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リコメディント・スカイ  作者: ポテッ党
第二章 虹色の至天職
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第二章 第五話 天を駆る少女 アカツキの武者修――

「……はあ。まだそんなに震えてるの? ウェリサ」


 憂鬱そうな溜息と共に、同乗者へと虹の瞳を向けるクリス。


「わ、私はクリス様のように自力で空を飛ぶことはできないのです……!」


 『イグノーテラ』において、『空を飛ぶ』という行為の難易度は如何ほどか。

 それを決めるには二つの要素が密接に絡んでくる。

 高度と飛行手段だ。


「いやー、でも便利だよね。座ってるだけでいいもん」

「私としては地上を走ってて頂きたい、常に!」


 虹色の髪と瞳を持つ少女、《虹彩の斬手カレイド・スラッシャー》クリス・エルディム。

 その付き人にして彼女の数少ない理解者である、ウェリサ・アゼルット。

 『聖人教会』に所属している《至天職》とその付き人である二人が乗る客車は最高品質。

 空間拡張が《付与》されたこの客車は、現状の十倍以上の人数を載せても何ら問題ない広さを持ち、座席はそんじょそこらの寝台(ベッド)よりも寝つきが良くなるほどのフカフカ具合。

 他にも多種多様な機能があるが、最も驚異的なのは――。


「いいじゃん、()()()()()()も乗り心地は最高のままなんだから」

「私は地面が恋しいのです!」


 ――例え空を飛んでいても、地上と何ら変わりない安定性である。

 このように『イグノーテラ』の飛行手段で最も一般的なのは飛竜によるモノだ。

 《騎兵(ライダー)》系統を修め実際に竜に騎乗する者もいれば、今のクリスたちのように飛行に耐えうる性能の客車を竜に牽いてもらうといった形式もある。


 飛竜による飛行による利点は二つ。

 地上からのモンスターの攻撃が届かない高度に容易に上がれる点と、その高度を生息域としている程度のモンスターを寄せ付けない点だ。

 彼女達が今飛行している地上数百メートルといった高度(りょういき)には怪鳥などを筆頭に様々なモンスターが生息している。


「あ、エアレイド・ファルコンの群れだ。……気晴らしに殲滅しようかな」

「お、お待ちください! いくら飛竜車と言えどあれだけモンスターの群れを相手にしたら墜落してしまいます!」


 残念ながら人間単体で、これらのモンスターに飛行しながら対抗するのは至難だ。

 多種多様な《ジョブ》の中には空中機動に特化したモノも存在している。

 それらを修めれば鳥のごとく空を舞うこともできるだろうが、あくまでソレは仮初めの翼。

 生まれながらにして翼を持つモノと空中で戦闘を行うなど、鮫相手に人間が水中戦を行うような物だ。

 ある程度の強者ならばそんな逆境の中でも勝利を掴めるだろうが、戦闘と飛行によって二重の消耗を強いられるうちに、敗北か墜落のどちらかによって死という同じ末路を迎えるだろう。


 だからこそ飛行用の《ジョブ》は産廃――『始まりの探究者』たちによって、地球に広まった言葉がいくつかあるが、様々な要因で役に立たない《ジョブ》を指す言葉として定着した――と見なされた。

 空を飛ぶモンスターに対しては《弓兵》や《魔術師》、最近では《銃士》などの遠距離攻撃可能な《ジョブ》を用いて撃ち落とすといった手段が一般的だ。


「あ、逃げてく。飛竜を見て逃げる程度なら、わざわざちょっかいかけるまでもないか」

 

