33 舞踏会へ
ルルタがベテル様の元に通うようになって五日。
すっかり笑顔が消えた。ヒトのことは言えないが、顔色も悪い。
「……地の属性は土台が大切。豊穣のシンボルに水、慈愛の印で蓋をして太陽のーー」
気づくとぶつぶつと魔法に関する公式を呟いている。剣を習いに行ったんじゃなかったのか?
キュロンが女子にお菓子をもらっているのを遠目に、私は傍らの少年を見上げた。
私の視線に気づくと、ルルタはにこっと笑みを浮かべる。
「大丈夫だぜ、ライラ。俺が好きでやってるんだからな!」
うぅ、すまないな、苦労をかけて。
あと疲れた笑顔にちょっぴりきゅんとしてしまったことも謝ろう。
「それで、肝心の日付は分かったのか?」
「…………」
「ここまできて、内緒はナシだろ?」
「だが、やっぱりルルタを巻き込むわけには……」
「巻き込んでくれた方が俺は嬉しい。逆の立場だったら、ライラだってそうじゃねぇのか?」
どうだろう。私は考えてみた。
例えばルルタが悪魔に憑依されていて、魔王子の首を獲って来いと脅され……ってそんな突飛な想像できるか!
私はため息を吐いた。もっとマイルドな状況を考えろ。
もしもルルタが私に何か隠し事をしていて、一人っきりで戦いに臨むと知ったら。
ああ、嫌だな。すごく嫌だ。
心配でたまらない。どうして教えてくれないんだと恨み言を零したかもしれない。それくらい、心がもやもやする。
だけど、もしもルルタに「助けてくれ」と頼られたら……。
嬉しくて何でもできるような気になるに違いない。
「……分かった。ルルタにだけ伝える」
予想通りの眩しい笑顔を見せ、ルルタが頷く。
心強いな。
守りたい、この笑顔。この幸せな時間。
私は緩みそうになる頬を引き締め、自分に言い聞かせるように告げた。
「オクトがアウリオンを襲う日は……早くて二日後、遅くとも五日以内だそうだ」
エイプリルによる洗脳は完了した。オクトは今、うっきうきでアウリオンを襲撃する計画を立てているらしい。もう興奮で眠らなさそうなので、細かい日付までは誘導できないという。
最悪な報せばかり寄越す悪魔だな。もう少し私の都合も考えてくれ。
「二日後の夜、城で何が行われるか知っているか?」
「知らねぇ。なんかあるのか? そういや、なんか城の方がバタバタしてる気はしてたけど」
「ちょうど、三か月に一度の王族主催の舞踏会が開催される夜だ」
もしもオクトがその情報を掴んでいたら、来るかもしれない。派手好きな馬鹿らしいからな。
まさに招かれざる客だ。
今回の主催はリゲル様だ。表向きは仲が悪くないようだし、ベテル様も出席なさるだろう。
何より次期国王となるリゲル様の覚えを良くしようと、貴族たちがこぞって参加する。
そこに魔王子が現れて見ろ。大パニックだ。本当に最悪。舞踏会のために警備が厳重になるのは良いが、客を守ろうとした騎士たちの犠牲者が増えかねないし……。
「舞踏会、舞踏会か……縁がなさ過ぎて全然想像できねぇ。ライラは行くのか?」
「兄上様に連れて行ってもらえるように頼むつもりだ。義姉上が不在だから、大丈夫だと思う」
あの魔女に感謝する日が来るとはな。ふん。
いや、感謝なんかするもんか。兄上様を放ってフラフラしている女のことなんか知らない。
「その日ばかりは剣の稽古もないだろう。警備のレベルが上がって、ルルタはきっと城に入れない。だから――」
「分かった。ダメもとで王子に頼んでみるぜ。雑用でもなんでもやる。絶対にライラを一人で戦わせたりしないからな!」
翌日、ルルタは見事、警備手伝いの座をもぎ取ってきた。
