34 警備中
ルルタ視点です。
騎士服を着た俺を見て、第二王子近衛騎士隊隊長が顔をしかめた。
「まったく、前代未聞だぞ。騎士の資格を持たない平民が警備に加わるなど……ベテル様は何を考えていらっしゃるのか」
そう言いつつも、曲がったタイを直してくれたり、見栄えの良い姿勢を教えてくれたり、付きっきりで親切にしてくれた。良い人だ。ツバサの世界でいうところのツンデレってやつか?
そんなんじゃねぇか。俺のことを信頼してないから傍に置いてるだけかな。
「その剣は自前のものか? 随分と質の良い鞘だな」
「ああ、これっすか。これは借り物です」
俺の腰には、見る奴が見れば一目で業物だと分かる剣が下げられている。借り物というよりも預かり物だ。
俺が使うには少々短い剣だが、切れ味は良さそうだし、使い込まれた感じがある。こういう大切なものを預けてもらえると、めちゃくちゃ嬉しい。
ただ、使う場面が来なければいいなとは思う。
騎士服とセットで矛を貸し与えられているから、いざというときは俺はこちらで戦う。つまり、この剣を使うのは俺じゃない。
「くれぐれも客の前で勝手に剣を抜くなよ。場合によっては拘束して刑罰を科す」
「……はい」
貴族が集まる場所で、攻撃の意志を見せたらヤバいことくらい分かっている。
今夜の招待客の中に、俺とユシィが探している人物がいたとしても。
俺はちらりと階下に視線をやった。
俺の持ち場は、舞踏会が行われる大広間の二階部分に位置する通路だ。
普段は観覧席らしいが、今夜の舞踏会では使わないので暗幕で席を隠している。
俺と第二王子付きの騎士数人は招待客が間違って二階に来ないよう、暗幕の前で見張る係をするらしい。ようするに突っ立ってるだけだ。注意書きをしたり、入り口で注意すればいいと思うんだが、それはダサいからダメらしい。
そして隊長はここから大広間全体を監視している。今回一階部分を守るのは第一王子付きの騎士らしく、俺たちはわりと暇だ。
開始の定刻が近づき、客が広間に集まってきた。色とりどりのドレスが華やかだな。目がチカチカする。ユシィがいたらうるさかっただろうな、と俺は苦笑する。
客が増えると楽団が耳心地の良い演奏を始め、優雅な空間が出来上がっていく。
「いいなぁ、僕も客として行きたいよ」
「キャロルちゃん、今夜は誰と踊るんだ……」
「ドゥーベ伯爵が最近羽振りがいいという噂は本当なのだな」
若い騎士たちが客たちを眺めてため息を吐いた。
この人たちも貴族だ。仕事がなければ舞踏会に参加できるのかと尋ねたら、彼らは肩をすくめた。
王族主催の舞踏会に参加するためには、暗黙の了解で多額の寄付金が必要らしい。払わずに参加しようものなら、向こう数年は爪はじきに遭う。
王国の役に立っているという自負がない限り、この場に足を踏み入れることもできないってことか。
……すげぇ世界だな。
ライラはこの世界の住人なんだ。ちょっと焦っちまうぜ。
「で、ルルタくんの想い人はどこだい?」
「シェリアーク大公のご令嬢だろう? とんでもない方に懸想したものだ」
「確かに可憐なお嬢様だとは思うよ。悪い噂しか聞かないけど」
ここ数日で仲良くなった騎士たちが、興味津々な様子でライラを探している。
田舎の平民が上級貴族の娘に惚れて付きまとっていると知ったら、普通は馬鹿にしたり怒ったりしそうなものだが、彼らは身分差に関してはあまり気にしないようだった。
相手がライラだからだ。ライラは貴族たちの間では、シェリアークの血を引きながら、女勇者を目指す変人として有名だ。悪い意味でな。
自分たちの主であるベテル王子の側室になるくらいなら、俺と駆け落ちしてくれた方がいいみたいなことを言われた。ちょっと腹が立った。
学院でも、社交界でも、どうしてライラはこんなに嫌われてるんだろう。あんなに可愛くていい子なのに。
ベガトリアスのことで気に障るのは理解できるけど、気にしすぎじゃねぇか。俺が田舎者だからそう思うだけなのか?
