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リコメディント・スカイ  作者: ポテッ党
第三章 王都での災典
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第三章 第二十三話 電脳の申し子

「『イグノーテラ』での《アバター》は、現実の肉体を参照(・・)する。じゃあ、どのくらいのレベルでソレを行うのか」


 《アバター》は地球由来、ではなく《ステイタス・システム》に由来しているという説が一般的である。

 異世界の魂がこの世界でも適応できるように、その魂の情報を読み取って、相応しい肉体を用意する。


「答えはシンプル。戦闘を行えるように、先天性の疾患すらも克服した状態の肉体が用意される。どんな人間だって五体満足で、寿命で死ぬ寸前だろうと飛んで跳ねることができる。ただし一つだけ例外がある」

「死体だろう? 死体の頭に『投射装置』のヘッドギアを被せたところで、投射すべき幽体の動きすらないからな。当然『異世界渡航』もままならない」

「その通り。だったら逆に、肉体を失っても、霊体が、その核である幽体のみで生きていられた場合は?」


 座り込んでいるはずの彼は、立ち上がって両手を広げた。

 己の体を誇示するように。


「これが答えだ。幽体のみを転写させる」

「それが心臓を抜き取られたオマエがこの『イグノーテラ』に存在するという理由か? だがおかしな話だな。アンデッドは『イグノーテラ』特有の現象だろう?」

「確かに死んだ人間が幽霊として蘇るのは異世界でもなければあり得ないだろう。けど忘れたのか? 『【ゼノギフト】というモノは、個々人に課せられた世界法則である』っていうのは基本中の基本だろう」

「なるほど、《憑依能力》そのものが、本来の【ゼノギフト】によるものだと。それじゃあ、最後の質問だ」


 黒フードの男は掌中に銃火器を顕現させる。

 それは【ゼノギフト】によって顕現したものだ。

 本来一人一つであるはずの【ゼノギフト】によって。


「【雷迅之加速】による思考速度向上、および身体運動加速。『統括政府』の高官である理事会の弱みが握られるだけの情報収集能力。《スキル》という形で発言しているだろう《憑依》関連能力。それら全てを一つの力としてまとめ上げるであろう、オマエに宿る真の【ゼノギフト(ルール)】は何だ?」


 アカツキは自らの掌を眺めた。

 半透明だ。色合いは青と緑の中間だろうか。

 この非実体を成立させる能力とは何かを、彼は考える必要はなかった。


「『電子情報生命体としての自己の確立』。それが俺の【ゼノギフト】の基本原則だ。自己の拡張が意味するのは身体能力や思考能力の向上だけじゃない。他者の肉体を我が物にする《憑依》能力による侵食も含まれている」

 

 恐るべき力であることは言うまでもないだろう。

 数は力だ。

 個が持つどれほどの力であろうとも、世界にはかなわない。

 あるいは【ゼノギフト】の極致である【災異】をも超えた者たちならば、その世界にすら抗えるかもしれない。

 だがそんな者たちですら、彼が《憑依》すれば、彼の物になる。

 およそ一個人に一人であるはずの【力】を、他人を己とすることで自らの力と計上する。

 

「お前のその【銃火器召喚能力】も、大方他人に《憑依》して得たものだろう。それだけじゃない。オマエと俺が別行動できている時点で、俺は擬似的な分身能力を得ているということでもある。だから色々と小細工をできたんだ」

「その小細工とは?」

「一番役立ったのは、《部分憑依》の連絡網に割り込むようにして、俺の耳に届いた住民たちの悲鳴、に見せかけた、お前のメッセージだ。俺は《部分憑依》の回線を、『疾風の剣』の面々とアカリ、リーナ、クリスにしかつないでいない。既に『イグノーテラ』から退場しているドイルさんとレリアさんを除外して、テッターさんとロンさんは冒険者ギルド、リーナとアカリは聖騎士団本部、クリスは王城付近にいるにも関わらず、あの時聞こえたのはそのどこでもない場所にいた人々の声も混ざっていた」



