第二章 第六話 アカツキの命乞い講座 ①
(このアンデッドの気配、何か、すごく気持ち悪い……!)
クリスに生来備わった虹色の瞳は、『イグノーテラ』の世界に満ちた魔力を色として見抜く《アビリティ》の発露だ。
他の人々が第六感――つまり五感のどれにも似つかない、直感めいたモノ――で捉えている力を文字通り可視化できる彼女の知覚能力は、並大抵の感知系では比較にならない精度を誇る。
故に虹の少女は限りなく生者に似通った気配を纏うアカツキを、遥か遠方からアンデッドだと即座に見抜けた。
死体の薄皮一枚隔てた裏に数え切れないほどの蛆虫が蠢き、死肉を貪っている様よりも、はるかに冒涜的に、生と死が入り混じっていると。
そして彼が一般的なアンデッドとは一線を画すほどに、『異常』であることを。
「随分な挨拶だな。どこの所属だ?」
「よく喋る死霊だね。それにその気配、よっぽど自分を隠すのが上手いんだね。誰からその鎧を奪ったの?」
(あ、これ確実に死霊バレしてるわ。しかもかなり高位のアンデッドだと勘違いされてるケースだ)
とっくに失った汗腺から冷や汗が噴き出すような焦燥感を覚えながら、アカツキは思考をフル回転させる。
まずは虹色の少女の観察からだ。
(《エア・ステップ》のような圧縮空気の上に立っているんじゃなくて、足元に空気が渦巻いている。これは上級の《ゲイル・ダッシュ》か。さっきの隠密は恐らく《ヴォイド・コート》で背中の爆炎を抑えて、風系の《ステルス》で音と影を覆い隠したってようだな。極め付きに背中の魔法陣)
この世界において《魔法陣》の役割は、物に刻むことによって魔術行使の手助けとするのが一般的だ。
基本的に円形を基礎とし、《力ある文字》を刻み、加えて円内部の図形で術式の方向性を決定、あとは周囲に配置した術者によって魔術が発動される。
魔法陣の規模と複雑さ、そして参加した魔術師の数によって、一般的な個人が発動できる魔術の規模を遥かに超えた、それこそ地図を書き換えかねないような魔術を行使することも可能だが、当然リスクもある。
魔法陣の図形にほんの少しでも間違いがあれば、そこに込められた魔力が暴発するのだ。
歴史上ではその暴発によって滅んだ『国』すら存在するほど、慎重に扱わなければならないのが魔法陣。
まして、虹の少女の背に展開された炎翼のように、魔法陣の基礎であるべき円形を歪めるなど、『常識的』に考えて自殺行為にほかならない。
それを行っているのが凡百の術者であるのならば。
(セオリーガン無視の魔法陣。それプラスに上級魔術の多数並列発動。間違いなく《至天職》級……! 属性魔術による自己強化を得手とする方向性か。しかも俺をアンデッドだと即座に見抜く感知能力……!)
少年の一秒足らずの観察と分析。
高速化した思考の中で、そのまま少女への対抗策を考えていく。
その思考の片隅で、なぜ初撃のように問答無用で斬りかかってこないのかという疑問符が浮かぶが、次の少女の言葉によってその疑問は解消される。
「もしかして君、『神権教団』の《探究者》? そんな妙な気配、【ゼノギフト】でもなきゃ出せそうにないし」
「あんな連中と一緒にするなよ」
(なるほど。だから即討伐、じゃなくて会話して情報を引き出そうとしてきた感じか。ただのアンデッドと認識されなかったことがプラスに働いたな。見たところ、《至天職》としての能力にものを言わせた独断専行、いや単独行動か? なら重要なのは次の一言だ。それ次第で交渉の余地も――)
少年の思考は遮られる。
次なる一言が、想像の埒外であったために。
「クリスちゃん……!?」
「な、何でリーナちゃんが、アンデッドと!?」
「ッ!!」
二人の少女が既知であったがために、もたらされた数瞬の猶予。
その隙を突いてアカツキは落ちるように空を駆け下り、森の中へとほとんど墜落といっていい格好で着地する。
しかし彼の脳内に安堵はない。
木々の狭間を三次元的に全力疾走しながら、彼は一メートルでも遠くへと逃れようとする。
その脳内を埋め尽くすのは、先の焦燥感を塗りつぶすほどの自責だ。
(馬鹿か俺は! 『保安機構』が『神権教団』の暗躍に気づいているんだったら、『聖人教会』はなおさら把握しているに決まっているだろうが! 【災異能力者】に対応できるだけの戦力、つまり《至天職》の派遣も! 『ユニークス』の大暴れしたルンダ村近辺に来る可能性が高いってことも! その《至天職》が《勇者》であるリーナと旧知の中である可能性も! その至天職が俺の素性を見抜ける手練れであるということも! そこからリーナがアンデッドと内通していたことによって、極刑にされてしまうかもしれないってことも!)