 しかしこれらのモンスターは地上のモンスターに対してアドバンテージを得るために、進化によって飛行手段を獲得してきた獣たちだ。

 獣が地を駆るかの如く空を征き、真なる(リュウ)たちから(リュウ)の名を賜った種族の敵ではない。


 これが更なる高度、それこそ一万メートルを超える距離ともなれば、『空を飛ぶ』ではなく『空に棲む』という一線を画すモンスターたちの領域となる。

 生半可な『ユニークス』すら歯が立たない程の超生命たちだけが、住まうことを許された領域だ。

 もっとも、その領域の生命体は、地上への関心もほとんどないため人類の敵となることも当然ない。


 要するに『イグノーテラ』の人類種が生存可能な高度に、安全かつ容易に到達できる飛行手段が『飛竜』によるモノなのだ。

 だからこそ人・モノを問わず空輸手段として最も普及しているのが飛竜によるモノだった。

 

 しかし。

 これらはあくまで一般的な、つまり常人の範疇での話だ。

 そして。

 この『イグノーテラ』には常識にとらわれない強者たちが存在する。


「……はあ」

「何を気に病まれるのですか」

「ウェリサなら知ってるでしょ」


 そんな強者の一人である虹の少女は口先を尖らせ、言葉少なく答える。


「リーナ様のことでしょう? ならば出発前に話した通り、腹を割って話せばよいだけです」

「気軽に言ってくれるよね。……色々あったせいで、一年ぐらいはろくに話していないのに。……私のこと親友って、まだ思ってくれてるのかな」

「そこも含めて話し合わなければ、何も始まりませんよ。昔のように模擬戦でもしてみたらいかがですか」

「そんなの……!」


 かつて肩を並べ、子供用の木剣で互いの腕を競い、覚えた魔術を披露しあったあの頃とは違う。

 片や種族レベル五百オーバー。超越者の領域に足を踏み入れた《至天職》。

 片や種族レベル百五十程度。《中級勇者》で足踏みをしている少女。

 クリスは知っている。

 その成長するにつれて開いていった差が、どれほど周囲の無理解な人間の侮蔑と嘲弄を生んだか。

 その差にどれほどリーナが苦しんだか。

 そしてソレを埋めるためにどれだけの努力をしたのかも。


「そんなの、無理でしょ……」


 けれど、その差は埋めきれず、決定的な別離が二人の少女に訪れてしまった。

 ましてさらにその差を克明に浮かび上がらせるような真似は、クリスにはとても出来そうになかった。

 しかし。


「何を無理だというのです。私はリーナ様がとてもお強い心をお持ちだということを知っています。そして何よりあの[ルクスカリバー]に選ばれた御方なのです。たとえ《至天職》であろうとも、戦う前から勝敗が決まっているなどと、傲慢の極み」


 自らの付き人であり、半ば姉にも等しい者からの叱責。

 それはどんなモノよりも、虹の少女の心に届いた。 


「……そうだね。確かに舐めすぎだよね」

「ええ、真に対等ならば、全力でぶつかればいいのです」

「んじゃ、ボクはそろそろレオスト山脈の方に向かうよ。ユニークス討伐の報告は上がっているけど、モンスターの氾濫自体はまだ終息していないみたいだし」

「クリス様! 今回の派遣は……」

「何度も聞いたよ。『神権教団』への対応のためでしょ? だからわざわざ小娘一人に『飛竜車』を出して、しかも地上への隠蔽魔術を常備しているような客車を使わせてる」

「その前にビットー王家への挨拶を済ませなければ……!」

「いらないでしょ。あの王様や団長だったら挨拶している暇があったら、人助けに行けって言いそうだし。何なら許可証にもそう書いてあるし」

「ですがその家臣の皆様の目も……」

「それこそホントに要らないでしょ。たかだか小娘が、顔に書いてある人達だよ? むしろ『神権教団』の目を欺くなら挨拶無しの方がいいぐらいでしょ」


 十代の少女とは思えないほど、擦り切れた表情と疲れ切った声に付き人たるウェリサは二の句を継げなくなる。

 生まれながらにして文字通りの『天賦の才』を持った少女に降りかかる艱難辛苦を、最も近くで見てきた一人であるがゆえに。

 

