「普通はそうだろうな。俺の体は解体されている。心臓もないから血液は循環しないし、肺もないから酸素を取り込めない。そもそも血液も血管もないんだから肉体として成立していない」

「人体という体裁すらとれていないはずです! それなのにどうして……!」

「お前たちが神の恩寵としてありがたがってる【チカラ】のおかげだよ。血が足りなくても、鼓動が無くても、俺の脳髄は生きていられるんだよ。……死ぬほど痛かったぞ。生きたまま内臓を引きずり出されるのは。味覚は死んでるくせに、しっかり痛覚は生きていやがった」


 あり得ないことだ。 

 あり得ないことを言っている。

 この男は脳髄のみで生命を完結させたと言っているのだ。

 

「そ、そんなまさか……」

「お前たちの懐に潜り込まない限りは、非常電源の割り振り先を変えられない。もし万が一この船が戦場になった時に、子供たちの生命が危険にさらされてしまう」

「じ、自分を殺させて、その遺体をここに持ち込むことを予想していたというのですか……?」

「そうだ。そうして非常電源の割り振り先を変えて、メインエンジンを停止させて、そのままこの船を乗っ取るっていうのが最善だったんだがな。間に合わなかったよ。おかげでビットー王国の人々を危険にさらすことになった」

「あ、あの時あなたは、自分の可能性に気づいて……」

「『人工超知能』だろう? お前たちが求めていた可能性は。第三次世界大戦下でも、それは生み出せなかったからな」


 『人工超知能』とは、あらゆる分野において、その頂点に立つ人間を上回った人工知能にのみ付けられる名称である。

 ネット空間に接続されたソレはヒトのそれとは比べもにならない学習速度で、自らの知性を錬磨し、その果てに人類種の知能の総和すらも超越しうる、一種の特異点。

 二十一世紀初頭においては創作の中にのみ息づいて、よく人類の敵となっているのが彼らだ。

 しかし、『第三次世界大戦』とそこから続く『企業間闘争』の時代において、彼らを現実に引きずり出すための仮説が組み立てられた。


「電子生命体の創造。その進化による人工超知能への到達だ。わかりやすく言えば機械の体に人間の思考を宿すことによって肉体的制約から解き放ち、自我を持たせることで機械にはない思考の柔軟性を獲得させる。そうすることで人工超知能を獲得する」

「……貴方の【ゼノギフト】にはその可能性が存在している……!」


 一般的なAIは、人間よりも遥かに優れた演算能力と記録能力を持っている。

 しかし人間ほどの柔軟性も自律性も持ち合わせていない。

 そこで専門家が考えたシナリオはひどく単純な物だった。

 人間の脳と機械をつなげて、両方のいいとこどりをしてしまえばいい。

 ヒトの柔軟性がハガネの強度と確度で発露する。恐るべき速度で知力は向上していくだろう。


「情報を取り入れ、知性を更新し、更新された知性でさらに情報を取り入れる。このスパイラルをいわゆる知能爆発と呼ぶ。人工超知能発生の最もポピュラーなメカニズムだろう。俺にもそれは可能だ。まあ、情報を大量に取り込んで知性をアップデートしていく過程で、自我は拡散。俺という自己認識と自我は極限まで薄れていくっていう演算結果は出ているけどな」

「…………」

「それでも人間の思考であることには変わりない。お前の【ゼノギフト】で操ることは造作もないだろう。けどそうして洗脳したとしても、俺の残骸でできた人工超知能は、お前たちの手に落ちることはなかっただろうな」


