41 危険信号
厚手のガウンを羽織っているものの、寝間着姿で家族や使用人以外の殿方に会うのは抵抗感がある。みっともない。
そう訴えて私と兄上様とベテル様、あとは騎士と軍の兵士をそれぞれ一人ずつ残し、後の者には廊下で待っていてもらうことにした。
……数を減らしたものの、こんなの気休めだ。
仕方ない。開き直ろう。今の私はケガ人、というか病人扱いなので、王子の前でこんな格好をしていても許されるはず。
嫌な気持ちはあるが、顔が熱くなるような羞恥心は働かない。「きゃっ」と照れるのではなく、「げっ」とテンションが下がる感覚と言えば伝わるだろうか。
ベテル様を男性として意識していないとはっきり分かった。
向こうは向こうでつまらないものを見るような目をしている。「色気ねぇな」と思っているに違いない。仮にも側室にならないかと打診しておいて、失礼な王子だ。
それはさておき、兄上様に痛み止めの術を施してもらった反動のせいで、体に全く力が入らない。痛みは綺麗さっぱり消えたが、筋肉がふにゃふにゃしてバランスが取れないのだ。少し体を起こしてクッションで全体を支えるのが精一杯。
こんな不安定な状況で尋問に耐えられるだろうか。
……頑張ろう。明るい未来のために。
「まずは、オクトにとどめを刺そうとした後のことを聞かせてもらおうか。突然黒い靄に包まれ、ライラとオクトの姿が消えた。一体何が起こっていたのだ」
「…………」
ああ、そうか。目の覚める思いだった。
ベテル様たちはノーヴェラルに拉致られた後を何も知らないのか。それもそうだな。
上手く話せば余計な疑いをかけられることもなくなる。
私は体が怠いのを言い訳にし、じっくり言葉を選び、ノーヴェラルが現れてからのことを語った。
十一番目の魔王子ノーヴェラルについてはほとんど目撃情報がなかったため、私の話はとても貴重な情報だった。
騎士と兵士が興奮気味に記録を取っている。
「私は決闘の勝者として、魔王子二人に命令する権利を得ました」
聖剣エルナトの返還。
そして、オクトとノーヴェラルに魔族以外の知的生命体を害さないという契約を課した。
そう話すと、ベテル様は唸った。
「ふん……もう少し情報があれば、もっと良い条件で奴らを縛れたのだろうが、あの場ではこれ以上の成果は出せまい。そうか。オクトを討ち取れなかったのは残念だったが、よくやった」
はぁ、どうも。
手放しで大絶賛されるなんて思ってなかった。むしろ勝手なことをして怒られないか心配だったので、淡白ながらも認められて安心した。
その後のことは話せない。ノーヴェラルに閉じ込められてエイプリルのことを聞かれまくったことは隠し、嫌がらせで空間に置き去りにされたという作り話をすると、ベテル様は疑う素振りもなく頷いた。
「広間には正体不明の黒い繭のような塊が現れていた。繭の中にライラがいることは想像できたが、見るからに禍々しい魔力を放っていたのでな。迂闊に攻撃もできぬし、何をどうすればいいのか検討もつかず、途方に暮れていた」
ベテル様がニヤリと笑い、兄上様をちらりと見る。
「あのオルフェウス・シェリアークの狼狽えた姿を見ることができるとは思わなかったぞ」
「……余計な話をするようでしたら、今すぐ面会を打ち切りますが」
兄上様、不機嫌。
ベテル様はそれでも兄上様を煽るのを止めなかった。
「結局、ライラを救ったのはルルタだった。あいつは制止を降りきって繭を矛で一突きした。我々には均一な厚みの繭に見えたのだが、奴の目には魔力が弱い部分が分かったらしい。矛に自らの魔力を全て注ぎ込み、繭を破壊したのだ」
「ルルタが、そんなことを……」
「ああ。魔力の制御ができぬと言っていたわりに、本能的に使い方は分かっているようだな。それとも愛のなせる技か。あいつもまた、必死でお前を助けようとしていたぞ」
頬が急激に熱くなる。しかし同時に首筋に冷気を纏った視線を感じた。
兄上様とルルタは顔を合わせたんだな。二人がどのような会話をしたのか気になるところだが、怖くて兄上様には聞けない。何より室内の空気がそれを許さなかった。
……ダメだ。ときめくのは一人のときにしよう。
今はそんな場合ではない。
ルルタは私を兄上様に引き渡し、現在は王国から今回のことで事情聴取されているのだからな。
「さて、大体の事態は把握できた。ここからが本題だ。お前はルルタに己の剣を持たせて舞踏会に持ち込み、皆が混乱する中、一人冷静に行動した。まるで、事前にオクトが襲撃することを知っていたようだ。いきなり決闘を申し込んだのも怪しい。その後の経緯を考えると、オクトの“呪”についても知っていたのではないかと邪推できる。そのことについて、詳しく聞こうか」
来たな。
私は深呼吸をして、ベテル様と兄上様を見る。
そして、全力でとぼけた!
