第二章 第四話 アカツキの武者修行講座 【ゼノギフト】編 ②
「うにゅぅ……」
「よく眠れたみたいだな」
乙女に似つかわしくないうめき声を上げるのは若き勇者、リーナ・トレイルである。
時刻は朝、場所は森の只中、『疾風の剣』の簡易拠点。
クロスカントリーめいたコースを一日中入りつづけた少女の体には、不思議と疲労が残っては居なった。
アカツキが近場で調達した、疲労回復効果に長けた食材で料理を行ったからでもあり、その際に授けた一つの技術のおかげでもある。
「どうだった? 『内気法』の効能は?」
「え……と、『消化促進』でしたっけ? たしかに普段よりはたくさん食べれて、満腹感もすぐに消えたと思います。でもあんなに早く習得できるものなんですか?」
「地球で被験者を募った時も、この『消化吸収』を習得している人は多かったからなぁ。『内気法』の中でも簡単なんだろう。後俺が《部分憑依》で手助けしたっていうのもあるだろうけど」
「アカツキ。準備ができたわよ」
そう言って少女の姿をした潜入捜査官がセッティングした場所へと向かう。
といってもそこにあるのは昨日のような黒板と、水やり用の[アイテムボックス]につながったホース、そして露店のように開かれた荷馬車があった。
「……こんなのもあるんだな」
「日用品は大体揃えてあるわよ。行商人と偽って潜入しているといっても、一般の人から見たら本職と変わりないしね。他と変わらない程度のラインナップは揃えてあるつもりよ」
「これはアンデッド用の聖銀スプレーか。あんまり触らないようにしよう」
「あ、[聖剣]のレプリカもある! 昔よくこれで遊んだんですよ。友達と一緒に……」
そう言って懐かしむように木製の、それでも本元遜色ないレベルまで似せられた木剣を手にした少女の顔が微かに曇る。
「どうかしたか?」
「い、いえ。何でもないです。それで今日はこれで何を?」
「ようやく【ルール】の付け足しについて解説、実践していこうかなって」
「ついに、ですか……」
緊張の面持ちで黄色の髪を揺らす少女。
チョーク型魔道具を手に取る少年。
少女に突如として芽生えた【ゼノギフト】、その最も現実的な成長方法が今、彼女の目の前に提示される。
■
【ゼノギフト】に対するルールの追加。
一言で言ってしまえばソレだけだが、その実これはあまりに奥深く、同時にリスクもリターンも付け足したルールによって極めて大きくなっていく。
もし下手なルールを追加してしまった場合、【ゼノギフト】を自らを傷つけてしまうよう物になるどころか、一生扱えないということもある。
そして最も大きなリスクとして、一度付け足した【ルール】は決して取り消すことができないのだ。
故に【ゼノギフト】による【ルール】の付け足しは、戦闘能力を追求してやまない者たちの間でのみ行われているのだ。
そうした前提条件でを踏まえた上で、【ルール】の付け足しは二種類に大別された。
一つ目は、【制限】の追加。
これは【ゼノギフト】全体に作用するモノだ。
何らかのデメリットを自身に課すことによって、メリットを獲得することができる。
例えば制限時間を設ける。こうすれば制限時間外では【ゼノギフト】の使用に制限がかかる代わりに、その制限時間内でのパフォーマンスは飛躍的に向上する。
例えば特定の条件を満たした場所以外では能力が半分以下に落ちる。こうした場合は、その特定条件下――例えば水場など――でのパフォーマンスは二倍以上になることがある。
これらの【制限】を追加する際は、【ゼノギフト】の前提ルールに沿っていなければならない。
水を操る能力を一切使えなくする代わりに、炎を操る能力に変えるといった不条理は通らない。
そして追加できる【制限】自体も【ゼノギフト】の性質によって左右される。
【構築型】や【召喚型】などの後天的に追加できない【小分類】も当然存在する。
他にもデメリットに下限はないが、メリットには上限が存在している。
魔力消費さえあればいつでも使えるはずの能力を、一日に三分間しか使えなくした場合、480倍の出力が可能となるわけではない。精々十倍が限度だろう。
このように【ゼノギフト】全体にメリットを科すからこそ、デメリットも使い勝手もかなり重篤なモノとなり得るのが【制限】の追加である。
言ってしまえば小回りが利かないのだ。
それに代わる対策として次に編み出されたのが【技】の確立である。
これは【ゼノギフト】の挙動一つだけに絞って適用される。
特定の挙動と共に【ゼノギフト】を行使することによって、その効力を従来よりも高めることができる。
