↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/49

40 兄上様のお説教

 

 見慣れた天蓋、私の部屋。

 尋問室みたいなところじゃなくてホッとした。


「ああ、良かった。心配したぞ。ライラ」


 目覚めた私を待っていたのは、いつになく柔らかく微笑む兄上様だった。見る者の心臓を止めてしまいそうな致死量の美だ。


 こ、これは……めちゃくちゃ怒っていらっしゃる。もう一回エイプリルに会いに行くか、と瞼を閉じたい衝動に駆られたが、歯をくいしばって耐える。

 ルルタがピンチと聞いて、私は逃げの選択肢を捨てた。


「兄上様、ご迷惑とご心配をおかけしました。私はもう大丈夫で――っ!」


 全身に電流が流れたような気がした。

 くっ、この筋肉痛を遥かに超える痛み……全身が肉離れを起こしたかのような激痛に、私はたちまち枕に沈む。

 やっべー、とかつてない体の状態に冷や汗が出た。これ、しばらくまともに動けないぞ。

 エイプリルの言っていた「大変な目に遭う」とはこのことか? 確かに、大変なことになっている。


「まだ起き上がるな。診察をする。終わったら痛み止めの術を施すから、もうしばらく我慢しなさい」


「はい……」


 今日の兄上様は白衣を纏っていた。

 医術師そのもの、というか、この王国で一番の名医様だ。身内に診てもらうのはちょっぴり恥ずかしいが、最も安心ではある。

 兄上様に脈や体温や体内魔力を測られている間、私は恐る恐る現状について尋ねた。


 エイプリルの言葉通り、オクト襲来から丸三日が経っていた。

 それはもう、大騒ぎだったらしいぞ。舞踏会に魔王子乱入なんて大事件だもんな。


 城の人間も招待客も恐慌状態に陥り、誰もまともに動けなかったそうだ。逃げるときに押し合ったり、恐怖で魔力を暴走させたり、ケガ人も多数出た。

 リゲル様の号令でキュロンが結界を張り、安全が確保されたことでなんとか城の中の混乱は沈静化した。ベテル様の報告によってオクトが撤退したことが分かるまで、みんな神に祈り震えていたそうだ。


 その後、我がシェリアーク家が抱える医術師たちが治療に当たり、ケガ人は全員完治したとのことだ。みんな軽傷で良かった。


 一方、城からいち早く逃げ出した者が声を上げ、城下にも騒乱が飛び火しそうになったようだ。

 幸い、王都がパニックになる前に事態は収束した。


 ツバサくんがラジオ局へ走り、慎重な行動を呼びかける放送をしてくれたらしい。彼も怖かっただろうに、機転を利かせて人々を落ち着かせてくれた。

 普段のラジオではやや頼りないツバサくんが、「大丈夫です」と断言したことでみんなは安心したらしい。うん、その時の光景が目に浮かぶようだ。


 しかし、そうか。

 やはりケガ人は出たし、一歩間違えたら大変なことになっていたんだな。


 オクトが形振り構わず暴れていたら、ヤバかったと思う。王族が住まう城に、貴族が集まっていたことが最悪だった。国の中枢が麻痺し、アウリオン王国そのものが崩壊することもあり得た。


 じくじくと罪悪感で胸が痛んだ。

 きっと誰も私の話を信じないし、私の言った通りにオクトが襲ってきても怪しまれて、魔族との密通を疑われるだけ。そう思って話さなかったが、白い目で見られることを覚悟して、事前にオクトの襲撃について話すべきだったかもしれない。

 私とオクトを戦わせるためにエイプリルが仕組んだことだ。今回の被害の責任は私にもある。


 私がしゅんと目を伏せていると、診察を終えた兄上様から冷ややかな声が降ってきた。


「それで、ライラ。何か私に話すことがあるのではないか?」


「……ご、ごめんなさい。無茶をしました」


「悪いことをしたという自覚があるようで安心した。しかし、私が求めているのは謝罪ではなく説明だ。なぜ魔王子に決闘を挑んだ? しかも用意周到なことに、あのルルタという少年に剣を持たせて会場に持ち込んでいたな? やはり事前に何か企んでいたんだな。一体どういうつもりだ」