「それじゃ、行くね。ここからなら隠蔽魔術とかを使いながらでも、魔力持つだろうし」

「ふぅ。私の方から国王に伝えておきます。くれぐれもお目立ちするような真似はしないように」

「ごめんね、ウェリサ。行ってきます」


 虹色の少女が客車の扉を開ければ、そこにあるのは青い空と遥か遠き大地。

 あたかもそこに地面があるかのように虚空へと踏み出し、確かに何かを踏みしめる。


「《ゲイル・ステップ》《ゲイル・サイレンス》《ヴォイド・コート》」


 詠唱破棄での上級付与魔術三重並列発動。

 並みの魔術師ならば五分足らずで魔力が底を付くほどの高度な魔術行使の最中、彼女は軽やかな足取りで飛竜車から離れた。

 彼女は自らに宿った《至天職》、その一端を解放するために。


「《虹彩の赤(カレイド・レッド)爆炎の翼プロミネンス・ウィング》」


 少女の言葉に合わせて、魔法陣が展開される。

 しかしそれは地球で想起されるような円形ではなく、少女の背中に一対のいびつな形で花開いていく。

 翼にも見える赤いソレは三次元的に展開され、彼女特有の魔力を吸い上げた。


「全速前進!」


 そして炎の翼を作り上げる。

 《ヴォイド・コート》による暗黒迷彩と《ゲイル・サイレンス》による消音がなければ、地上からすら爆炎が視認でき、爆音が届いただろう。

 もっとも地上から見えるのは、瞬く間に空の彼方に消えていく炎の姿だけだろうが。


(ひっさしぶりにリーナちゃんに会えるんだ。おじさんたちの相手なんてしてらんないよ。……でも、何て声をかければいいんだろ……)


 かつて地球の空輸を担っていた大型ジェット機に劣らぬ速度で、少女は天を駆る。

 飛竜の速度で迫っていた脅威は今、それに倍する速度で死霊の少年へと迫りくる。



 □



「莫大な恩恵をもたらす【ゼノギフト】への【ルール】の付け足しだが、必要なモノはたった二つ。強固なイメージと、それに伴う実践だ。さっき例に挙げた【火球】の話でいうならば、火球を作り出して操ることと、それが着弾した後のイメージだ」

「私の場合は……、【風】に何かを付与するイメージでしょうか? でもそれって【ゼノギフト】本来の力であって、【技】の確立とは呼べないんじゃ……」

「いいや、むしろそここそがリーナの強みだ」


 ここでもう一度リーナ・トレイルの【ゼノギフト】をおさらいしてみよう。


 ■


風に乗せてエンチャント・ブリーズ


外界作用(アウターエフェクト)

自身が出力した風に、自身の保有している《スキル》及び《アビリティ》などの効果を付与することができる。

風の操作範囲や威力などは任意で調節可能。


 ■


 

「さっきは説明を省いたけど、【ゼノギフト】の成長には精度の向上、等級の上昇、【ルール】の付け足し以外にも【ゼノギフト】固有の能力拡張方法があるんだ」

「【ゼノギフト】固有の拡張方法ですか?」

「ああ。例えば金属を喰らうことによってその性質と強度を自身の肉体に上乗せしていくっていう、固有の能力拡張方法を持っている奴もいた。【ゼノギフト】の中でも固有の拡張方法を持っているのはかなり稀少なモノだ」

「……私のも、それに当てはまると?」

「その通り。こないだ《モノリス》で新しい《ジョブ》に就いた時、大幅に就ける職業が増えていただろう?」

「は、はい。あの時は『適性』が広がったから、と伺いましたけど……」


 少女のジョブ『適性』に関しても、大幅に拡張されたのだ。

 その時のリーナの喜びは、ルンダ村のモノリスで思わず歓声をあげたほどだった。

 その場で注意されたことを思い出したのか、少し頬を赤らめたリーナが質問を繰り出す。


「それに関しては【ゼノギフト】のおかげだな。例えば俺にかつて宿っていた【雷迅之加速(レビン・ナーヴ)】は主に生体電流に干渉して、思考や身体を加速させる【内界改変】だった。そしてこの間リーナと一緒にモノリスに行った際に提示された新しい《ジョブ》は《雷光術師》《雷拳士》《雷戦士》、そしてこないだ就いた《雷剣士》だ」

