38 暗闇の尋問
どうしてこうなった。
頭を抱えて叫び出したい気分だった。
「このお嬢さんは魔王子から情報を仕入れ、オクトお兄様のことを徹底的に研究して待ち構えていたのでしょう。姑息極まる行為ですわね」
「なっ……!? てめぇ、汚ぇぞ!」
細かい部分を訂正したいところだが、大体は正解だ。
しかし魔王子どもに姑息だの汚いだのと言われるなんて、心外だ。命を賭けた一対一の決闘を邪魔したくせによく言う。イラッとする。
「お嬢さん、正直におっしゃって? 誰と結託しているのです? あなたに怒ったりしませんので、さっさと吐いて下さいませ」
「知るか。根も葉もない言いがかりはやめろ。汚らわしい魔王一派と手を組むわけがないだろうが」
私は表情を作った。こう見えても大貴族の令嬢。ポーカーフェイスは得意だ。
まぁ、遅すぎたけどな。
「……お兄様は、一足先に魔境へお帰り下さい。あとはわたくしにお任せを」
オクトの姿が闇に消え、残ったノーヴェラルが私の方へ歩み寄る。
私は剣を構えたまま動けない。
もう体は限界を迎えている。こんなにベッドが恋しいのは久しぶりだ。今はエイプリルの悪夢でも構わないから、逃げ込みたい気分だった。
「ふふ、強情な方ですわね。いいでしょう。わたくしの気が済むまでお喋りに付き合ってもらいます。ここに閉じ込める行為は、攻撃にはなりませんもの。時間はたっぷりありますから、仲良くいたしましょう?」
少女の白く冷たい指が私の頬を優しく撫でた。
全身が悪寒に包まれる。
甘かった。
この一見幼い少女が纏う魔力を間近で感じ、私の心は折れかけていた。今のボロボロの私では、剣を振り抜いたとしても傷一つ負わせられない。そんな確信があった。
このままでは、永遠にこの空間に閉じ込められてしまう。
しかしエイプリルの存在を、吐くわけにはいかない。
まずエイプリル本人にめちゃくちゃ恨まれそうだし、ノーヴェラルが人間に吹聴すれば、悪魔と結託した罪で火炙りにされるかもしれない。シェリアーク家の名誉はまた失墜するだろう。
他の魔王子の名前を出してみるか?
ダメだ。深く追及されたらボロが出る。
……こんなことなら、エイプリルから他の魔王子のことをもっと聞いておけば良かった。
縋る思いで聖剣エルナトを見た。
剣の精が私を勇者と認めてくれれば、あるいはこの空間ごとノーヴェラルを切り裂き、脱出することができるかもしれない。
「…………」
しかし、やはり手に取ることはできなかった。
ずっと望んでいたものが目の前にあるというのに、なんてことだ、私はビビっていた。
成功するビジョンが見えない。
私は聖剣から目を離した。胸がずきりと痛む。
今はシラを切り通す。それが最善だ。気合いを入れて尋問に挑もうとした私に対し、ノーヴェラルは嘲るような視線を向けた。
「なんてね。……あなたの裏にいる魔王子の正体は分かっています。だって、あなたはライラ・シェリアークという名前なのでしょう? お父様の四人目の妻、ベガトリアス・シェリアークの末裔……であれば、四番目のお兄様と関係していると考えるのが妥当ですわ」
私は頬の筋肉を動かないように注意しつつ、心の中では「大正解!」と叫んで紙吹雪を舞わせていた。もはや自暴自棄に陥っていたのだ。
それにしても「バレた」というよりも最初から分かっていたような口ぶりだったな。私の反応を観察して楽しんでいるのが分かる。性悪だな、こいつは。
「オクトお兄様には内緒です。変な風にちょっかいをかけられたら、台無しにされちゃいますもの」
ノーヴェラルは笑みを絶やさぬまま、指先で私の顔や髪を弄ぶ。
