45 密偵の私的な観察日記
※密偵視点。
痛々しい部分があります。ご注意ください。
春の終月、三番目の泉の日、宰相様から特別任務を言い渡されました。
先の魔王子オクト襲撃の際、一対一の決闘の末にこれを撃退した大公家のご令嬢ライラ・シェリアーク様の監視任務です。
今回もまた、正式な調査報告書のほかに、私的なメモ書きを残そうと思います。後になって主観的な部分を思い返すと、当時は気づかなかった新たな発見があったりするものですから。
さて、ライラ様のことです。
オクト襲撃時の話を聞いたときは「そんな馬鹿な」と思いました。
聖剣なしで魔王子を退けた? 学院に在籍する十五、六の貴族令嬢が? しかもディレー王国の聖剣を奪い返し、オクトとノーヴェラルの行動を制限させる契約を交わしたですって?
あり得ない。しかし、真実であるならば堂々たる偉業です。
もしも彼女が男性で、シェリアークの名を持っていなければ、英雄として百年先まで語り継がれたことでしょう。
残念です。
私は何度かライラ様のお姿を拝見したことがあります。
小柄で華奢、瞳が大きく透明感のあるお肌、見事なプラチナブロンドを持つ実に可憐な乙女です。
この顔に生まれたかったな、と思わずにはいられません。
……あの顔に生まれていたら私だってめいっぱいおしゃれをして、男性を振り回して女性としての人生を謳歌できたのに。
いや、無理ですかね。ライラ様は見た目だけではなく、非常に優秀なご令嬢です。
あの可愛らしさで、王立学院の現首席ですよ。知能はもちろん、剣技や魔法も優れているとか、どれだけ神に愛されているのでしょうか。
くぅ、羨ましい!
ああ、本当にシェリアーク家の生まれでなければ、ベガトリアスさえいなければ、勇者を目指していなければ、彼女は時代を象徴する女性の一人として、人々の記憶に焼き付いたことでしょう。
なんにせよ、私にとっては雲の上の人です。こうして一方的とはいえ、関わることになるとは感慨深いですね。
……などと感想を抱いている場合ではありません。
私は生まれ持ったユニーク魔法を用いて、ライラ嬢を監視しなければなりません。あの舞踏会の夜の彼女の行動には不審な点が多々あったそうです。彼女の秘密を探り、暴き、王国にありのままを報告することが私の使命。
私の魔法は透明化。自らの体と身に着けているものを不可視にするというものです。移動の音も軽減できますし、触れられても気づかれません。
密偵にはうってつけの能力でしょう?
というか、使い道が際どすぎて、スパイ以外になれなかっただけですけど。
こうして秘密の日記に感情を吐き出してしまう辺り、向いてないと思います。監視対象者に肩入れしてしまうこともしばしばありますし。
……まぁ、お仕事なので報告書は私情抜きで書きますけど、私の報告でその人の運命が変わってしまうことを思うと、いつもモヤモヤしてしまうのです。
仕事について口外できないせいか友達はごくわずか、今は恋人もいません。できる気配すらないので、またお見合いしなきゃ……。
それはさておき、現在王国にこのユニーク魔法の使い手は少なく、特に女性は私一人だけ。だから選ばれたのだと思います。やはり大公家のご令嬢を監視するのが男性では配慮に欠けるからでしょう。もしくはオルフェウス様がそういう条件を付けたのかもしれません。
そう、私がライラ様を監視することを、オルフェウス様は承諾済みなのです。
オルフェウス様とライラ様の仲があまり良くないという噂は、本当だったのでしょうか。でなければ、このような不当な調査に協力していただけるはずがありません。あるいは、妹君の無実を心から信じているからこそ?
とにかく、ライラ様を監視することを知っているのは、オルフェウス様を含むごく一部の人間のみ。
王立学院にも出入りする関係上、学院の関係者にも一部通達してあります。
ああ、我が青春の学び舎にこのような形で再び足を踏み入れることになるとは……。切実に戻りたいです。学生時代に。
ライラ様の学院復帰の初日、いきなりとんでもない光景を目撃してしまいました。
人気のない図書館で、ライラ様は一人の少年に思い切り抱きつきました。思わず声を上げそうになりましたよ。危なかった。
この少年については、事前に資料をもらっています。
ルルタ・アルシャイン。アポロ戦線で活躍した義勇兵にして、今年の入学の儀の魔王役を務めた平民の少年。辺境伯様と第二王子のベテルギア様が大層目をかけているとか。
学院での成績を見る限り、なるほど、名だたる方々を唸らせるだけの才覚はあるようです。とても平民とは思えません。ライラ様と同じく、素行にやや問題があるようですが、不思議と周囲の印象は悪くありません。むしろ平民の生徒を中心に、強い人望を集めているようです。
女子目線での印象も記しておきましょうか。
……明るい雰囲気のイケメンです!
背が高くて、スタイルが良い。端正な顔立ちで、瞳には人懐っこい光が宿っています。見るからに気持ちの良い性格をしていそうですね。
ライラ様がメロメロになってしまうのも、無理からぬ話では?
彼に眩しいほどの好意を向けられたら、大抵の乙女は参ってしまいますよ。
大公令嬢と田舎の平民の身分違いの恋……!
私は一瞬任務を忘れ、大興奮してしまいました。反省。
裏庭で人目を忍び、仲睦しい様子で会話をする二人は、とても可愛らしいです。あまり表情を崩さないライラ様が、顔を真っ赤にしてはにかんでいます。
なんて眼福なカップルでしょう。ずっと見ていたい。
これが噂に聞く“萌え”という感情でしょうか?
