↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/49

35 オクト襲来

 

 兄上様とダンスフロアに出て、緩やかなワルツを踊る。

 身長差をものともせずに優しくリードして下さるので、踊りやすかった。久しぶりで心配だったが、一安心だ。


 一曲踊り終わったらリゲル様へ挨拶に行き、兄上様について回る。あるいは壁際でじっとしていよう。オクトが来る前に気疲れしてしまうのは避けたい。

 できれば、少しルルタと話したいが……。


「急に舞踏会に行きたいと言い出したのは、彼のせいか? ベテル様に随分気に入られたようだな」


 不意打ちで兄上様が私に耳打ちする。

 咄嗟に答えられず、ステップが狂う。兄上様が予見していたように支えて下さったので転ばずに済んだ。


 ルルタがこの場にいること、バレていたか。あまりにも騎士服姿が格好良くて、思い切り見てしまったからな。

 それはさておき、兄上様の推理はハズレだ。ルルタがこの場にいるのは私が発端だ。しかしそれを正直に言うわけにもいかない。どうやって誤魔化せば――。


「それとも、お前が何か企んでいるのか。リュカットからいろいろと聞いているぞ。魔王子の襲撃を警戒して、随分と神経を尖らせているようだな。キュロンを使ってリゲル様やベテル様を学院に呼び、今夜は母上のドレスまで持ち出して、一体何をするつもりだ」


 おのれリュカット。やはり告げ口したか。いや、それは分かっていたが、今まで泳がされていたのかと思うと我が兄ながら恐ろしい。

 怒っているのかと恐る恐る兄上様の顔色を窺い、私は呼吸を止める。


 ……兄上様は怒ってはいなかった。ただ、悲しそうな目をしていた。


「私は、ライラのことが心配なんだ。ここ最近、輪をかけて様子がおかしい。体調も悪いだろう? 何か悩みがあるなら打ち明けなさい。きっと力になるから」


「……っ」


 心が揺れる。

 母の記憶を奪われ、父に疎まれてきた私にとって、兄上様だけがまともな家族で、ルルタに出会う前はたった一人の心の拠り所だった。

 この十年心配ばかりかけてきて、今夜もまた迷惑をかける。

 エイプリルのこと、オクトのこと、母上様の記憶のこと、何もかもを打ち明けて懺悔したい。


 でもそれはできないんだ。

 兄上様は複雑な立場にいるから、私のためだけには動けない。それに、いくら兄上様でも私の抱える事情を解決できるとは思えなかった。

 結果的に、兄上様の心労を増やすだけ。それが分かっていて、これ以上甘えられるものか。


「兄上様、私は……」


 私がどうやって言葉を返そうか悩んでいると、異質な気配を感じた。頭が真っ白になり、咄嗟に体が動く。兄上様の頭に抱き着いて蹲らせた。


「!?」


 直後、ガラスが盛大に割れ、悲鳴が響く。

 二階の窓からダンスフロアの中央に、そいつが降り立った。


「はっ! 良い夜だな、人間ども! オレ様もパーティーに参加させてもらうぜ!」


 魔王子オクト、本当に来やがったな。

 シルエットだけは知っていたが、エイプリルの夢でも顔立ちや髪の色、声までは分からなかった。


 体格は人間のそれと変わらない。小柄なくらいだ。元気いっぱいな少年のような声をしている。

 特徴的なのは金髪の間から漆黒の角二本と、愉しげに歪む口元から覗く発達した牙二本。瞳はエイプリルと同じ赤だ。魔族の特徴なのかもしれないが、エイプリルとは違い、実に獰猛で活き活きとした目をしている。


