32 ルルタ、王子を訪ねる
※ルルタ視点です。
俺の手から剣が落ちて転がる。
「……参りました」
王都に来てから二回目の敗北。
一回目とは違い、心にもやもやが溜まった。
負けが決定した途端、俺はめちゃくちゃ後悔した。
……ライラの前で、この人に負けたくなかった。
今どんな顔してるかな。この前大見得切っちまったのに、人間相手に負けちまったからがっかりされたかもしれない。
珍しく、今はライラを見たくない。代わりに対戦相手を見る。
地位も権力も風格もある上に男前だなんて、王子ってやつは普通の人間じゃねぇな。俺が唯一誇れる強さでさえ勝負にならないのなら、もう笑うしかねぇや。
ベテル王子はライラの婚約者候補。
つまり俺はこの人くらいの男にならなきゃ、ライラを迎えに行けないってことだ。
高いな。壁が。
でも、仕方ない。
ほとんどの奴は気づいてないけど、ライラは本当にすごい女の子なんだ。
世界でたった一人、奇跡のように強くて可愛い。俺の好みのど真ん中だ。
そりゃ手に入れるのは大変だよな! それだけライラは希少価値の高い女ってことだ。
好きな子のことを考えていたら、気分が持ち直してきた。よし、切り替えよう。
俺は王子に頭を下げた。戦場に出たこともない、ライラのように特殊な訓練を受けたわけでもない。にもかかわらずこの強さ。素直に尊敬する。
「誇るがいい。お前は私が十六のときよりも強い。末恐ろしいな」
ベテル王子からそう声をかけてもらえた。
あんまり喋るなって言われたけど、ここで無言なのもまずいよな。
上手く敬語で話せるか?
「あー……年齢は関係ない、です。次は、負けません」
王子が小さく噴き出した。
「一太刀入れるどころか、勝ちを狙っていたか。まぁ、そうだな。ダメージ軽減があっても、骨が折れそうな一撃だった。しかし太刀筋が単純すぎる。……もしや、剣は不得手か?」
「負け惜しみに聞こえるかもしれねぇっすけど、槍や矛だったらもう少しいい勝負ができた……と思います」
「そうか。それは残念だったな。そうかそうか」
ベテル王子は機嫌良くうんうんと頷いた。一太刀を入れられなかったけど、気に入られたか?
王子の側にいられれば、オクトが襲撃してきたときに役に立てるかもしれねぇ。少しでも、ライラの心の負担を減らせるなら……。
「ルルタ。お前、勇者にならないか?」
「ん?」
「顔を見れば分かる。元より私の騎士になる気はなかっただろう。ならば、世界を守る者になれ。なに、一度、聖剣に手を触れるだけでいい。資質を試すだけだ」
いきなり何を言い出すんだよ。
もしかして、あれか。王子の権限で勇者選定の儀を受けさせてくれるってことか?
