49 釣果
とにかく否定しなければ!
証拠はないんだ。エイプリルのことがバレるはずない。
私は自分でも満点を出してやりたいくらい、完璧な素知らぬ顔を作って見せた。
「何を言っているのですか。身に覚えなんてありません」
灰色の瞳がぐっと近づいてきた。なんの変哲もない色なのに、宿る光に魅入ってしまう。
「嘘だね。ライラは何かを隠してる」
「な、何を根拠に……私がベガトリアスの末裔だからですか?」
私は拗ねた振りをして、目を逸らす。いかん。動揺してしまった。
「それは関係ない。ただ、目を見れば分かるでしょ? 人が嘘を吐いてるかどうかなんて」
ああ、目は口程に物を言うんだった。
それにしたって普通じゃねぇな、この人。当たり前か。最強の勇者が言うならば、何だって本当のことのように思える。
下手に取り繕っても無意味だ。私はこっそりと呼吸を整え、毅然と真実を述べた。
「私は、人類を裏切るような真似はしていません。魔王子も魔王軍も大嫌いだ。勇者になって、必ず奴らを根絶やしにします」
母上様との記憶を奪ったエイプリルも、ルルタの故郷を襲ったオーガストの軍勢も、奴らの親である魔王も、残らず私の敵だ。
奴らと慣れあうつもりはない。
憎しみは愛情の裏返しというが、そんなわけないだろうが。憎いものはこの世から消す。
特にエイプリル。お前のことは絶対に許さない。夢以外の場所で会ったら、永眠させてやるからな。
その瞬間、世界のどこかで悪魔が笑った気がして、心がささくれ立った。
カロンドさんがくすりと笑みをこぼす。
「いいね。今のは嘘じゃない。ふぅん、何か事情がありそうだね。それは一体――」
「おい」
互いの鼻先が触れそうなくらい迫ってきたカロンドさんを、ルルタが強引に引き離した。
も、もしや嫉妬か? ルルタの珍しくむっとした表情に、状況を考えずにときめいてしまった。心が忙しい。
「僕はライラが裏切り者だってを疑ってるわけじゃないよ? 行動が怪しすぎるからこそ不自然だ。派手に動き過ぎだし、魔王子がわざわざベガトリアスの末裔を取引相手に選ばないだろうし、何よりなんの権限もない。もしこの王国に人類の裏切者がいるとしたら、アポロ戦線の軍事作戦に口を出せるくらいの大物のはず」
「……は?」
今、さらっとすごいことを言ったような気がするぞ。
呆けて間抜け面をさらした私とは対照的に、ルルタは眉間にしわを寄せた。
「ルルタは驚かないんだね。そう。薄々気づいていたんだ? それで王都に来たの?」
答えないルルタを見て、私は初めて彼を怖いと思った。私にとって馴染みの深い負の感情が、ルルタの顔に浮かんでいるなんて……いつもの明るい雰囲気が嘘のようだ。
「ど、どういうことですか? 一体何の話を……」
「ライラはアポロ戦線のこと、おかしいとは思わない? 辺境とはいえ、自国の領土がオーガスト軍に狙われていたのに、六年もの間、強力な援軍を出さなかった。今の人間はそんなに弱くないし、ましてこちらの領土だ。まともに戦えば、勇者がいなくたって必ず勝てたよ」
言いたいことは分かる。
いくら魔王が休眠中で平和な時代とは言え、魔王軍は脅威だ。ましてや人肉を好むオーガストの軍勢に侵入されているのに、六年もただただ手をこまねいた。もっと必死に戦うべきだった。他国から見れば、アウリオンは随分弱腰に見えただろう。
「それは……国王陛下には深い考えがあったのだと思います」
下手に刺激してオーガストが出てきたら激戦になるから。
王都を空にして隣国に隙を見せるわけにはいかないから。
聖剣保有国が他国の勇者に頼るのは沽券にかかわるから。
私が知る限り、そういった理由でアポロ戦線は長期化を余儀なくされた。議会でも様々な意見が飛び交い、なかなか結論が出なかったと聞く。
人間の国同士の戦争ならばシンプルだ。勝った国が優位に立ち、負けた国を侵略する。
しかし相手が魔族となると話は別だ。得られる土地や人民はなく、降参はない。基本的に魔物を殲滅しなければならない。勝っても勝っても次の敵が現れる苦しく難しい戦いだ。