【外界作用】の発火能力を例として考えてみよう。
能力は両腕を起点にしてそこから炎を放出し、操作する能力である。
ではその両の掌を向かい合わせにして炎を圧縮、火球を形成。
その火球を放つことによって着弾地点で弾け、広範囲に炎をばら撒くという範囲攻撃が彼の付け足した【技】である。
この場合特定の挙動は、両の掌を向かい合わせて、火球を形成するという部分。
高まった効力とは、着弾地点で広範囲にばら撒かれた炎の部分だ。
こうした一つの挙動に限定した【制限】の付けたしこそが、【技】の確立である。
通常の【制限】に比べて、常に特定の挙動がつき纏い、中にはその【技】ごとで消費魔力が割り増しになったり、インターバルが存在したりと、細々としたデメリットは存在している。
しかしそれが気になったのならば、その【技】を使わなければ良いのだ。
そうすれば、そのデメリットに振り回されることはない。
あくまで【技】一つ単位で、メリットとデメリットの天秤が釣り合っているのだ。
これが【制限】の付け足しよりも格段に使い勝手の良い、【技】の確立である。
エイトルド・バルファロンの【角鎧】や【棘砲】もこういった【技】の確立の結果である。
ちなみにこうした後天的な【ルール】の付け足しではない、先天的に【ゼノギフト】に備わっている【ルール】のことを【条件】と呼ぶ。
■
「なる、ほど……? でもどうしてデメリットを科すことで、メリットを得ることができるんですか?」
「ぶっちゃけそういうふうに【ゼノギフト】ができているっていうこと以上は分かっていないんだ。それでも感覚的に理解できるようにこれを持ってきたんだけど」
そう言ってアカツキがチョークの代わりに手に取ったのは水撒き用のホースだ。
本来その放水部分にはいくつかの機構が取り付けられているはずだが、彼の手によって取り外されており、ゴム製と思わしきホースの断面が見えている。
「これ自体は何の細工もないホースだ」
そう言ってアカツキは思念でスイッチを入れて、水を放出させる。
なんてことはない。透明な水が中空に弧を描き、地面を濡らす。
ホースを地面と平行に、そして普通に持っていれば普通の光景だ。
「こうして普通に水が放出されている状態が、同じく【ゼノギフト】を普通に使用している状態だと思っていい。等級が向上した場合は、この瞬間最大出力も、水の量も跳ね上がると思ってくれ」
そして鎧姿の少年は、未だに水を吐き出し続けている断面を強く握る。
その断面積は縮小し、そして水の勢いは大幅に増す。
「これが【制限】を掛けている状態だ。当然一度に出ている水の量は一切変化していない。それでも――」
「水の勢いは増している……」
「そういうこと。当然【ゼノギフト】は水でもなければ、ホースでもない。それに課せられる【制限】は様々だ。【ゼノギフト】によって相性はあれど、どんなものでも時間を掛ければ【制限】とすることができる。そして」
少年は断面を強く握っていた手を離し、今度は手首をくねらせ始めた。
放出された水は蛇行し、より広範囲に水はまき散らされる。
「この動きが【技】だ。放出されている水の量は変わっていないが、俺本人の挙動によって水撒きの範囲が広がった。これと同じように力の総量は変わらずとも、異能力者本人の行動が【ゼノギフト】の効力を引き上げる」
「なるほど……!」
「それじゃあ、実際【ルール】の付け足しを行ってみよう」
少女の顔に理解の色が浮かび、それを確認した少年は次のステップに入る。
(ここでどれだけ成長できるかが、彼女を対『神権教団』との戦いに参加させるかの分水嶺となるな……)
いずれ必ず来る脅威を見据えて。
より直接的な脅威が飛竜が如きで速度で迫っていることを知らずに。
『内気法』
アカツキが異能力者に対抗するために編み出した技術。
自身に宿る生命力の流れを偏らせて、恩恵を得ることができる。
アカツキは専ら『身体強化』として使っているが、その実今回挙げた『消化促進』や、『睡眠深化』など補助技能による肉体の健全化による恩恵の方が価値が高い。
『消化促進』ならば、摂取した食物をほとんど百パーセント栄養に変換でき、なおかつ大幅にその時間も短縮できるので、食事の効率が格段に上がる。
『睡眠深化』ならば、一時間の睡眠で、その十倍以上の休息効果を得ることができるほど、睡眠の質を高めることができる。
他にも『栄養貯蔵』や『気配抑制』、『治癒強化』など、様々な恩恵を『内気法』から得ることができる。
『イグノーテラ』では《魔力操作》というスキルとして扱われているが、厳密には少し違う。




