第三章 第二十二話 答え合わせ
時を少し遡る。
金髪金眼の少女、の姿を取った導主 エイゼリア・オルカーベルトの脳内は七十年の人生の中で、最も混迷に満ちていた。
「ルイが、やられた……?」
『は、はい! ルイ様が、王城付近にて《至天職》二名を含む王国側戦力に討ち取られました!』
上ずり、今にも泣きそうな声だ。普段のエイゼリアであれば、自らの導く信徒がこのように取り乱していたら、優しくたしなめ、あるいは元気づけるだろう。
しかし今の彼女に、そんな余裕は皆無。
「あり得ない! そんなことは……! あのバリアスとレーテの子なのですよ! 何より今日にいたるまで彼女は導き手の名に恥じぬよう、懸命に鍛え上げてきたのです! そんなあの子が負けるなど……」
裾の長い白の貫頭衣と黄金の髪を振り乱し、ダダをこねる子供のように、神の代弁者であるはずの人間は叫ぶ。
「こ、こんなのは何かの間違いです! こんなのは……」
「何も間違ってなどいないさ」
「なぜ貴様がここに!」
突如として現れた侵入者に咄嗟に武器を向けたのは、【結界】の主であるレットだ。
今まで見たことがないほど取り乱す導主に愕然としていたところに、ちょうど黒フードの男が現れた。
自らの主から目を反らすように、自らの獲物である杖を向ける。
取り乱していたはずの導主もまた、同様に目を向けた。
「トワイライト、貴方にはこの場所を伝えていないはずです。それがなぜ……」
「この王都はビットー王国の中心地だ。それ比喩的な意味でもあり、地理的な意味でもある。一言で言えば、この王都の真下に龍脈が通っているんだ。だからアンタらはここに『回廊』を置くことにした。たとえ幽体であろうとも、世界の壁を超えるには莫大な魔力が必要だからな」
「その発言は、この、王城地下の、戦略級魔法陣の発射場だと突き止められたということを説明できていません!」
「逆にここ以外のどこだというんだ? 《戦略級》の魔術発動のために龍脈は最も近く、直近五十年は使われないために人の出入りは極めて少ない。その上半分忘れされていようと、王城の内部であることには変わりない。『保安機構』の捜査官も中々踏み込めず、逆に【精神干渉】に長け、この国の宰相と裏の繋がりのあるアンタなら、ここを密かに私物化することも容易だ」
「ぐ……!」
エイゼリアはうめき声を上げる。
彼の発言が的を射ていたからだけではない。大臣との裏の繋がりすらも、この男に把握されていることに対してだ。
「お前は何者だというのです!」
「亡霊だよ。未練がましい、ね。さておしゃべりは終わりだ。これもいい感じに温まってきたしな」
「は」
放り投げられたのは、人間の頭大はありそうな金属柱。
それはこの王城を半壊させた砲のエネルギー源たる大容量コンデンサ。
当然ソレだけ莫大なエネルギーを保有しているモノを雑に扱えば。
爆発は免れない。
「が――」
雷電混じりの爆発が、その場にあった黒い石柱ごと二人を消し飛ばした。
入口の影に隠れていた黒フードの男は、二人が亡骸すら残さずに消し飛んだのを確認してから踵を返す。
「それじゃあ、答え合わせと行こう」
□
そして今、粉塵爆発で吹き飛んだ地下ではなくなった防空壕の最深部にて、二人の男が対峙する。
傍から見れば、それは絶体絶命の状況だろう。
片や、つい先ほどまで都市の破壊工作に加担し、王城を狙い撃った張本人である黒フードの傭兵、名をトワイライト。
片や、『神権教団』の中核戦力たる【災異能力者】を単独撃破しながらも、今は立ち上がることすら難しい半透明の少年、名をソウヤ・アカツキ。
このビットー王国の命運を賭けた、この王都での戦場において、この二人は紛うことなき敵対関係にあるはずだ。
そうでなくてはならないのに、アカツキの言葉はひどく静かに続けられた。
「最初に感じた違和感は死霊として転生したこと、じゃなくて、コブリンに《憑依》した時に感じたことだった」
「続けて」
黒フードの手ぶりで続きを促した。
「何で体躯が全く異なる肉体を、俺は使いこなせたんだ? 同じ人間であるリーナだってそうだ。筋肉量どころか手足の長さも違うというのに、俺はすぐさま適応した。フォレスト・ウルフなんてその最たるものだ。四足歩行だぞ? 例え俺が地球で、常に四つん這いで生活していたとしても、《憑依》直後は普通に歩くことすらままならないはずだ。そのくせして俺は平然と戦闘行動すら行えた」
「なるほど。確かに違和感を感じただろうな。けどそれだけじゃあ、根拠として弱い。才能があった、の一言で説明してしまえる」
