47 突然の来訪者
義姉上――デューミラは三年前に隣国イオリエージュ王国から嫁いできた。実家は紡織業で財を成したレゴール家。大富豪のお嬢様だ。元々シェリアーク家とは取引があった。
ガーゼや包帯、清潔な寝具などの布製品は大病院に必要不可欠だし、最近では医療用の針やメス、布を染める染料や化粧品なども共同研究している。
正直、他の大公家よりも密接な関係を築いていたりする。
他国の家と仲が良すぎるのは王家の不興を買いかねないが、他ならぬアウリオン王家もイオリエージュ王国とは縁が深い。よって今のところ問題にはなっていない。
当代のレゴール家当主は兄上様のことを大層気に入って、“ジューンの呪い”の治療法を確立する前から愛娘デューミラとの婚姻を持ちかけていた。
医療術の発展のためには研究が必要で、研究のためには金が不可欠。その点、レゴール家はスポンサーとしてこれ以上ない相手だった。典型的な政略結婚と言えよう。
決して我が家が貧乏なわけではない。
シェリアーク家は裏切り女勇者を輩出した汚点を拭うべく、利益度外視で医療に従事してきた。そのおかげで信頼は徐々に回復してきたが、今でも衆目を気にしてあからさまな金策には走れない。命を盾に法外な薬代を請求している、なんて言われたら、あっという間にまた石を投げられてしまう。
というわけで、政略結婚で潤沢な研究資金を得られるならば、それに越したことはないというわけだ。
……二人の仲が良いか悪いかは、私にも推し量れない。
お互いを尊重しているようにも、蔑ろにしているようにも見えるのだ。正直、実の兄の恋愛方面については深く考えたくない。
「ふぅん。一着分の代金で二着仕立てるつもり? 何をするのかと思えば、そのお友達にプレゼントするわけ?」
さて、義姉上についてだ。
彼女自身、女性向けの高級服飾ブランドのオーナーで、大陸でも五指に入る人気店を経営している。各国の社交界を飛び回り、流行の発信源として、また、優れた女性実業家として淑女の憧れの的となっている。
今呼んでいるのも義姉上の手先、もとい、専属の針子たちだ。
さては誰かリークしたな。しばらく顔を見ていなかったから油断していた。
義姉上は仕事せいでシェリアーク家には月に一度帰れば良い方なのだ。
……私が言うなという話だが、小姑としては一言言わざるを得ない。
シェリアーク家の嫡男の嫁としての自覚はないのか、と。兄上様のような方に嫁いでおいて、よく放っておけるものだ。
私自身わりと自由にさせてもらっているし、義姉上の仕事の手腕については素直に感服するし、文句を言うのはおこがましいと重々承知の上で思う。
兄上様には控え目でおしとやかな、夫に誠心誠意尽くすような女性と結婚して欲しかった!
これは単なる私のわがままである。だから面と向かって義姉上を批判したことはない。
だけど、顔や態度には出てしまうのだ。
私の膨れ面を、義姉上が指でつついた。
「シェリアーク家主催のパーティーで、廉価ドレスを身にまとうなんて……私に恥をかかせる気かしら」
「別に、私の衣装代をどうしようと、私の勝手です」
「勝手は許されない。少なくとも、私は許さないわ。見ておいで。義母様のドレスよりもお前に似合うものを仕立ててあげる」
そう言って義姉上はてきぱきと針子たちに指示を出した。何やら超高級な布地や宝石の名前が聞こえた気がする……。
客の私よりも雇用主である義姉上に従う仕立て屋一味たち。しかし全員目が生き生きしている。ついにミミィまで私に似合う飾りやデザインを主張し始めたぞ。裏切り者!
「義姉上、困ります。今は高価なドレスは……」
「その可愛らしいお顔で広告塔になってくれたら、代金を差し引いてあげるわ。それでも足りなければオルフェに泣きつきなさいな」
「そういうことではなく」
「お黙りなさい」
く、魔女め! 頬を抓むな!