 おっかなびっくり顔を上げる。ついに笑みが消え、兄上様が険しい表情をしていた。うぅ、素で怖い。

 ルルタが今どういう状況なのか、とても聞ける雰囲気ではない。

 どうやって説明したものか。私が委縮して黙っていると、兄上様がため息を吐いた。


「ライラ、あの日のお前の行動は問題だらけだったが、決して間違ってはいなかった。大公家に属する者として、王家と王国の民を守ることは責務だ。お前が決闘を挑み、魔王子の足止めをしたことで、全てが救われた。ライラがあの場にいなければ、ベテルギア殿下や国王陛下が害され、聖剣アルデバランを強奪されていたかもしれない。魔王子を退け、ディレーの聖剣を取り戻して見せたのは見事としか言いようがなかった。……しかし、私はお前を誉めてやれない」


 兄上様の冷たい手が私の頬に触れた。


「お前が命懸けで戦う姿を見て、どれだけ寿命が縮まったか。私は立場上、妹の命と王国の平穏のどちらかしか守れないとしたら、後者を選ぶ。選ばざるを得ない。しかし、失って悲しいと思うのはライラ、お前の方だ。それを忘れてくれるな」


 幼い頃、優しく頭を撫でてくれた手が私の頬を軽くつねった。痛い。心がものすごく痛かった。泣きそう。


「……本当に申し訳ありませんでした、兄上様」


「よく反省しなさい」


「はい」


 ……でも、兄上様。もしまた同じことが起これば、私は同じことをする。いや、もっと上手く立ち回る努力はするだろうが、やることは変わらない。私は自分が傷つくことを厭わず、誰よりも前に出て戦うことを選ぶだろう。


 守られるだけの存在が、どうやって勇者になるというのだ。戦わなければ大切なものを守ることも、取り戻すこともできない。

 せめて兄上様を悲しませないよう、生還することを心がける。私だって死にたくはないんだ。頑張ろう。


 兄妹の間にしんみりとした空気が流れる中、廊下が慌ただしくなった。


「お、お待ちください、困ります!」


「どけ」


「やめてください。お嬢様はまだ――」


 リュカットとミミィの制止を振り切り、扉が開いた。

 私の部屋に雪崩れ込んできたのは、ベテル様とその近衛騎士のみなさんだ。その後ろには軍の関係者もいる。


 私が言うのもおかしな話だが、非常識なことをする。嫁入り前の乙女、それも瀕死の人間の部屋に許可もなく入るとは。

 ……それだけ私の立場が危うくなっているということか。


「ようやく目覚めたか。待ちくたびれたぞ、ライラ。さっそく話を聞かせてもらおうか。ああ、その前に私を命懸けで守ってくれたことに、手厚く礼をせねばな?」


 こちらも怒っているようだな。命令に背いて決闘を敢行したこと、根に持たれている。面倒だ。私はげんなりした。

 ベテル様の視線を遮るように、兄上様が天蓋のカーテンを閉じ、前に出た。

 ぐっ、痛み止めの術を早く施してほしい。起き上がれない。


「全員、今すぐ退室を。ライラはまだ話せる状態ではありません」


「そんな柔な娘ではあるまい。意識があるのなら引き渡せ。手荒な真似はしない」


 ベテル様の脅しとも取れる言葉で、部屋の温度がガクッと下がった。兄上様が静かにキレた模様。

 全てを凍てつかせる魔力が漏れ出ている。騎士や軍属の兵士が怯む。


「お引き取りを。いくら殿下と言えど、我が屋敷でこれ以上勝手をなさるつもりならば、看過できません」


 正直に言ってオクトより恐ろしい。私はぶるりと震えた。


「ふん……優しい兄君を持って良かったな、ライラ。しかし、引いても良いが、このままではルルタを解放してやれぬぞ。あいつは何も喋らなくてな。早くお前の口から何があったのか聞きたいのだが」


 やっぱりルルタは拘束されているのか。

 あの日の私たちの行動は怪しすぎたからな。


「お話しします。兄上様、お願いします。私はもう大丈夫ですので」


 体は全然大丈夫ではないんだが、このままぬくぬくと寝ていられるわけがない。


「……この部屋で、短時間ならば面会を認めましょう。私も主治医として同席します」


「それで構わぬ」


 兄上様は終始ご機嫌ななめだったが、最終的には折れてくれた。

 身支度を整えた後、兄上様同伴での尋問が始まった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。