彼の中での最悪の未来は更新された。
自らのみの死という偶然によって先送りにされた結末から。
そこに何の罪もない、それどころか誰かのために命を懸けることができる敬意を払うべき少女が巻き込まれてしまうという、末路へと。
(とにかく今は距離を取ることが先決! 一応、アンデッドとバレた場合は俺が操っていたことにするっていうカバーストーリーは共有してある! リーナの性格上、上手くそれに乗れない可能性があるが、そこはルクスがカバーしてくれるはず! 逃走成功率は限りなくゼロに近いが、こうして逃げた以上、あの《至天職》の子は問答無用で追いかけて殺しに来る! それなら彼女に累が及ぶ可能性は――)
『大丈夫です! アカツキさん! 私がクリスちゃんを説得します!』
「ハァアアアア!!?」
イグノーテラに来てから最大の混乱だった。
地球でパルクールを行っていた時には一度もなかった、足運びのミス。切り株につまずき、三回ほど縦回転してから樹木に激突。
片腕が逆向きにへし折れながらも、何とか受け身をとり、ないはずの脳を確かに焦がす痛みを振り払って、全力どころか死力を尽くして疾走を再開する。
先ほどとは真反対の方向に、だ。
「どこまで『勇者』なんだ……!! 『異端』とされたらどうなるかだって、俺より詳しいはずなのに……!!」
下手したらアカツキに迫っているシンプルな死よりもつらい危機的状況に陥りかねない選択を選んだ少女に対する感情だ。
この世界に地球のような宗教的な対立は存在しない。
なぜなら『聖人教会』は信仰を広めることを第一に掲げるのではなく、人々の安寧の維持を至上の目的としているからだ。
獣人族や、森人族といった土着信仰を持つ種族たちとも、異なる偶像を信仰していようとも分け隔てなく手を差し伸べてきた。
故に彼らは『聖人教会』と称されているのだ。
かつての《聖者》たちが、自らの身を擲ってでも、人々の安寧のために尽くした。故に五大勢力の一角として、この大陸の平穏の一翼を担うに足る資格があると人類全体に認められている。
では、そんな彼らが『異端』と認定する者とは何者か。
「アンデッドとの内通なんざ、異端認定の最優先対象だろうが……!」
それは神に人類の守護者たらんと誓っていながら、人々の安寧を脅かした者。
自らの手で無辜の人々を害した者は論ずるまでもなく、息を吸うように人々を誑かし、吐くように害する種族、つまり悪魔やアンデッドなどという存在と取引をした者もそこに含まれるのだ。
要は裏切者と犯罪者だ。
もしそれが、自らの家族や友人を人質に取られてのことであったり、《精神干渉》に操られてのことだった場合は情状酌量の余地があるが……。
(今の俺をアンデッドだと即座に見抜く観察眼を持った《至天職》だ! 当然操られていないことにも気づくだろう! 信仰よりも彼女との友情を優先する子であったとしても、彼女の上司までそうであるとは限らない! それどころか下手な擁護をすれば《至天職》の子にも異端認定の危機が及ぶ!)
『聖人教会』の異端審問で行われるのは、地球での『魔女狩り』のような憂さ晴らしのリンチではない。
人類の発展と繁栄のために、新型術式や薬品の実験台となるのだ。
(逃げ切れなくてもただ俺が死ぬだけの状況じゃなくなった以上、今の俺がすべきことは一つ!!)
視界が一気に開け、修行の場となっていた原っぱへと戻ってくる。
そこにいたのは今にも泣きそうな顔で掴み合う二人の少女と、その剣幕に割って入ることのできないアカリだった。
一人はひどい困惑を、もう一人は悲愴な決意で、互いにその端整な顔立ちで歪めている。
先に少年の存在に気づいたのは虹の少女だ。
「よくもッ……! リーナちゃんをッ……!」
激情と共に振るわれる銀閃――
よりも速く。
少年は自身の額を地面に叩きつけた。
全力の土下座だった。
「おお、偉大なる神の御使いたる御方よ! どうか私の信仰を、証明させていただきたいッ!!」
「「……はっ!?」」
(自分が敬虔かつ善良なアンデッドだと、誤認させること!!)
・魔法陣
魔力という物に特定の流れを与えることによって、望んだ意味を抽出するための技術。
これは魔力を用いた超常能力全てに必要な手順である。
例えるなら、魔力に対するプログラミング言語のような物。
一般的な人間が扱えるのは精々最も安定した図形である円形を基本としたものだけだが、それでも相当な恩恵を得ることができる。
その最たるものが戦略級魔法陣である。
《至天職》であっても、極めて困難な街一つを跡形もなく吹き飛ばす威力の魔術を、地脈という星の魔力の極々一部を魔法陣によって吸い上げることによって、発動できる。
数百年前に行われた勢力間戦争によって各国に普及し、他国を直接攻撃できるレベルの魔術を行使するために必要な魔力を地脈から吸い上げようとすると国土の荒廃は必至ということで廃れた。
今現在も、国内にて極めて強力な『ユニークス』が現れた時の切り札として、整備されているが、ほとんど使われることはない。
古代の戦争においては、発動完了までのチャージ時間に魔法陣を攻撃して、暴発させることが唯一の対抗策だった。
・《ステイタス・システム》の扱う魔法陣。
《ステイタス・システム》の扱う魔法陣は、肉体に刻み込まれ、人間たちのように円形のセオリーに囚われない極めて高次なモノである。
人の霊体にも《ジョブ》を通じて刻まれるそれらは、《魔法》を《魔術》として、イメージ・魔力・術式の知識という最低限で発動できるようにした。
闘技なども同様である。
SPによって発動される《近接》スキルは、肉体強化の魔法陣を体内に一時展開することによって発動している。
《魔術》よりもさらに簡単に発動できるソレには、冷却期間という魔法陣再展開までの時間を要する。
こういった体内に展開される《魔法陣》を意図的に歪めることによって《魔力操作》は一段上のポテンシャルを引き出す。