「そう簡単には認めない、か」
幾多の瓦礫によって塞がれた空を見上げながらアカツキは続けていく。
「次いで感じたのは術式についてだ。そりゃ確かに《魔術師》というジョブを手にした。『学院』ではあらかたの術式を暗記した。けどだからといって、ああもスムーズに発動できるか? 《魔力操作》についてもそうだ」
地球において、魔力を行使する手段は二つ。
己の内側に宿る【ゼノギフト】を駆動させるか、[拡張機装]に流し込むか。
とてもではないが、『イグノーテラ』のように術式を行使することはできない。
なぜなら、地球人類の肉体は、魔力を知覚することができないからだ。
「地球人類は魔力を限定的にしか扱えない。そのはずなのに、なぜ俺はこうも魔力と術式を自在に操り、アレンジすらできるんだ?」
「なるほど。地球にいたはずのお前が、『イグノーテラ』特有の技術を使いこなせたのはおかしいと考えているわけだな。けどこの考えに対する俺の答えは同じだ」
「どちらも『才能があった』という言葉で説明できる、だろう? 俺もそうだ。そうだった。自分が言ったことと、過去の行いが矛盾していると気づくまで」
もはや二人の会話とは呼べなかった。
アカツキの思考はひどく内側へと入り込み、常識を疑うような結論が彼の脳裏を埋め尽くしている。
後は、それに至った過程を述べるだけでいい。
それだけでもう一人の自分は、自分であることを認めるだろう。
「俺がリーナに教えたことに『三種のアプローチ』がある」
『一つの目的に対して一つの方法のみで達成しようとすると、融通が利かなくなってしまう。その方法が間違っているのに薄々気づいていたしても、固執してしまうかもしれない。逆に間違っていると認めてやり直そうと決めた場合にも、一からやり直すことになるので精神的な負荷が極めて大きなものとなってしまう。だからあらかじめ三つ程度のアプローチで目的を達成しようとする』
かつて彼自身が、自らの経験則として、リーナ・トレイルに語ったことだ。
「経験則。経験則だ。つまり過去の俺はこれを行っていなければならない。時間とかのリソースに余裕があるなら、猶更。けど俺はソレを行わなかった。十二の時に敗退してから三年間。ただワールド・トーナメントの優勝を目指して、『内気法』を編み出し、対戦相手のあらゆるデータを収集し、理事会の連中が言葉を翻すことをしないよう証拠集めに奔走した」
「なんだ。三つ、自分で手段を取っているじゃないか」
「そう。確かに三つのアプローチを行っている。けどこれはあくまでワールド・トーナメントに優勝するための物だ。ひいては『学院』を通じて、最速で『異世界渡航』の許可証を得るためのモノ」
彼は知っている。
自己を疑うなどという、正気の欠けた行為を行える暁 蒼也は知っている。
「どうして許可証にこだわる必要がある? 俺なら非認可の『幽体投射装置』を手にすることもアプローチの一つにするはずだ。俺ならば」
「それは……」
「俺は、俺自身が理不尽を振りまくのを決して許してはいない。けどそれは、遵法精神にあふれているってわけじゃない。俺が必要だと感じたのならば、どんな手段だって取ってみせる」
『学院』の理事会の弱みを握って脅す。
森に火をつけてそこに紛れるという手段を提示して、《至天職》の行動を縛る。
いくら《探究者》と言えども、年端も行かない子供たちを囮に、あるいは肉壁にして使い捨てる。
彼は倫理観というモノを知っている。
しかしそれは知っているだけだ。それに縛られることはない。
「そもそも『統括政府』から出向してきた『理事会』の連中の弱みを調べ上げることができるだけの能力を持つ俺が、どうして、非認可の『幽体投射装置』の在り処を見つけることができない? それはおかしいだろう。非認可の『幽体投射装置』なんて、裏社会のどこにでも出回っているっていうのにか?」
「なるほど。つまりお前はこう言いたいわけだ」
全く違う二人の男の声が、完璧に重なった。
「「俺は『死霊』として『イグノーテラ』にやってくる前に、既にこの世界に来ている」」
黒フードの男はかすかに笑って、言った。
「五十点だ。あともう半分は分かるよな」
そしてアカツキは答えた。
「統括政府の関係者の弱みすらも調べ上げる情報収集能力、『死霊』として考えても高性能な憑依能力、そして自身の記憶すらも編集する精神干渉能力。これらが示している事実はただ一つ」
ありうるべかざる真実を。
「俺の【ゼノギフト】は、まだ生きている。そしてそれは【雷迅之加速】なんかじゃない」