試すだけなら、と少し心惹かれたが、俺は首を横に振った。王子直々の誘いを断る奴なんていねぇだろうな。ちょっと笑える。
「いや、いいっす。俺は勇者になりたいわけじゃないんで」
案の定、少しベテル王子は気分を害したようだ。
でも、怖くない。俺が本当に嫌われたくないのはライラだけだ。
「では、何を目指している」
「俺は、勇者を守れる男を目指しています。一緒に魔王を倒せるように」
絶対にライラは渡さねぇ。そんな気持ちを込めて、俺は王子の目を見返した。喧嘩を売ってると取られてもおかしくないが、実際俺は挑戦者だ。意気込みだけは負けない。
王子は虚を突かれたように眉を動かし、ちらりと壁際に目を向けた。釣られて俺も同じ方向を見る。
ライラが、心配そうにこちらを見ていた。
「なるほどな。……愚か過ぎる。だが、面白い。なかなか良い趣味をしている」
にやりと口元を緩める王子。怒ってはなさそうだな。
近づいてきた騎士の一人に命じ、王子は俺に小さな徽章を渡した。城へ入るのに必要なものだと説明された。
「明日の放課後から城に来い。剣の稽古をつけてやる」
「……いいんすか?」
いろんな意味で。
騎士たちが何か言いたげにしているが、今度は王子を止めようとしない。代わりに俺に同情的な視線を寄越す。
「ああ。鍛練の相手を探していたところだ。私を挑発した以上、簡単に音を上げるなよ」
あ、これはボコられるな。まぁ、そうだよな。王子自ら平民を城に招く理由なんて、そんなもんだろ。
骨を折られる覚悟をしておくか。
翌日の放課後から俺は城へ向かった。
ユシィを撒くのが大変だったぜ。無茶な頼まれごとをされる気がしたので、必死で逃げた。こういう勘は当たるんだ。
ライラからは「頼んだぞ、ルルタ」と言われたので、俺はとても燃えている。今日もまた顔色が悪く、目が充血していた。エイプリルとかいうふざけた悪魔は絶対に許さねぇ。
城と言っても、俺が向かった先は城門の中にある騎士の訓練場だ。
床に騎士たちが倒れ伏している。まるで屍のようだが、みんなかろうじて生きている。
「これは……面白い小僧を連れてきましたのう」
「だろう?」
訓練場の奥に行くと、軽く汗を拭っている王子と、ただ者ではなさそうな小柄なじいさんがいた。
じいさんは王子の師匠で、メテメテというらしい。変わった名前だな。
聞けば、ベテル王子の母親は南の国の出身で、このじいさんはその護衛を務めていたという。今は引退して王子や若い騎士たちに気ままに剣を教えているようだ。
メテじいさんは俺の全身を眺め、目を細めた。
「こんなに気に恵まれた人間を見たのは久々じゃ。ベテル様に潰されぬようにな」
「人聞きの悪いことを言うな。よし、ルルタ。剣を持て」
渡されたのは訓練用の木剣だが、今回はダメージ軽減魔法はかかってない。
マジで骨折くらいはしそうだな。
「…………」
でも、そっちの方がいい。
命の危険があった方が、修練に身が入るってもんだ。
「ふん。昨日よりもいい試合ができそうだな」
王子がにやりと笑った。多分俺も今、同じ顔をしている。
それからひらすら王子と模擬試合を続けた。
気づいたら、床に転がっていた。あんまり記憶にないが、一撃が入ったわけじゃなくて、吹き飛ばされてそのまま起き上がれなくなった気がする。腕が痛ぇ。全身が疲れて力が入らない。
ちなみに他の騎士たちは俺たちの試合を青ざめた顔で眺めた後、そそくさと訓練場を出て行った。一時間以上前の話だ。
「……本当に、大したものだ。平民風情が、私に魔力を使わせるとは」
ベテル王子は壁際の椅子に腰かけ、呼吸を整えている。くそ、誉められても嬉しくねぇ。また負けた。
……でも、昨日よりは楽しかった。ベテル王子は俺に剣技をたくさん見せてくれた。
思い返せば、俺は魔物とばかり戦ってきた。人間の磨き上げられた技術を目の当たりにするのは気持ちが良い。入学の儀のときのライラの剣技にも目を見張ったが、ベテル王子もすげぇわ。
足運び、二撃目へのつなぎ、体の重心移動、打ち合っているだけでいろいろと学べそうだ。
「鬼のような戦いっぷりだったぞ、ルルタとやら。実に惜しい。本当に、勇者になる気はないのかのう?」
俺に水を与えた後、メテじいさんが問いかけてきた。俺は黙って頷く。
すかさず王子が鼻で笑った。
「惚れた女が勇者を目指しているから譲ろうなど、愚かな奴だ。普通は止めるだろう。ライラが歩もうとしているのは、全てを敵に回す荊の道だぞ」
俺の気持ち、バレてるな。そりゃそうか。
「だからこそ、俺だけは味方になる。ライラは誰よりも努力してるんだ。自分の力で夢を叶えるべきだ……です」
「その下手な敬語はもうよい。聞き苦しい」
俺はなんとか体を起こす。王子は呆れ顔で腕を組み、実に自然な動作で俺を見下した。
「ルルタよ、お前の望みはいいのか。ライラと結ばれるためには最低限貴族位が必要だぞ。その上、あの妹のことでしか笑わないと噂のオルフェウス・シェリアークに認めさせねばならん。勇者になって求婚するのが、一番可能性があると思うがな」
そうなんだよな。
平民の俺が一気に成り上がるには、正直に言って勇者以外に思いつかねぇ。
魔王を倒すのを手伝えばちょっとくらい報奨があるんじゃねぇか、と期待しているけど、どうなんだろうな?
