46 ドレス
初夏だ。
日差しや風は爽やかだが、私の周りには相変わらず澱んだ空気が流れていた。
最近ではすごいぞ。
わざとぶつかってくる、物が降ってくる。そんな嫌がらせが当たり前になってきた。少し目を離しただけで私物が盗まれたりもする。
一度や二度なら見逃してもいいが、さすがに毎日続けば我慢できない。注意深く行動し、実行犯を捕まえてみた。
大抵、平民や下級貴族の生徒が脅されてやっていた。
ライラ・シェリアークに嫌がらせをしないと学院にいられなくするぞ、と言われるらしい。そんなことだろうと思ったが、弱い立場の人間を絞め上げたところで、私の留飲は下がらない。
問題は、誰に命じられたのか。
問い質したが、彼らは口を割らなかった。見上げた根性だ。
きつい言葉で尋ねると号泣し始め、あげく私に恐喝されていると訴え出す始末。ドン引きしてしまったし、あまりにも周囲の目を引くのでそれ以上の追及は諦めた。彼らを責めても仕方ないしな。
みんながみんな同じ行動なので、マニュアルが存在すると見た。裏に誰かがいるのは間違いない。
まぁ、多分、デボラだろう。
名前を出したら真っ青になった奴が何人かいたし。
陰湿なことをするものだ。そんなに私が気に食わないのか。
しかし、例のごとく私はあまり気にしていない。手口が下品すぎて、喧嘩を買う気が失せていた。
下っ端の実行犯を捕まえても意味がないと分かったし、わざわざ標的になってやることもない。
私は人目を避けて行動し、被害を受けないように気を付けた。無関係の生徒は巻き込まれまいと近づいてこないから、ますます孤独な時間が増えた。
まぁ、今の私にはユニーク魔法を使いこなす密偵が張り付いている。嫌がらせの主犯格はそのことを知らないのだろう。
知らないぞ。どうなっても。
自分の嫌疑を晴らすことで精いっぱいで、学院の陰湿な実態についてまでフォローできない。まぁ、私が隙を見せなければ、嫌がらせに効果がないと分かるだろうし、どのみちそう長くは続かないだろう。
そんなことよりもルルタと密会する時間の方が大切だ。図書館で勉強を教えてやったり、アポロ戦線での話を聞かせてもらったり、僅かな時間ではあるものの今までしたくてもできなかったことを堪能していた。
他の誰も近寄ってこなくとも、彼がいるだけで私はご機嫌だった。
「本日からまたよろしくお願いします」
「……兄上様の仕事の手伝いは終わったのか」
「ええ。おかげさまで」
ご機嫌、だった。
リュカットがお目付け役として戻ってくるまでは。ということは、密偵の監視期間は終わったんだな。
「……まだ気を抜かないでくださいよ」
「分かっている」
リュカットの耳打ちにため息交じりに答える。
王国が兄上様に通告した期限を過ぎても、密偵が張り付いている可能性はあるからな。油断は禁物。
「ライラー! おはよー!」
学院に到着するなり、細長い生物に巻き付かれた。
王国に命じられたのかお菓子につられたのか、最近学院に来ていなかったキュロンだ。
「久しぶりだねっ。ボクがいなくて寂しかったでしょ?」
「いや、全く」
「きゅー! 素直じゃないんだから」
耳元で鳴くな。うるさい。ツイストするぞ。
しかしキュロンが戻ってきたことで、嫌がらせも完全に鳴りを潜めた。そのことには感謝しているので、たてがみを撫でたりお菓子をやった。調子に乗ってますますウザくなってしまった。不覚。
「ドレス!」
顔を合わせた途端、挨拶もなしに自己主張してきたのはユシィだ。本当に図々しい奴だな。
「忘れてない。ちょうど明日仕立て屋が来るから、ユシィの分も一緒に注文するか。授業が終わったらウチに来い」
「え、急ね。デートの予定があるんだから、もう少し早めに言ってほしかったわ。まぁ、いいけど」
口を尖らせつつも、満足げなユシィ。デートをドタキャンされる者にちょっぴり申し訳なく思った。
もうすぐ年に一度の我が家主催のパーティーの時期だ。そろそろ今年のドレスを注文しなければならない。