「自分の持っている【ゼノギフト】に似通った属性の《ジョブ》が芽生えるってことですか?」

「その通り」


 少女の推測を肯定したのはアカツキではない。

 幼女に偽装している実年齢不明のアカリである。


「『疾風の剣』の《魔術師》であるレリアは、自身の放った遠距離攻撃の軌道を自在に操る【ゼノギフト】を保有しているわ。そんな彼女には、《魔術師》系統のみならず、《弓士》《銃士》《投擲者》などの、ほとんどの遠距離攻撃の『適性』が【ゼノギフト】によって与えられたの」

「そうなると、私の場合は《風》に関するモノでしょうか? 先ほど就いた《疾走者》とか……、でもそれにしては色々と『適性』が広がりすぎていたような……、使ったことない《槍士》とかまで解放されましたし……」

「そこがポイントだ。俺が見た限り、戦闘系統の初級職はほとんど解禁されていたみたいだったな。変わり種だと、《傀儡師》なんてものすら即《就職》可能だったと見える。これはつまり、付与される対象である【風】だけでなく、付与することができる君の能力そのものが【拡張】されたんだ」


 アカツキは鋼の指をピンと立てた。


「今の君にはどんな《ジョブ》のどんな《スキル》も操ることができる。そしてそれと君の【風】の性質を掛け合わせ、【技】の確立を行うことができれば、ありとあらゆる《スキル》を一段上の領域へと引き上げることができる」

「何でも一段上へ……。……正直あんまりイメージできないです……」


 しょぼくれた少女を見て、アカツキは朗らかに笑う。


「【ゼノギフト】っていうのは当人固有の能力だからこそ、自分自身で力で先を見つけなければならないからな。ここから先は実践を踏まえて、自分の能力を理解していってくれ。なーに、分かるまでとことん付き合ってやるからさ。気兼ねなく、わかんないことがあったら聞いてくれ」

「はい!」


 そう言うとアカツキは中空を跳び上がっていく(・・・・・・・・)

 『キャリオン・スカベンジャー』との戦闘時に見せた《エア・ボール》を足裏に展開しての強引な空中機動ではなく、確固たる足取りだ。

 足裏に触れた空気を圧縮固定し、次の瞬間に解放するこの闘技は空中機動における基礎中の基礎ともいえる《エア・ステップ》というスキルである。


「それじゃあ、俺自身の空中機動の練習も兼ねて。《剣術系闘技》を風に乗せて、撃ってきてくれ」

 

 アカツキは《守護霊》と《魔術師》、そして《生霊術師》の三つのジョブレベルを早々にカンストさせ、他のジョブに入れ替えたのだ。

 そのうちの一つである初級職《雷剣士》由来の《スキル》、《風属性機動》によって得た《闘技》である。

 風属性と雷属性は魔力属性的に近似であるため、彼の知識などによって《ジョブ》の恩恵がなくとも習得可能だった。


「よーし、とりあえずリーナもこっちに上がってきてくれ。落ちてもアカリが《エア・クッション》を発動してくれるから落下死の心配はないぞ」

「はーい!」


 そう言っておっかなびっくりと中空へ歩を進める少女を尻目に、少年は空を見回す。

 怪鳥などの飛行系モンスターがいないかを確認するためだ。

 そして周囲を見回し。

 視界の端にかかった揺らめきに、脊髄が茹立つような危機感を覚えた。


「ッ!!」


 胸部に《エア・ボール》を即時展開、発動。

 自由落下に更なる加速を叩き込み、本能が告げた危機感から距離を取る。

 そして、その脅威は暗黒迷彩の外套を脱ぎ去って、露わとなった。


「今の一撃を避けるなんて、ただのアンデッドじゃないね」

「何者だ、お前は」

「死体に語る名はないよ!」


 虹色に煌めく少女は、明確な殺意をたぎらせ剣を向ける。 

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