 何より、この場にいる皆が恐怖したのは奴の魔力。肌がひりひりと痛むほどの圧だ。夢の中で慣れていなければ、私も身が竦んでいただろう。


「オレ様はオクト! 十番目の魔王子オクトだ! さぁ、この国の聖剣を寄越しやがれ! さもなくば、目につく人間ゼンブ、皆殺しだぜ!」


 ようやく状況を理解した周囲が動き出す。

 舞踏会の招待客は叫び、怯え、扉やバルコニーに殺到した。騎士たちは人波に押されて思うように近づけないようだ。

 誰も怪我をしなければいいが……キュロンや騎士に期待するしかない。


「兄上様、リゲル様たちと避難してください」


 私はヒールの靴を脱ぎ捨て、人々とは逆の方角へ足を踏み出した。


「ライラ! 待ちなさい!」


 兄上様の制止の声は、聞こえないふりをした。

 ごめんなさい。今しかチャンスはないんだ。


風の加護(エーテル・シルフ)、我が足に宿れ】


 私は風の精霊に頼み、ショートブーツを造った。ガツンと魔力を消費したが、仕方がない。さすがに戦闘に向いた靴までは持ち込めなかったからな。


「ライラ! 受け取れ!」


 ルルタの声とともに、一振りの剣が投擲された。

 それを空中でキャッチすべく、軽く跳躍する。うん、いい感じだ。体が羽のように軽い。夢と同じ感覚で動けそうだ。


 剣を受け取り、私はオクトの前に降り立った。一番乗りだ。

 こいつがベテル様の名前を出す前で良かった。


「んん? なんだ、お前――」


「私の名はライラ・シェリアーク。魔王子オクト、お前の好きにはさせない。一対一の決闘を申し込む」


 鞘から剣を抜いて突き付けると、オクトがぎょっとしたように顔を強張らせた。

 私の言葉に呼応するかのように、オクトの周りから半透明の魔力の波動が円状に広がる。オクトは怒りを露にした。


「てめぇ、チビ女……このオレ様と決闘だと? 身の程知らずが!」


 吼えられたが、私は動じない。奴は私を睨みつつも、襲い掛かってこなかった。

 半信半疑だったのだが、エイプリルの言葉は正しかったようだな。

 能力・・の条件を満たすまで、奴は私を攻撃できない。


「ご令嬢をお守りしろ! かかれ!」


 そのときになってようやく態勢が整ったのか、騎士たちがオクトに一斉に斬りかかった。しかし目に見えぬ何かに阻まれ、騎士たちは押し戻されてしまう。


「なんだこれは……!?」

「とにかく攻撃だ! 魔法を……」


 今度は攻撃魔法が一斉にオクトに降り注いだが、奴に当たる前に消滅した。


「これは……一体どうなっているんだ!」


 騎士たちの間に動揺が広がる。


「あーあー、無駄無駄! オレ様とこの女の決闘が終わらない限り、他の奴らの攻撃は全部無効だ。ったく、予定が狂っちまったぜ! 本当なら、ベテルギアっつー王子と戦うはずだったのに!」


 オクトは頭を掻き、忌々しげに私を見た。


「どういうことだ?」


 問いかけたのは、ベテル様だった。避難していてほしかったのだが、この人の性格では無理だな。

 気づけば、大広間からはすっかり人の姿がなくなっていた。

 いるのは私とオクト、ベテル様と騎士、そしてルルタと兄上様だけだ。リゲル様や王子の妃様たち、招待客は避難できたようだな。良かった。


「ライラ、何をしている。早くこちらへ来なさい」


 兄上様が私を呼んだ。駆けつけたルルタも心配そうにしている。話が違うと言いたげだ。

 ……ごめんな。この展開は、ルルタにすら内緒にしていたことだ。


「あー、もう! 萎えた! 面倒くせぇ。ランタ。説明してやれ!」


 オクトの呼びかけで、空間からゆらりとオレンジ色の鬼火が現れた。なぜかカボチャ頭だ。オクトの使い魔らしいな。コバトよりは可愛い。


「はーい。みなさん、こんばんはー。今の状況を簡単に説明しますねぇ。実は、僕のご主人様は特別な“ジュ”を持っていまーす。まぁ、魔王子はみんなそれぞれ固有の“呪”があるんですけど、それはまた別の話でー」