「名もなき四番目の魔王子……欠番の子。赤子のときにお亡くなりになったと聞いていましたが、実は生きてらっしゃるのでしょう。はぁ……ねぇ、お嬢さん。わたくしの愛しい愛しいお兄様のこと、教えてくださいな」
「……知らないって言ってるだろ」
それから私とノーヴェラルの押し問答が続いた。教えろ、知らん、の繰り返しを何度も交わし、埒が明かなくなってきた頃、私は痺れを切らした。もう本当にいろいろと限界だ。
「もし、お前の妄想が真実だったとして、どうするつもりだ? オクトを罠に嵌めた四番目とやらを殺すのか?」
「まさか。弟と妹はこれからいくらでも増える可能性はありますが、お兄様が増えるなんてこれほど嬉しいことはありません。他のきょうだいは皆、わたくしを疎みますが、四番目のお兄様は可愛がって下さるかもしれないのですよ。ぜひ、お会いしたいのです!」
これまでのノーヴェラルの言葉はどこか嘘くさく、裏がありそうだったが、今の言葉に限っては本心を言っているような気がした。赤い瞳が輝いている。
他のきょうだいたちに疎まれているというのは気の毒だな。私は、もし兄上様に嫌われたら絶望しかない。
でも、絆されたりはしないぞ。魔王子、魔王女に同情なんてするもんか。
「さぁ、教えて下さいまし!」
「自力で探せ。もっとも、四番目は虚無の大穴に落ちたんだろう? 生きているとは思えない」
ノーヴェラルが頬を膨らました。表情は年相応で可愛らしいが、殺気を織り交ぜてくるな。ゴリゴリと精神が削られる。
しつこくまとわりついてくるノーヴェラルに対し、私はもはや無言を貫くほかなかった。喋る気力すら尽きかけていたのだ。
全身から血の気が引いていくような感覚……魔力が枯渇している。足が震える。座り込んで、倒れ込んで、眠ってしまえたらどんなにいいか。瞼が重い。身体が悲鳴を上げている。
もう、倒れてもいいか。どうせノーヴェラルは私に危害を加えられない。
いや、ダメだ。
この女はオクトの“呪”すら歪ませて決闘の邪魔をした。もしかしたら契約を無効にする奥の手を持っているかもしれない。魔王の娘の前で無防備な姿を晒すわけにはいかない。
でも、もう、本当に、限界……。
私の精魂が尽きかけたそのとき、真っ暗な空間が揺らいだ。闇が薄れ、光が点滅する。
ノーヴェラルがぎょっとした表情で固まり、直後、舌打ちをした。お嬢様っぽい言葉遣いをしていたが、やはりこいつも野蛮な魔族だな。お上品な化けの皮が剥がれた。
「これは、破魔……っ! なぜこんなところに!」
「ライラ!」
空間に響き渡る声に、私は顔を上げる。
「ルルタ……?」
瞬間、風を切り裂く鋭い音と同時に、ノーヴェラルの胸から刃が生えた。血に似た赤い閃光が散り、驚愕に顔を歪めるノーヴェラル。その体は粒子となって弾けた。
「仕方ありません。今日のところは退散いたしましょう。ですが、わたくし、諦めませんから」
低く、怒りに満ちた声が耳の中に入り込み、脳を揺らした。
私は平衡感覚を失くしてたたらを踏む。しかし床に衝突することはなかった。
「ライラ、ライラっ! 大丈夫か? 怪我は!?」
私を抱きとめてくれたのはルルタだった。視界の端に矛が見えた。何をどうやったのかは知らないが、ルルタがノーヴェラルを攻撃し、私を救い出してくれたらしい。
至近距離にルルタの顔がある。今にも泣きだしそうな顔をしていた。随分心配をかけてしまったようだ。
私は力強い腕の中にすっぽり収まって、彼の激しい心臓の音を聞いた。
「ルルタ……ごめん、なさい……」
嬉しいような、恥ずかしいような、申し訳ないような、そんな複雑な気持ちを味わいながらも、私は救われたことに安堵し、意識を失った。