 アカツキは語る。

 自らに宿る【ゼノギフト】。

 その過去と可能性を。



 ■



 アカツキ・ソウヤの身に宿る【ゼノギフト】の名を【電染来迎の心世界エレクトロ・フロンティア】。

 その基本原則(ほんしつ)は『自己の電子生命化、および電気エネルギーを媒介した自己拡張』とアカツキは推測している。

 そう。推測なのだ。

 彼は自らの【ゼノギフト】のポテンシャルを計り切れていない。

 正確な自己認識こそが、自己強化の最も強固な土台となると、かつてリーナに彼は言った。

 その自身の信条を踏まえた上で、彼が自らの【ゼノギフト】に下した評価は、恐ろしくシンプル。


『計り知れない』


 どんな生物にでも成り代われるのか。

 どんな器物も操れるのか。

 どんな情報も処理できるのか。

 そして、どういった生命に進化していくのか。


 彼は一般に出回っているパソコンや、演算機能を有した電子機器を並列接続することによってスパコン並みの演算能力を手にしたことがある。

 その演算能力を駆使して、自らの【ゼノギフト】の解析と分析を行った。

 それでもなお、分からない。

 蝶の羽ばたきがはるか先の時間と場所で嵐を巻き起こすかの如く、どんな些細なことであっても進化をもたらす可能性があった。


 自らの行く末を、超高度演算能力で占った結果、分かったことは三つだけだ。

 知能爆発のスパイラルを自分で引き起こした場合、その過程で自分の自我は霧散してしまうこと。

 生物、とりわけ人間に【電染】した場合、その【電染】対象の死亡は、自己存在に不可逆なダメージを与えること。


 そして最後に、【雷迅之化身ライトニング・アクセル】という()()()()()()()()を継続したために、自分の肉体は既に半ば廃人となっているということだった。

 

 アカツキは、自らの【ゼノギフト】を誤解していた。

 【内界改変】系であり、生体電流を操ることによって、肉体と思考、その両面を加速できる能力であると。

 しかし違った。

 【内界改変】ですらなかった。 

 そして肉体加速はほんの副次的、あるいは副作用的効果に過ぎず、ソレに気付かなかったために、彼の自律神経は完全に焼き切れていた。


 三年前のあの時、無様に倒れ伏した彼から失われたのは【ゼノギフト】ではなく、まともな肉体だったのだ。

 では、なぜそれ以降の彼が変わりなく活動していたのか。

 答えは単純。

 自分の肉体に【電染】していただけの話だ。


 彼の【ゼノギフト】には主に二つの機能を軸としている。

 生物、器物を問わない【電染】。

 そしてその【電染】したモノや自身の演算能力を共有してのネットワーク構築。

 

 前者の可能性も、後者の可能性も無限大に等しい。


 前者であれば対象とアカツキの二者間の合意によって、完全な【電染】が可能となる。

 そうなれば、今その憑依対象が持っている全能力が我が物となるばかりか、それを得る過程の経験すらも自らの糧とすることができる。


 身近なゲームで例えてみよう。

 どんな敵もNPCも、プレイアブルとなるのだ。

 強力なんてものではない。

 今回の対『神権教団』のようにうまく擬態ができれば、その財産を全て我が物することができる。


 後者は前者ほど即時的な恩恵をあずかれるわけではない。

 しかし中長期的な目線で見れば、その恩恵は計り知れない。彼が生物への【電染】、器物の【電染】、そのどちらでネットワークの構築を行うにしろ、上記を逸した成長速度を彼に発揮させるだろう。

 インターネットというモノが発祥から五十年足らずで世界を覆ったように。


 しかしその二つのメリットが霞むほどの、いいやこのメリットが輝くほど、危険度を増すデメリットがある。

 それは自己の分裂。

 二重人格者のように、一つの肉体に二つの人格を有するのではなく。

 ネットワーク内のどれかの端末を器として、無制限に他の人格が現れる可能性がある。

 自らがどれだけ積み上げたとしても、別の自分にソレをかすめ取られる危険性がある。

 それは普通の人間ならだれもが持ちうるものだ。


 人の心は常に一つではない。 

 ダイエットをしたくても、ついついスイーツに手が伸びてしまうように、常に葛藤を抱えている。

 こういったいっそ卑近な実例ではなく、もっと重いモノだってあり得るだろう。

 