 この場に似つかわしくないユルい口調で、ランタとかいう使い魔が説明を始めた。


「ご主人様の“呪”は、他者に一対一の決闘を強制するというものでーす。決闘を申し込まれれば拒否はできず、周りも介入もできません。二人の間で決着がつくまで、誰も手出しはできなくなります。ご主人様はこの“呪”を気に入られているようですけど、これ、便利なようで不便なんですよねー。自分でも制御できなくて、こうやって相手から決闘を申し込まれても成立しちゃうんで」


「ふん! 一人で人間の国を相手取るには良い能力だろうが! 強ぇ奴と誰にも邪魔されずに戦えるんだぞ!」


 癇癪を起こしたみたいに、オクトが顔を背けた。子どもか。

 こいつは五十年前の魔王復活時のときの子どもだから、結構いい年齢だと思うんだが。

 ……ああ、でもキュロンという例があった。長寿の種族の精神年齢は人間の基準で測れない。


「その力で勇者タウロと決闘したのか」


 ベテル様の問いにランタが「正解!」と火花を散らした。

 勇者と一対一の決闘が成立したのも、こいつの“呪”のせいだ。誰が好き好んで魔王子と一人で戦うものか。人間の領土ならば魔王子一人、袋叩きにすれば間違いなく勝てるのだから。

 人間側からすると、厄介な“呪”だと思う。今回はそれを利用させてもらったがな。


 しかし、ペラペラと“呪”について話してしまって良かったのか、こいつら。

 可哀想なくらい馬鹿なのか、この場にいる全員を皆殺しにする自信があるのか、どちらだろう。


「決闘を始める前に、決着の方法を決めなくちゃいけませんねー。基本的に申し込まれた側、今回はオクト様が決めるんですけどー、ちょっと無理だなぁっと思ったら、お嬢さんは一回だけ拒否権を行使できまーす。この前の勇者戦は『死んだ方が負け。降参はなし』っていう激ヤバなルールでしたけど、今回はどうしますー?」


 ランタの呑気な言葉に、周囲がどよめく。


「もちろん命を賭けてもらうぜ。オレ様の計画を無茶苦茶にしたからには容赦しねぇ。ぶっ殺してやる。綺麗に死ねると思うなよ、女ァ」


 望むところだ、と言い返そうとしたところでベテル様から待てがかかった。


「先ほど私の名前を出していたな。本当の目的は私と戦うことか」


「あ? それがどうした? この女を片付けたら、次はお前だ。逃げる準備をするなら今のうちだぜ。それか、聖剣を差し出す準備でもしてな」


「逃げ隠れなどするものか。ちゃんと相手をしてやる。だから、ライラの命を奪うな。決着方法は『先に降参した方が負け』だ。その条件ならば、我が王国の聖剣を賭けて戦ってやってもいい。……ライラ、良いな。この国の王子として命じる。さっさと私に代われ」


 ベテル様のちょっと格好いいセリフに、男たちが感動している。

 私を庇うためならば少しはときめいたかもしれないが、自分が戦いたくてうずうずしている様子が見え見えで、私はげんなりした。ルルタに聞いた話では、ベテル様もオクトと戦いたがっていたらしいからな。


 オクトが舌打ちをする。


「はぁ? ……まぁ、それでもいいけどよ。当初の計画通りだしな。じゃあ、先に降参した方が負けだ! オレ様の前で震えずに立っている生意気さに免じて、今回は特別に許してやる!」


 オクト……魔王子の割に話せば分かる奴だな、こいつ。でもやっぱり馬鹿だ。


「分かった」


 私の言葉に兄上様とルルタがほっとしたように息を吐く。


 ……ごめんなさい、兄上様、ルルタ。

 ここでベテル様に美味しいところを譲るわけにはいかない。

 エイプリルの注文オーダーは魔王子オクトを討ち取ることだ。そのチャンスはこの決闘の場だけ。


「だが、私は降参しないぞ。ベテル様が相手をするまでもない。私がお前を倒す」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。