なんでもベテル様の近衛騎士とだいぶ打ち解けてきたらしい。
あれかな。ベテル様のシゴキはきついと聞く。ルルタの何度も立ち向かってボコられる姿に憐れみを覚えて……ではなく、根性を見出し、いろいろ気にかけてくれるようになったのだろう、きっと。
相変わらず人たらしだな。こいつは。
でも、ルルタが当日そばに居てくれることが嬉しい。
格好悪いところは見せられない。絶対にオクトを討ち倒す。
舞踏会には、キュロンとツバサくんも招待されていた。ツバサくんを危険に巻き込むのは心配だが、キュロンがそばに居れば大丈夫だろう。キュロンにはもしもオクトが来たらツバサくんを含む他の招待客を守るように頼んだ。
「心配性だなー、ライラは。来ないよー!」
キュロンの呑気さが羨ましい。
大変だったのはユシィの説得だ。
「わたしも連れていきなさいよ。ずるいわ。約束はどうなったのー!?」
城での舞踏会というワードにユシィが食いつかないはずもなかった。
怪我人が出るかもしれないのでユシィには来てほしい気もするが、下手に目立つとオクトの気を惹く恐れがあるし、キュロンがユシィだけ守らないという可能性もある。ルルタもユシィを王城に近づけるのには反対した。
「何よ、わたしだけ仲間外れにする気ー? いい度胸じゃない」
「シェリアーク家のパーティーにはちゃんと呼ぶから」
「嫌よ。お城に連れて行ってくれなきゃ、もう特別演習も何も協力しないんだから」
「……ユシィ、今回だけは勘弁してくれ」
「は? そんなの――」
「舞踏会デビューは一度だけなんだぞ。みすぼらしいドレスでいいのか? 今度、お前が世界一美しく見えるドレスを仕立ててプレゼントしてやる。だから我慢しろ」
じっと見つめるとユシィがたじろぎ、やがて「……絶対よ」と目を逸らした。勝った!
ルルタが生温かい目で私たちを見ているのが気になったがな。
当日、私は悟ったような顔で鏡の前に座った。
ミミィが過去最高に目を輝かせ、丹念に私を飾り付けていく。苦行。
じっとしているくらいなら、仮想オクトと戦っていた方がいい。体がむずむずする。
「お嬢様が舞踏会に興味を持って下さるなんて……感無量ですわ! オルフェウス様もいつになくご機嫌でしたわ!」
「ああ、そうか。うん、楽しみダナー」
舞踏会には年に一回、兄上様とのお約束事のためにイヤイヤ参加していただけ。自ら行きたいと言ったのは初めてだ。
「それにこのドレス……はぁ、眼福ですわ。夢を見ているようです。アルキュオン様もお喜びでしょう」
今にも裾に頬ずりしそうなミミィにドン引きしつつも、私は袖を通したドレスを眺めた。
妖精のドレス――母上様が若かりし頃に着ていたという薄紅色のプリンセスドレスだ。生地からほのかに感じる魔力の残滓に、私は奥歯を噛みしめた。
大切な形見をこのような形で身に纏うことを、許してほしい。
今夜は特別な日。普通のドレスでは、戦えないから。
ドレスアップした私を見て、兄上様が目を細めた。
ああ、メイドがよろけて高価な花瓶が割れたぞ。あの子は向こう三年タダ働きだな。
「……リゲル様に怒られてしまうかもしれないな。今夜の主役をライラが奪ってしまう」
「お戯れを、兄上様」
兄上様の方がずっと美しくて、目立つと思う。今夜も令嬢たちの視線を独り占めするに違いない。
エスコートされ、馬車に乗り込む。
御者台にはリュカットの姿もあった。従者は控室で待つことになっているので大丈夫だと思うが……。
たくさんの馬車が城に吸い込まれていく。
さぁ、行こう。
決戦の場へ。
聖剣もこの国も、王子も客も警備兵も、何一つ誰一人傷つけさせてなるものか。