 あるいはどの人格が主か従か、その一点で争い続ける可能性もあり得る。



 普通の人間ならば。

 アカツキ・ソウヤでないのならば。



 ■



「俺はな。それが例え俺自身であったとしても、理不尽を認めはしないんだ。その結果として、俺という生命体がこの世から消え去ることになろうとも、決して」


「お前が、いいや、どんな相手が俺の亡骸を使って、どんな代物を組み立てようとしても。その亡骸から芽生えた別の俺が、お前の陰謀を必ず打ち砕く」


「それが、今日、ここで証明することができた」


 万感の思いを込めるように、彼は拳を握った。

 

「俺は止まらない。俺の意志で進み続ける。俺の夢のために」


 アカツキはその拳を開いて、心の裡を吐き出し続けた口を閉じた。

 そして平素と変わりない声で続けた。


「俺は人を痛めつける趣味はない。お前たちは眠るように意識を落として、そこで終わりだ」

「なにを、するつもりですか……」

「記憶をいじるんだ。子供たちのアフターケアのためには、人殺しの記憶なんてない方がいい。だからお前たち幹部とを実験台として、記憶編集のコツを掴むつもりだ。安心しろ。自分の頭で既に試した。痛みはない」

「待ってください」


 エイゼリアはアカツキの言葉を遮った。

 彼女の信ずる全てのために。


「あなたは、この世界がおかしいと思わないのですか? かつてこの地球には、青い空と青い海、そして色彩に溢れた大地がありました。そこにはかつて、人類だけではない多種多様な動植物が済んでいたのです。しかしそれは失われました。人類の横暴、あの忌まわしき第三次世界大戦によって! 何よりも【ゼノギフト】を受け入れず、異常者と排斥した、旧人類によって! しかし我らが神は偉大にして寛大、その旧人類たちにも恩寵たる【ゼノギフト】を与えたのです!」


 女の言葉は止まらない。

 そしてアカツキはソレを止めない。


「その信仰亡き者たちが今何をしているか分かりますか!? ただ惰眠を、美食を、何より怠惰を! あの忌まわしき『イグノーテラ』で貪っているのです! 偽りの天蓋を頭上に浮かべて、限られた大気を惨めに啜って! 木々も、動物たちも、ほとんどいなくなった、こんな、こんな灰に染まった地球を見捨てて! 誰もが『イグノーテラ』での偽りの生を謳歌しているのです! 冗談ではありません! 我々の生きるべきはこの星です! あんな嘘偽りだらけの間違った世界ではない! 断じて! 断じて! だからこそ我々は、かつての美しき世界(ちきゅう)を取り戻すために戦うのです! これは正義です! 正義に他なりません! それを阻むことなど何人――」

「正しければ、人を殺してもいいのか?」

「殺さなければならないのです! 彼らは間違って――」

「間違っていれば、殺してもいいのか?」

「それは必要な行い「いいわけねぇだろうが!!!!」

「――っひ」


 振り下ろした拳は、エイゼリアの顔のすぐ横に落ちた。

 その拳の衝撃に、女は顔を引きつらせる。


「……すまない。別にお前の顔をぶん殴りたかったわけじゃないんだ。そういった暴力は既に必要ない段階に入っているからな」

「し、しかし私の主張は――」

「お前の主張は正しいんだろう。お前の見えている『世界』の中では」


 ヒトは誰もが異なる世界に生きている。

 同じモノを見ても、同じモノを聞いても、違うことを思う。

 自らの師から伝えられた、この世の真理に近しきモノ。


「確かにお前の言う通り、居住ドームの息苦しさは俺にも分かる。『イグノーテラ』の青空がかつて地球にもあったなんて信じられないぐらい美しかった。お前は今、七十歳以上だっけか? だったら環境汚染が始まる前の地球も、世界大戦でそれが失われていったのもこの目で見たんだろう。それにどんな憤りや悔しさを感じたかなんて、俺の知る由もない。知る由もないが、想像はできる。俺にも青い空への憧れはあるからな」

「ならば!」

「けどそれは今生まれてきた子供たちに関係あるのか? 別の世界に生きている『イグノーテラ』の人々は関係あるのか? お前の言っていることはただの八つ当たりだ。世の中が気に食わないからと、それが人を殺す理由にも、人々の暮らしを壊す理由にも、なりはしない。それは確実に間違っている」

