第三章 第二十四話 守護者たちは立ち上がる。
「魔力が……」
リーナの体はボロボロだった。
何せ今の彼女からは遥か高みにある超音速の領域の連携攻撃に加担したのだ。
【鎖風】の起点である『ルクスカリバー』を握っていた少女の両腕はほとんど筋断裂状態で、旋回の軸となった足は捩じ切れて、骨が露出していた。
致命傷ではない。が、ただそれだけが慰めとなるようなひどい有様だった。
しかしリーナにとって重要なのはそこではなかった。
「魔力が無い……。このままじゃ、この人が……」
そう。問題は《セイクリッド・スラッシュ》を放つために自らの魔力と活力を使いきってしまったことにあった。
ソレは、彼女の目の前に今にも息絶えそうな騎士たちの長を、助けられないことを意味する。
「私は……、また……」
忌まわしい記憶が蓋を開く。
自らを庇って傷を負った母が、怪物となり果ててしまう瞬間を。
そして不死者となった母を、無意識に自分の内から溢れた光で焼き払った瞬間を。
もしあの場所で、母に庇われることが無いほど強ければ、救えただろうか。
「違う。昔じゃない。今、助けるんだ……! 魔力が無いなら、自分の命で……」
「リーナちゃん。ボクに任せて」
いつ間にか、少女の前に、親友がいた。
あの時、無力と非力をこれ以上なく刻まれた親友が。
それでも立ち上がった親友が。
「確かにボクは《治癒魔術》に対する『適性』は、ない。けどソレは人を治療することができないわけじゃない。《虹彩の青:活水の血:一点集中》」
砕け散った細剣の破片を握りこんだその手から、鮮血が滴った。
その雫は眩く輝き、《金剛の護国》の体へと柔らかく染み込んでいく。
「…………う」
固く閉ざされていたはずの瞼は、うめき声と共に見開かれる。
「団長!」
「すまん……、あの敵は、どうなった?」
「私たちで倒しました。【結界】ももう無くなりました」
「なんと……」
彼らの頭上を固く閉ざしていた血色の結界は既にない。
「なんと、お礼を申し上げたらいいか……」
「お礼なんか後でいいでしょ、団長! 早く治療に……」
「皆さん! ご無事ですか!」
駆け寄ってくるのは、白衣を纏った一団。
王城内にて怪我人の治療を行っていた《治癒術師》たちだ。
「お前たち、大丈夫なのか……?」
「それはこっちの台詞ですよ! 王都の各所から、残敵の喪失が確認されています。既に救助活動が開始されていますよ。あなた方のおかげです。ありがとうございます」
「お二人も、こちらへ! すぐに治療を行います!」
「そのアカツキさんが……『俺は大丈夫だ。そっちは治療に専念しといてくれ』、うぇあ!?」
《部分憑依:念話》をつないでいる者にしか聞こえない声によって、素っ頓狂な声を上げてしまったのを恥じながら、それでも問うた。
『本当に大丈夫なんですか?』
『ああ。代えの鎧は見つけたしな。後は救助活動だけだ』
『『回廊』も壊せたの?』
『ああ。『神権教団』についてはもう問題ない。当分連中はこっちの世界にはやってこれないだろう』
『でも、まだ野放しではあるんだよね』
虹色の少女の問いに、アカツキはすぐには答えなかった。
しかしその沈黙に、少女が疑問を覚えるよりも早く、彼は朗らかに答えた。
『『回廊』っていうのは恐ろしく貴重で、再生産も困難な代物なんだ。そんな稀少なモノを失った連中は組織そのものの立て直しが必要なレベルで弱体化しているだろう。そんな状況じゃ、今までのように呑気に隠れてはいられない。『保安機構』は優秀だ。すぐに見つけられる。とりあえず今は、目の前のことに専念してくれ。クリスとリーナは治療。俺は救助活動。どちらもひと段落したらまた会おう』
『無理だけはしないでくださいね』
『僕たちも爆速で傷を治して、そっちを手伝いに行くよ』
『ああ。それじゃあ』
《部分憑依:《念話》》が途切れた。
立って歩ける程度の治療が終わった彼女たちは、連れたって歩いていく。
リーナはポツリと呟いた。
「あの子たち、どうなるのかな」
「……どう、なっちゃうんだろうね」
『神権教団』の少年兵たちとは、彼女達も幾度か交戦し撃破している。
民間人へ襲いかかっていたその瞬間に、切り伏せたりなどだ。《探究者》である彼らはその攻撃によって死ぬことはないのだろう。
それでも少女たちの耳には幼い断末魔がこびりついている。
そして、仲間が倒れ伏していくのに恐怖を浮かべるその表情も。
「あの子たちは……、多分、大人に人を襲うことを強いられて、戦ったんだよね」
「うん。ボクもそうだと思う」
「それでも人を襲ったのは、間違いない」
「うん……」
「あの子たちは…………」
裁かれるべきなのか? それとも救われるべきなのか?
救うとしたら、誰がこの子たちを救うのだろうか。
これほど幼いころから殺戮を強いられたこの子供たちを。
どう救うのだろうか。
二人の少女の胸中には、その答えは見つからなかった。
□
何人もの怪我人がいた。
「せーのっ!」
「よいしょっ!」
「瓦礫をどけました!」
「止血は終わった! この人たちを十三広場へ!」
「すまねぇ、助かった……」
攻撃の余波で倒壊した家屋に、取り残されてしまった人。
「無事だったか!」
「ああ! 傷自体はかすり傷だったけど、結構ギリギリだったぜ。 あの人たちが助けてくれなかったら死んでたぜ!」
「あの人たちって?」
「あの銀色の鎧の人たちだよ!」
逃げ惑う内に転んでしまった人。
「くそぉ……、あのガキども何なんだよ、いきなり俺たちの街に攻め込んできたくせに、俺の傷を治しやがって……」
「とりあえず今は生きていたことを喜ぼうぜ。それにしてもあの人たちは一体どこの所属なんだ?」
少年兵の攻撃を受けた人。
この都市の大半の場所で、彼は突如襲いかかった理不尽への怒りや、助かった事の安堵を漏らしながら、共通の疑問を浮かべることとなる。
自分たちを助けてくれたあの金属鎧を身に着けた彼らは、一体何者なんだろうか? と。
ビットー王国首都 バルレシアを襲った未曾有の《探究者》テロ事件。
その騒動に関する話題の中心点は、【災異能力者】を撃破した二人の《至天職》と若き勇者となるり、その名声は『聖人教会』全域に響き渡るだろう。
その影で語られるであろう、銀色の鎧の集団についてはそれほど広まることはなかった。
なぜなら、その鎧の集団は名乗ることすらせず、騒動が終わった直後には|、影も形も無くなっていたからだ。
故に鎧の集団はそれほど当事者以外の関心に上がることはなかった。
□
『ネットワーク全域に、アース01より通達』
地球でもイグノーテラでもない、彼だけの電脳世界に一つの情報が伝達された。
『『神権教団』本拠地、通称『方舟』の電子的制圧を完了。本拠地内に『サーバー』を構築。各員集合せよ』
それは、狂信者たちの穴倉が、一人の少年の手に落ちたことを意味していた。