ツバサくんの説明では理解できませんでしたが……なるほど、これはいいものです。私もあんな甘酸っぱい青春を送りたかった!
ああ、でもこうして眺めているだけで、心が潤っていくような心地がします。
……なんでしょう、自らの婚期が遠のく音が聞こえました。
ライラ様の学院生活は、なかなかハードなものでした。
周りは敵だらけ。怯えられたり、いないものとして扱われたり、蔑まれたり、時には露骨な嫌がらせを受けています。見ていて気分の良いものではありません。彼女が勇者を目指すということは、それほど険しい道ということですね。
そして彼女自身も己に厳しく、ひたすらに勉学に励んでいます。
はぁ、やっぱりトップクラスの人間はモノが違いますね。生まれ持っての有り余る才能だけで満足せず、不断の努力を続けています。
いえ、ライラ様の場合、度を超えている気がしますが。まるで何かに憑りつかれたような印象を受けます。
こうまでして勇者になりたいなんて……やはり先祖の汚名を晴らしたいのでしょうか?
どれだけオルフェウス様が医学の分野で功績を積み上げても、分野が違います。女勇者の裏切りは、女勇者の活躍でなければ相殺されない。そうお考えなのかもしれません。
間近でライラ様を見守るにつれ、私の中でむくむくと感情が育っていきました。
彼女を認めてあげてほしい。
だって、ライラ様は誰よりも頑張っています。この学院で最も努力し成果を出しているというのに、どうしてこのような理不尽な扱いを受けなければならないのでしょうか。
いつの間にか私は、不敬にも姉目線でライラ様を見るようになっていました。自分でもちょっと気持ち悪い……いえ、この日記にそういう理性は不要なのです!
思いの丈を吐き出しましょう。
はぁ、今のところ、ライラ様に怪しい動きはありません。
ルルタくんと時折密会している時以外、真面目に学生をしています。
むしろ周りの方がきな臭いですね。特にあの伯爵家のご令嬢は無茶苦茶です! 超怖い!
近頃、フォーマルハウト家とドゥーベ伯爵家の結びつきが強くなり、各方面で波紋を呼んでいます。
経済のフォーマルハウト、政治のエリダヌス、医学のシェリアーク。
三大大公家がお互いを助け、十全に機能することでアウリオン王国は発展してきましたが、ここにきてフォーマルハウト家が頭一つ抜けた権力を持とうとしています。
特に、シェリアーク家との対立を深めているようですね。
せっかくリゲルディア様とベテルギア様の王位継承争いが終わったというのに……三大大公家の均衡が崩れてしまわないかと、国王陛下も憂慮されているといいます。
ライラ様とヒュドロ様の婚姻がなれば、と惜しむ声もあるようですが、私は断固反対ですね。
だって、ライラ様にはルルタ君がいますから!
某虹の日。
今日は情報統制のために潜り込んだラジオ局でお仕事をする予定でしたが、上からの命令でライラ様の監視を優先します。また相方があらぬことを言いふらし、公共の電波で騒がないか気になります……(いつかシメる)。
さて、今日のライラ様は特別演習に赴くようです。調べてびっくりしましたよ。
フォーマルハウト家の変人と名高いユリウス様が、ライラ様とルルタ君の単位取得に協力していること、出した課題がトレミー大森林の生態調査だったこと、そして今日は二人きりで演習を行うこと。
いろいろと非常識です。今に始まったことではありませんが……。
「今日こそは、湖より先に進むからな。遅れを取り戻そう。いつもよりもペースを上げていく」
「おう。頑張ろうぜ」
転移魔法陣に乗り、森の管理者であるグィンさんに挨拶をして、二人は森に足を踏み入れました。
……は、早い!
私も諜報員として訓練をしていますが、ついていくのがやっとです。私は今日、二人のデートを眺めるつもりでいました。甘かったです。
二人は森を突っ切り、地図に記されたポイントを一つずつ確認していきました。
時に魔物を打ちのめし、時に木を伝って危ない地形を避け、ぐんぐん進んでいきます。
「順調だな。この分だと、東側は今日中に全部見て回れそうじゃねぇか?」
「そうだな……ルルタ、血が出てるぞ」
地図を確認するための小休憩中、ライラ様がルルタ君の手首の傷に気づきました。薄っすらと赤が滲んでいます。
「ん? ああ、さっき枝にかすったかも。全然大丈夫だ」
ライラ様はすぐに水筒の中身をルルタ君の腕にかけました。そして傷に対して詠唱を行いました。超初級の医療術ですね。
「すげー。ありがとうな、ライラ」
「血を止めて消毒しただけだ。傷は完全に消えてない。あとでユシィに治してもらえ」
ライラ様は包帯を巻いてあげていました。ルルタ君は感激したように腕を眺め、首を横に振ります。
「ライラが手当てしてくれたんだから、このままでいい」
「…………」
照れて黙り込むライラ様、可愛い。
「なんか楽しいな。俺たちが旅に出たら、こんな感じか」
「楽しめる余裕があるとは思えない。魔境ガランドリネではこうはいかないぞ。油断するなよ」
笑顔で頷くルルタ君にライラ様は唇を尖らせました。絶対分かってないだろ、と言いたげです。
こんな感じで二人は私を癒しつつ、生態調査を続けていました。素人離れした手際の良さは気になりますが、いたって真面目です。
報告書には「怪しい動きなし」と書いて大丈夫ですね。
ルルタ君との関係については言及せざるを得ないですが……初日のハグ以上のことはしていません。清いお付き合いだと私が太鼓判を押しましょう!
……ああ、でも、学院内で少々怪しい動きがあることは、強く示唆しておかないと。