「ならば貴方はどうなのです! アナタも我々の暮らしを壊しているではないですか! 我々とあなたで何が違うというのですか!」


 これこそ八つ当たりだ。

 エイゼリアですら心の奥底でそう思っていた。

 身動きを取れず、教団の未来は絶望視するしかない、これまで築き上げてきた全てと自らの命が無に還るその事実に堪え切れず溢れた、子供じみた言いがかりだった。

 しかし彼は。


「俺もお前たちと同じだ」


 否定しなかった。


「は……?」

「お前たちと同じように、自分の理念に基づいて人を害する。『保安機構』や『聖人教会』の人々のように秩序に属して、その秩序の下に武力を行使するわけでもなく、ビットー王国の人々のように自分と自分の家族を、日常を守るために力を振るうわけでもない」


 がらんどうのはずのパワードスーツの中に、エイゼリアは瞳を幻視した。

 底なし沼よりも深く、渇いた血よりも昏い、闇色の紅眼を。


「邪魔なモノを、邪魔だからという理由で排除する。お前たちと同じだ」

「ならば何の権利があって私たちを裁くのです!! 貴方にはそのような権利はないはずです!」

「ああ。権利も義務も、俺にもない。ただ、俺の殺意でお前たちを滅ぼしに来たんだ」

「ふざけないでください!! わた、私たちのことを何だと思っているんですか……!」


 激発する女を見下ろすアカツキのヘルムには、ただ無機質にエイゼリアの顔が映っている。

 憤怒で歪んだその顔に彼女は気づくことなく、声を張り上げる。

 

「こ、こんなのは認められない!」

「俺もお前たちと同じように、いつか誰かに滅ぼされることがあるだろう」

「私は報いなければならないのです! これまで死んでいった皆様のために!!」

「順番があるんだ。必ず。他の何に突き動かされるのでもなく、自分の意志で人を殺した人間には」

「何より! ただ心を読めるからと言うだけで捨てられた私を、拾ってくれたあの人たちのために!!」

「明日にでもその順番はやってくるかもしれない。願わくば善良な人間の手による物であることを願いたいものだが、そうやすやすと選ばせてはくれないだろう」

「我々を守って、死んでいったあの人たちに顔向けできる世界のために」

「けど今はお前の番だ」

「認められない! こんなものは認めるわけにはいかない!! こんな――」


 幼子が駄々をこねるように喚き散らす彼女の額に、アカツキは優しく手を添える。

 直後にエイゼリアの意識は無明の暗闇に落ちた。


「もう眠れ。次起きるころには、どんな使命も責務も忘れている」


 そうしてアカツキは、彼女が乗ったストレッチャーを押して、廊下に出た。

 そして一つの部屋にだどりつく。


「もう痛みも何も、感じはしないだろう」


 そこは手術室だ。

 もう何人もの幹部の頭蓋に、穴をあけてきた。

 その誰もが自らの使命を、責務を、そして記憶を忘れて。

 安らかに寝息を立てている。


「身柄は最終的には『保安機構』に引き渡す。それで、お前たちはもう終わりだ」


 第三次世界大戦よりも古くに発足した彼らの当初の理念は、【異能力者】の保護だった。

 その時代においては絶対的な少数派(マイノリティ)に過ぎなかった彼らの大半は、酷烈な迫害に晒されてきた。

 そんな彼らの拠り所となったのが、『始まりの帰還者』の一人が設立した『神権教団』だった。

 多くの悪意から身を守るために、神と信仰を生み出したのは必然とも言えるだろう。

 あるいは、彼らこそが悪意を振りまく側になったのも必然なのだろうか。

 

 答えは分からない。

 一つだけ分かっていることは。

 もう二度と、『神権教団』の横暴に、涙する人間は出てこないだろうというだけだ。


「いずれ裁かれるだろう。けどそれまでは――」


 ――どうか、安らかに。


 最後に彼だけが、彼らのために祈った。

 

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