「王子が……ベテル様が、ライラを側室にするという話はどれくらい本気っすか?」
「ほう、知っていたか」
あ。これ確か口外するなって言われていた気がする。悪い、ライラ。
王子は意地悪な笑みを浮かべた。
「そうだな。あの娘はなかなか面白い。今は子どもにしか見えぬが、そのうち美しく成長するだろう。あれの母親には私も見惚れたことがある。つまらん男にもらわれるくらいなら、と欲しくなってしまうかもしれん」
「…………」
「だが、あまり現実的ではないな。オルフェウスが邪魔するだろう。リゲルの派閥の他の連中も黙っていまい。まどろっこしい話だ。私としては、あの娘には強い男に嫁いでほしいのだがな。そうすれば、勇者になり得る子が産まれるかもしれぬのに」
えっと?
どういうことだろ。
ベテル王子がライラを側室にしようとしたのは、王位継承争いのためじゃないのか?
「この国には勇者が必要だ。お前もアポロ戦線で戦ったのなら分かるだろう。勇者が聖剣を振るっていれば、あのような被害は出なかった」
「!」
王子は言う。
アウリオンの勇者が不在となって二十年。
国力が徐々に低下している。オーガスト軍に狙われたのもそのせいだろう、と。
この王国は今、切実に勇者を欲しているのだ。
「アルデバランのなまくらが! 私を勇者に選べば良いものを!」
王子は悔しげに己の拳を握りしめ、壁に叩きつけた。
ライラに聞いた話では、ベテル王子は何度か勇者選定の儀を受けたことがあるという。
『きみじゃない』
『もっと他にふさわしい者が――』
『ただ強いだけではダメなんだ』
『だからきみじゃないってば』
剣の精は珍しく対話に応じたが、頑なに王子を主とは認めなかった。
「いっそ話題の魔王子オクトが、アルデバランを狙ってくればいい。奴を討ち取って、私の力を見せつけてやる。私に守られたことで、アルデバランが考えを改めるかもしれぬしな!」
「不謹慎ですぞ、ベテル様。本当に攻めてきたらどうするんじゃ」
「ふん。勇者に関することでは、この王国は他国の嘲笑の的だ。良い機会ではないか。オクトを打ち取って名誉を回復してやりたい。どうにかしておびき出せぬものか」
どうしよう。この場面で「本当にあんたが狙われますよ」とは言いづらいぞ。
「あー……オクトに勝つ自信があるんすか?」
「無論だ。聖剣が役に立たずとも、学院で開発された準聖剣がある。人間の領土での戦いならば、負ける気はしない」
不敵に笑う王子に、俺は力強く頷く。
大丈夫……かな。この人からは死の匂いがしない。つーか、死にそうにねぇわ。
「話が逸れたな。それよりも、お前とライラのことだ。私としては強い者同士が結ばれ、強い子が生まれるのは歓迎すべきこと。特別にお前の恋が成就するよう、取り計らってやってもいいぞ。面白いしな」
「……え。ま、マジで?」
王子が味方になってくれたら、百人力じゃねぇか! ライバルが減るし!
「お前の学院での成績を見たが、魔力の量と質でいえば、十分釣り合いは取れている。問題は魔法と教養だ!」
ずばっと指摘され、俺は息を詰まらせる。
「私の後押しが欲しければ、貴公子たれ」
……どうやら剣だけではなく、いろいろなことを学ばされることになりそうだ。