「ああ、お友達のドレスも私が特別にプロデュースしてあげる。光栄に思いなさい。……見かけない顔ね。この国の見目のいい娘は大抵知っているつもりだけど」
妙に機嫌がいい。どうやらスタイル抜群のユシィの容姿を気に入ったようだ。
ユシィはといえば、王子の前よりも緊張していてなすがままだ。しかし賢明だ。大人しくしておけよ。義姉上の不興を買った娘は、二度と日の当たる道を歩けなくなる。
義姉上のセンスは時代の最先端、キレッキレだ。モデルに着こなす技量がなければ、奇抜な仮装にしか見えなくなる。手加減してくれることを祈ろう。
採寸が終わり、ドレスの方向性が決まった。仕立て屋が引き上げていった後、ルルタたちと合流したのだが、正直会わせたくなかった。
ルルタは義姉上の迫力に目を瞬かせ、キュロンは革製品にされることを恐れて逃亡した。
まじまじと義姉上がルルタを値踏みする。
「お前が男に興味を持つなんてねぇ……所詮平民って感じだけど、趣味は悪くないんじゃない? オルフェと正反対なタイプなのは意外だわ。あの男が拗ねるわけねぇ」
「義姉上っ」
「駆け落ちしたくなったら相談なさい。オルフェを泣かせてくれるなら、協力してあげてもいいわ」
ほほほ、と笑って義姉上は去っていった。
今夜は兄上様と外食するそうだ。くっ、絶対に余計なことを話される。しかし私には義姉上様に口止めを頼むための材料がなかった。
案の定、兄上様に冷ややかに怒られた。
約束をしてしまった以上、ユシィをパーティに招待してもいいが、嵩んだ衣装代は私の自己負担……向こう数年はお小遣い減額で、自由に買い物をすることを禁じられた。
まぁ、今回はドレスを蔑ろにした私が悪かったから仕方ないが……。お小遣いも、元々あまり使ってなかったから構わない。
それよりも兄上様からルルタに関するお小言が全くなかったことが気になる。口にするのも嫌ということだろうか。
「すげぇな。人間じゃないみたいなヒトだった。綺麗だけど怖い」
ルルタの感想もひっかかる。悪気はなさそうだ。義姉上が人間離れした妖気と美貌の持ち主だという点は認めるが。
しかし数日後、奇しくも私もルルタと同じセリフを心の中で呟くこととなった。
「失礼、ライラ・シェリアーク。今すぐ下校の用意をしなさい」
授業を受けている中、学院の事務員が慌てた様子で教室に入ってきた。こんなことは初めてだ。
他の生徒の前で事情を話したくないのか、居眠りをしていたキュロンを置き去りにしたまま私は連れ出され、学院の裏門に停められた馬車に押し込められた。
私の記憶違いでなければ、これは王城の馬車だ。なんだろう、あまり良い予感はしないな。
「お、ライラも呼ばれたんだな」
少し遅れて他の授業を受けていたルルタがやってきた。
私たち二人を乗せて馬車が動き出す。御者も城に向かうこと以外は教えてくれなかった。
「なんだろうな、急に。べテル様の呼び出しか?」
「……なんとなく用件が分かったような気がする」
私とルルタを城に呼ぶような人物は、確かにべテル様くらいしか思い浮かばない。しかし、今回は多分違う。
有無を言わさず連れてこられたのは煌びやかな応接室だった。
平民のルルタはもちろん、私だっておいそれと入れる場所ではない。
ここは、国家レベルの来賓をもてなす部屋だろう。その証拠に国王陛下と王妃様、リゲル様とべテル様のこれ以上ないほどの豪華な面々が揃っている。
ロイヤルファミリーの面々は、私とルルタを見て複雑な顔をしていらっしゃった。なんというか、ハラハラしている感じだな。私も同じ気持ちです、と心の中で唱える。
護衛たちも怖い顔をしている。あまりに物々しい雰囲気に息をのむ。
学院の制服ならこの応接室に足を踏み入れても、かろうじて許されるだろうか。
あらかじめ案内役に聞いていた通り、軽く膝を折って淑女の礼をする。ルルタは騎士に教えてもらったのだろう、見栄えの良い姿勢で目を伏せている。その調子で大人しくしていてくれ。
陛下たちがもてなしていた賓客二人が立ち上がり、私たちに歓迎の意を示した。
「突然呼び出してすまなかった。そなたたちが魔王子オクトを撃退したという学生か」
凛々しい顔立ちの若い女性が私とルルタを見て笑う。腰に剣を差しているし、高貴な女騎士様って感じだ。
発音や騎士服の意匠を見る限り、アウリオンの臣民ではない。
「私はディレー王国が第一王女ベラトリックス。この度は、よくぞ我が王国の宝を取り戻してくれた」
「え」
ルルタが間抜けな声を漏らす。咎めてくれるな。いきなり他国の姫に呼び出されたら、驚くのは当たり前だろう。
ベラトリックス様……オーラがすごい。
城に呼ばれたとき、おそらくディレーの人間が来ているのだとは予想できていた。聖剣エルナトを回収に来るとは思っていたし、オクト襲撃の時の事情を聴かれるのだろう、と推測するのは簡単だ。
しかし……まさか王女殿下が直々にやってきているとはな。今日まで噂一つ聞かなかったし、お忍びで入国したのだろう。いろいろと型破りなことをしてくれる。
「……話には聞いていたけれど、本当に可愛い子だね。サイズが」
しかし、客は二名。
ベラトリックス様と並び立ってもなお存在感のあるこの青年は誰だ。
……胸の奥が圧迫されるような迫力。失礼な発言にむっとする余裕もない。
青年は覇気のない、気の抜けた表情で私たちを眺めている。だが、私もルルタも最強クラスの魔物に出くわしたような気分で、無意識に一歩後退した。
「初めまして。僕はカロンド。知っているかな? 一応、勇者の一人なんだけど」
淡い微笑みを浮かべた青年は、まるで人間じゃないみたいに浮世離れしていた。