悲しいことに昨年のドレスが問題なく着られるくらい成長してないが、主催の家の者が同じものを着るわけにもいかない。見栄の問題だ。
「え、ユシィ、ライラの家に行くのか? 俺も行きてぇ!」
「し、仕方ないな。一人も二人も変わらないし……」
最近目に見えてルルタに甘い私に、断る選択肢はなかった。そんなこんなで平民二人を我が屋敷に招くことになった。ツバサくんも誘ったが、ラジオの打ち合わせがあるらしい。少し元気がなかったのが気になる……。
リュカットが露骨な舌打ちをよこした。
「知りませんよ。オルフェ様がなんとおっしゃるか」
ルルタにはノーヴェラルの魔の手から助けてもらったし、ユシィには特別演習で世話になっている。兄上様だってそうそう邪険にはしない……と思う。大体、学友を家に招くだけだ。大したことじゃないだろう。
「ライラお嬢様が、ご友人を……!?」
「まさか、あり得ません!」
「一体どんな猛者だろう。恐ろしい」
……と思ったのだが、シェリアーク家の使用人たちの驚きようときたら。私に失礼すぎだぞ。
一応、大公家に仕える身元のしっかりした者たちだ。すぐに落ち着きを取り戻し、粛々と仕事に戻っていったが、あの様子では私に聞こえない場所で大騒ぎしているに違いない。
「まぁまぁ、なんて美しいお嬢さん……! ライラお嬢様と方向性は違いますが、これはこれで……」
ミミィだけは通常運転だった。ユシィを見て目をきらっきらに輝かせてやがる。生贄が増えて私としては助かるが、ユシィはドン引きしている。
「すっげーとこに住んでるんだな。寮より全然広いじゃねぇか……」
「そうだよ! シェリアーク家のお屋敷は明るくって清潔で、ボクもお気に入りなんだー。ほら、庭のあの木陰、お昼寝に最適だよっ」
ルルタとキュロンは分かりやすくはしゃぎ、屋敷探検の旅に出た。男子の面倒は不機嫌を通り越してやる気を失くしたリュカットに一任する。
これから行われることを考えれば、この役割は当然だ。
呼んであった仕立て屋に、採寸を頼む。私とユシィの二人は制服から薄着に着替えた。
ミミィがそっと私に耳打ちする。
「本当によろしいのですか。お嬢様の衣装代をこんなに減らしてまで、ご友人にドレスをプレゼントするなんて……」
「どうせ、あまり派手なドレスは着られないだろう。今年は大人しくしていないと」
オクト襲撃事件の後だ。私が豪華な衣装に身を包めば、おそらく顰蹙を買う。どうせ着る機会も少ないし、装飾なんて必要最低限でいい。
それよりユシィへの借りを返す方が先決だ。これで文句を言わせず、特別演習に最後まで付き合ってもらえるだろう。
針子とデザインについて相談しているユシィは、普段見たことのないくらい楽しげだった。夢見る乙女って感じだ。
「ライラちゃんには悪いけど、目立たせてもらうわよ」
「好きにしろ。私としてもその方が望ましい」
ふふん、とユシィは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
最高級のドレスで着飾ったユシィは確かに美しいだろうが……おそらくパーティーの主役にはなれまい。
招待客もそうそうたる面々だし、我が家にはあの魔女がいる。
「……あら。珍しいものを見たわ。お前、友達がいたのねぇ」
私とユシィ以外の全ての者が、突然現れた女性に対して頭を垂れた。毒々しいほど妖艶で、老若男女関係なく跪かせる女王様のごとき美貌の持ち主。私を見て、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。
月に一日しか屋敷に滞在しないのに、今日に限って出くわしてしまった。ツイてない。
どなた、とユシィが尋ねてくる。言いたくはないが、事実は曲げられない。
「デューミラ・シェリアーク。私の義姉上……兄上様の妻だ」
ブラコンと呼ばれてもいい。私はこのヒトが苦手……いや、はっきり言って嫌いだ!