十日後、私は久しぶりに王立学院に登校した。
体はまだ本調子ではないが、ようやく痛みが引いて歩けるようになった。本当なら一か月くらい寝たきりでもおかしくない症状だったのに、最上級の医療術のおかげで急激に回復した。さすが兄上様。
「…………」
しかし、あれだな。
学院の空気がおかしい。自意識過剰じゃなければ、みんな私を避けて見ないようにしている。
今までは疎まれたり敵意を向けられたりしつつ、小馬鹿にされていた。それがもう全力で私の存在をないもののように扱っている。関わりたくないと彼らの背中が物語っていた。
私が魔王子オクトを撃退したことは知れ渡っているらしい。あれだけ派手にやれば隠し通すこともできないだろう。
もしかして、そのせいで怖がられているのか?
……もしくは、本格的に私のことを排除する動きがあるのかもしれない。嫌な気配がする。
兄上様が言っていた。
「お前が勇者に近づけば近づくほど、周囲の憎悪を駆り立てる」と。
自分で言うのはおこがましいが、聖剣なしで魔王子に勝つというのは結構な偉業だ。
アウリオンの黒歴史であるベガトリアスを嫌う者ほど、私の活躍にヒステリックな反応を起こす。
前に壺を落とされたことがあったし、いっそう気を引き締めねば。
それはともかく、私は職員室で教師たちから大量の課題を受け取った。二週間近く休んでいた分の埋め合わせだ。私が単位を落とさないよう、ベテル様が配慮してくれた。一応、感謝はされたのだ。
『あれは、私ではできぬ戦い方だった。私がオクトと決闘していれば……無傷とはいかなかっただろう。ライラのおかげで命拾いしたのは確かだ』
ものすごく不満げな顔でそう言われた。
「男としての面目は完膚なきまでに潰されたがな」と囁かれもした。まぁ、確かに、申し訳ないことをしたという自覚はある……。
私は課題の山を抱えて図書室を目指した。
今日はなぜかキュロンもいないし、ツバサくんとユシィにも会わない。気になるところがあるが、とりあえず真っ先に会わなくてはいけない相手がいる。
奇しくも今は王国史の授業。
であればきっと、ルルタはここにいる。頼むからいてくれ。
「ライラ……もう大丈夫なのか?」
願いが通じたのか、彼は窓際の自習机にいた。私は後ろめたさと戦う。
「大丈夫だ。えっと、ルルタ、その……」
「…………」
ルルタは笑いかけてはくれなかった。その表情は戸惑い、瞳は悲しんでいた。
当たり前だ。私はルルタに黙ってオクトと一対一の決闘をした。そして私に協力したことで王国に疑われ、数日間拘束されていた。とんだとばっちりだ。利用されたと失望されても仕方ない。
私は深呼吸をする。覚悟を決めろ。
余計嫌われるような気がするが、もうやるしかないんだ。ちゃんと私の意図が伝わるかだけを心配すべきだ。
「っ」
私は周りに表面上は誰もいないことを確認してから、思い切ってルルタの胸に飛び込んだ。荷物は床に放り出す。
「な……!?」
ぎゅっと腕に力を込めて抱きつく。ルルタの熱が伝わって、私も溶けてしまいそうなほど体温が上がる。
「きゅ、急にどうしたんだ……え、マジ……これどういう展開だ……? 夢?」
「心配をかけて、迷惑をかけて……ごめんなさい」
ルルタの胸のあたりに額をつける。心臓がドキドキしているのが分かる。私と同じくらい。とても顔を見ることができない。恥ずかしすぎる。
……拒否られなくて良かった。それだけで救われる。それどころかルルタは躊躇いがちに、私の背に腕を回した。
「ライラ、俺……すげー怖くて嫌だった。お前があんな危ない戦い方するところ、見たくなかった。何もできなかったのが悔しくて、シンドかった……」
初めて聞くルルタらしくない弱々しい声に、胸が締め付けられた。随分苦しめてしまったようだ。
「何もできなかったわけない……私のこと、助けてくれた」
ノーヴェラルの魔の手から救ってくれたのはルルタだ。めちゃくちゃ感謝している。
私は抱擁の幸福感に酔いそうになるのをこらえ、ルルタの背中に指を這わせた。いやらしいことがしたかったわけじゃないぞ。
伝えたかったんだ。ルルタが文字を読めるようになっていると信じて書く。
見張られている、と。
ようするに、私は王子や兄上様を誤魔化しきれなかったのだ。