俺が警備手伝いを志願したのは、もちろんオクト襲撃に備えるためだ。でもそれを正直にベテル様に告げるができなくて、結局ライラのドレス姿を一目見たいからという理由でお願いした。
そんな理由でここにいることを許してくれるベテル王子は寛大だ。面白がっているんだろうな。その王子は奥さんを伴って既に広間で談笑している。ただでさえオーラがあって目立つのに、礼服に身を包んだ王子はさらに目を惹く。
ふと視線をずらすと、ツバサやキュロンの姿もあった。大人気だな。女性に囲まれてあたふたしたツバサと、ツバサの肩でまったりと寛ぐキュロン。
二人とも俺に気づいて小さく手を振ってくれたが、すぐに人の群れに囲まれて見えなくなった。ちょっと寂しい。
……早くライラを見たいぜ。
本当は浮かれてる場合じゃないのは分かってるが、美しく着飾ったライラは、さぞ――。
ざわり、と人がどよめいたのを最後に、広間から音が消えた。
気圧されたように貴族たちが道を空ける。
「…………」
鮮烈だった。
その男女の登場は、広間の空気を一瞬で塗り替えてしまった。
心臓がバクバクと音を立て、全身が凍りついたように動かない。
我に返ったように大広間に音が戻る。
「ああっ、オルフェウス様……! なんて麗しいのかしら」
「あれは、ライラ様か? あの姿はまるで、プラチナの妖精だ」
「勇者を目指す恥知らずと聞いていたが」
「素敵……アルキュオン様によく似ていらっしゃるわ」
誰も彼もがライラとその兄に見惚れている。
俺もそうだ。学院とは全然雰囲気が違う。別世界のお姫様だ。
精巧に整った人形のような顔立ち、豊かに波打つプラチナブロンドの髪、不思議な光沢のピンクのドレス。
神秘的だ。
触れるところか手を伸ばすことすらできそうにない。遥か高みにいるような、そんな感じ。
一分の隙もなく、ライラは美しい兄にエスコートされて歩いていく。
その表情は固く、眼光は鋭い。綺麗だけど、少し恐ろしくもある。あの二人の周りだけ真冬みたいに冷たい空気が流れているような……。
ライラは兄貴に溺愛されていると聞いていたが、俺には二人が仲良さそうには見えなかった。ただ、同じ血を持つことだけは分かる。
高貴で、冷たくて、美しい。
改めて痛感した。
俺とライラは、あまりにも――。
「…………」
俺の心の翳りに気づいたようなタイミングで、ライラが振り返った。
目が合う。
瞬間、ふわりと彼女が微笑んだ。
ほんの一瞬、幻かと思うかのような劇的な変化。それに気づいた者は息をのみ、あるいは頬を染める。
俺もその一人だ。花が舞って柔らかい光が降り注ぐ、そんな春の楽園が見えた。
やべーな。俺、足が震えてる。
「もしかして今、ルルタくんを見て微笑まれたのか?」
「……これは惚れる。可愛いな。ちょっとくらい性格が問題があっても気にならない」
「でも、大丈夫か? 我らが王子も興味を持ったようだぞ」
はっとして王子を見ると、にやにやと腹黒そうな笑みを浮かべていた。隣にいるお妃様がすげー怖い笑顔で、王子の足をヒールで踏んだ。痴話喧嘩が始まる。一安心だ。
キュロンはキュロンで、尻尾をぶんぶん振ってライラの元に飛んでいこうとしていた。それをツバサが必死に止めている。ナイス。
他にも中年のおっさんたちが懐かしそうにライラを見ていた。ライラは母親にそっくりらしいから、若かりしの日のことを思い出しているのかもな。義理の娘に、とか考え出さなきゃいいけど。
俺はものすごく焦っていた。
ライラが嫌われているのも納得いかないが、みんなが彼女の魅力に気づいちまうのも困る。これ以上ライバルが増えたらたまらない。
そう言えば、と俺は広間をくまなく見まわす。
……いた。
もう一人、ライラの婚約者候補に名が挙がっていた少年、ヒュドロ・フォーマルハウト。ユリウス先生の甥っ子だ。顔は分かる。
彼までライラに見惚れていたらどうしようかと思ったが、俺の予想は嫌な方向に裏切られた。
背筋に寒気が走った。
ヒュドロは憎悪に満ちた目でライラを見ていた。
そこまで仲が悪いという印象はなかったが、変に勘ぐっちまうな。学院ではライラばかりが目立って、同じ三大大公家の彼はあまり評価されていない。男として、劣等感があるのかもしれない。
思い返せば、同じ教室にいても二人はまるでお互いの存在がないかのように振る舞っている。
何か確執があるのか?
うーん、ちょっと注意が必要かもな。王子やキュロンとは別の意味で、俺の敵になりそうな予感。
しばらくして第一王子のリゲル様がお妃様と一緒に登場し、舞踏会が始まった。
今夜は国王夫妻は参加されないらしい。
一曲目が始まった。