『に、逃げろ! とにかく王城へ!』『さっきの砲撃は何だ!? 他国の戦略級魔術か!?』『見ろよ! 王城は半壊してるんだぜ! 何処に逃げるって言うんだ!?』『じゃあギルドだ! とにかく中心から外れないと!』『ひぃいぃ!』『うちの子供は! うちの子が何処に居るか知りませんか!?』『ガキだからって油断してんじゃねぇ! ボルクスの旦那もそれでやられかけたんだぞ!』『地下だ! 地下水道へ向かえ! 地上は地獄だぞ!』『とにかくありったけの魔法陣を起動しろ! でなけりゃ怪我人は全員死人に代わると思え!』『あの結界を壊さない限り、逃げ場はないぞ!』『結界の要はどこにあるって言うのよ!』『わかんねぇよ!』『お母ぁさん、どこに行ったの……』


「そこにあの、地下防空壕での数字列。アレを悲鳴に出てきた単語を当てはめればいい」


『1-2 2-2 8-1 9ー1 10-1 12-1』


「『王城へ』『他国の戦略級魔術か』『地下だ』『とにかくありったけの魔法陣を起動しろ』『結界の要はどこにある』。これだけの単語を拾えて、なおかつ『戦略級魔法陣』の存在を知っている俺ならば、結界の要の場所にアタリを付けることはできる。そこにスラム街の住人を《部分憑依》を使って避難させた人物が向かっているっていうこともな」

「おかげでお前は、それをエサにして『瞬影』の動きを縛ることができたみたいだな」

「ああ。『お前の主の居場所は分かっている』っていうモーションが無ければ、あのままアイツを取り逃がすところだったよ」


 黒フードの男はそのフードを取り外した。

 アカツキとは似ても似つかない、歴戦の傭兵を思わせる顔だ。

 その掘りの深い顔立ちに笑みを浮かべて、男は手を差し出した。


「俺の脳みそは、俺という総体から分離したとしても翳り無いようでよかったよ。それじゃあ、再統合を――」

「待てよ」


 彼はその手を取らなかった。

 半透明の少年は指先を男に突きつける。

 

「お前がこの王都において、被害を最小限にするために、いくつもの策を巡らせたのは分かっている。砲台の乱発を抑えたのは多分お前だろうし、三人目の【災異能力者】を引きずり出すことで、聖騎士団の本部から教団員を遠ざけたのも、三つの避難所のどこからも遠い、スラム街の人たちを巻き込まないように地下防空壕に逃がしたのも、お前なんだろう。けど」


 半透明の少年の蒼眼が、鋭い輝きを帯びる。

 殺気。そう形容すべきと感じてしまい程の、怒りがその眼光を研ぎ澄ます。


「そもそも、王都で事を起こすのを指を咥えて待っている必要があったのか? あの廃村での死者が出る前にもっとできることがあったんじゃないのか? いずれ確実に起きるであろう大惨事を知っておきながら、お前は手をこまねいていたのか?」

「…………」

「それは、それは。理不尽じゃないのか?」


 己に問うた。

 これがお前の望んだ景色なのかと。

 平穏に暮らしていた人々の日常を、戦場へと変わった景色を。


「俺は、お前の手をまだ取れない。お前が俺であったとしても、他人(ひと)を自分の都合で危険にさらしたことは変わりない。それにお前の弁解を聞くよりも、今やるべきことがある」

「それは、って聞くまでもないか」

「むしろこっちこそが本来の目的だ」

 

 一人にして二人の人間は動き出した。

 たしかに敵は、この『イグノーテラ』より去った。

 しかし、彼らは敵を倒すために戦っていたのではない。

 ビットー王国に住まう無辜の民を掬うために行動しているのだ。【災異能力者】の撃破などその寄り道に過ぎない。


「救助活動だ。一秒でも手をこまねいている暇なんて、俺たちにはないはずだろう」


 ソウヤ・アカツキは決して止まらない。

 内なる理念に殉じる彼に、足を止めるという選択肢はあり得ない。

 例え自分自身への疑念を抱いていたとしても。

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