当事者のルルタには申し訳ないが、本気を出せば勝てるからこそ、どう勝つかが重要だったのではないか。
他の国だって魔王軍に攻められたときは、同じような状況に陥るだろう。
「かもね? 僕はこの国の内情にはそれほど詳しくないし、政治が絡むとなればお手上げだ。この国の王と話してみて、邪気のないお人好しだということは分かった。ただ、様々な意見に耳を傾けすぎた結果、最善が分からずアポロ戦線が長引いただけかもしれない」
そう言われると、まるで国王陛下がポンコツみたいじゃないか。いくら現役の勇者でも我らが王に無礼だぞ。
私が睨みつけてもカロンドさんは涼しい顔で受け流した。
「僕にも確信はない。でも、この国には今、少しおかしい空気が漂っている。それが魔王子と繋がっている裏切り者のせいならば、放っておくのは良くないよね?」
それはまぁ、そうだろう。
この国に私以外に魔王子と縁を持つ奴がいて、アポロ戦線を故意に長引かせたのなら、私だって許せない。
……今夜エイプリルに問い質してみるか。知っていて黙っていたならマジで許せん。
「というわけで、二人とも僕に協力してくれる? 勇者の僕がこの国をうろついて、きみたちみたいな目立つ存在に接触していたら、裏切り者もボロを出すと思うんだよね」
いるかどうかも分からない裏切り者を探す……のは建前で、本当は私のことを見張るつもりなのかもな。
しかしこれは断れない。後ろ暗いことがあると言っているようなものだからな。
「分かりました。王国の名誉のためにも、協力します」
「……ライラがいいなら俺も」
ルルタは未だに怖い顔のままだったが、渋々頷いた。
私たちが結んだ約束はシンプルなものだ。周りに不審な動きを感じたら情報交換をする。お互いが行動しやすいように協力する。
それだけならば、問題ないだろう。むしろ勇者の後ろ楯が得られる魅力的な取引だ。
ぎこちなく握手を交わすと、カロンドさんは満足げに笑った。
「ねぇ、二人は恋人同士? 身分に隔たりがあるのに仲良さそうだね」
そして突然プライベートに踏み込んできた。私は言葉を失い、ルルタは少しだけ機嫌が回復したようだ。
「まだ付き合ってるわけじゃねぇ。でも、両想いだって俺は信じてる」
「なっ!?」
何を勝手に!
今日のルルタはおかしい。いつもなら立場を考えて言葉を選ぶ努力をしてくれるのに。
いくらバレバレでも、体裁は整えないといけない。兄上様の耳に入ったらどうなると思っている。
「だから、ライラにちょっかい出すんじゃねぇ」
まるで俺のものだと言わんばかりに、ルルタが私を背で庇った。そこでようやく、ルルタがカロンドさんを牽制しているのだと分かった。
そ、そんなことしなくても、私は……。
「そうなんだ。いいなぁ、僕も可愛い彼女がほしいよ」
カロンドさんは微笑ましげに私たちを見た。
「いないのか? よく知らねぇけど勇者ってモテそうなのに」
「モテるよ。でも、僕は追われるよりも追いかける方が好きだから」
「分かる」
ルルタが力強く頷いた。なんだなんだ、急にどうした。
「理想の相手になかなか巡り会えなくて。強い女性がいいんだ。できれば僕より」
それ、この世に存在しない可能性があるぞ。自分が最強の勇者だという自覚がないのか?
「それも、分かる。で、でも、ライラはやらねぇぞ。多分あんたよりは弱いし!」
「はは、そうかもね。心配しなくてもいいよ。ライラは年齢的に対象外。若く見られるけど、僕はきみたちの倍近く生きてるよ」
「マジか」
ルルタは驚き、そしてようやく警戒心を解いたようだ。いつもの明るい雰囲気が戻ってきた。
いつの間にか、男二人で理想の女性について話して盛り上がっている。
なんだこの状況。めっちゃ居心地悪い。
「あー、久しぶりに楽しかった」
帰り道、カロンドさんは非常にご機嫌だった。結局魚は一匹も釣れなかったのに、やりきった顔をしている。
……もしかして釣られたのは私とルルタか?
私はどっと疲れた。




