31 ルルタvsベテル王子
隣の部屋で待っていたルルタを呼び出すのは簡単だった。
本当はこの二人を引き合わせたくはない。しかし王子自ら望まれた以上、隠すことはできなかった。
「…………」
じっと、ベテル様がルルタを値踏みする。
落ち着かない。
ユシィとは違い、王子の前に出すつもりのなかった彼には、何も礼儀作法を教えていない。あまり喋るなとは伝えたが、果たして……。
周りはこれでもかというほど緊張しているというのに、当の本人はけろりとして王子の前に立っている。
本来ならば跪くべきなんだが、王子たちが咎めないので私も口を出せない。うぅ、胃が痛い。
やがて、ベテル様が口元を緩めた。
「ふん、面構えもいいな。物怖じもしていないようだ。気に入った。名乗れ」
「ルルタ・アルシャイン、です」
「そうか、ルルタ。私と手合せしてみないか? もしも一太刀でも入れられれば、私の近衛騎士に推挙してやるぞ。父に進言し、準貴族の位を与えてもらおう」
冗談じゃなかったのか。サロン内の空気が変わった。
王族にまで気に入られるとは、ルルタ恐るべし。
「殿下、お戯れが過ぎます。彼は平民なのですよ」
「そうです。騎士は強さだけで務まる仕事ではありません」
さすがに王子の護衛、近衛騎士たちが声を上げた。
その地位につけるのは、貴族の中でも一握りの実力者のみ。王族の護衛を務める騎士は知性や品格、王族への絶対的な忠誠心などが求められる。
平民が騎士になった例もなくはないが、先人は苦難の人生を歩んだという。平民が武で名を上げるなら、騎士よりも軍人を目指すのが一般的だ。
「…………」
私も騎士たちの意見に賛成だ。
騎士服を身に纏った超絶格好いいルルタを見てみたい気はするが、形式を重んじるような職務は似合わないと思う。
ルルタは伸び伸び戦う姿が、その……一番格好いいんだ!
というか、ベテル様に頭を下げる姿も、ベテル様のために戦う姿も見たくない。我がままだろうか。束縛の強い女だと思われるかもしれない。
平民からの出世という意味ではこれ以上望めないほどの地位だから、応援すべきなのかもしれないが……。
「うるさいぞ。護衛対象に劣る剣の腕で騎士を語るな。お前ら、ライラよりも弱いくらいではないか?」
おい王子、こちらに矛先を向けるな!
女学生と比べられたことで、騎士たちの顔が屈辱で赤く染まってるじゃないか。
……正直、一対一でなら勝つ自信はあるけどな。
なぜなら彼らは基本的に集団での戦闘、特に主に危害が及ばないような守りの戦い方に特化した存在だからな。制約が多いのだ。
私のように攻撃魔法をぶっ放したり、周囲を気にせず全力で剣を振り回したり、大型魔物相手の立ち回りに慣れている相手とまともに戦うのは不利だろう。相性の問題だ。
「ベテル、単純な強さでは騎士の質は決まらない。主のために、命を懸けて盾になるのが彼らの仕事だ。剣の腕よりも重要なのは滅私の精神。そこの彼やライラと比べてはいけないよ」
リゲル様が助け舟を出したかのように見せかけて、ものすごく恐ろしいことを言った。傍らにいたユシィもぎょっとしている。
……悪かったな、我が強くて。
「そんなことは分かっている。ただ、型通りの騎士ばかりではつまらぬではないか。とにかく、一度勝負しろ。話はそれからだ」
結局、ベテル様に強引に話を進められてしまった。
終始ルルタは何かを考え込んでおり、私の助言通り余計なことは一言も話さなかった。
急遽学院の訓練場の一室を借り、ベテル様とルルタが相対する。
しまったな。こんな展開になるとは。これではオクト襲撃のことをベテル様に伝えられないじゃないか!
ここはルルタに期待するしかないが、何も打ち合わせをしていない。
ちなみにリゲル様一行は先に城に戻られた。
去り際に「もし今後、僕の方に何か望むことがあるのなら、謁見の申し込みをしてくれれば話を聞いてあげる。オルフェに聞かれたくない話でも、ね」と耳打ちされた。
……いろいろと見透かされている。大変な無礼を働いてしまった。今度、キュロンに謝罪の手紙を持たせようか。いや、藪蛇になりそうだな。私は兄上様と同様にリゲル様派だということだけは伝えよう。そうしよう。敵に回したくない。
「どうやら怪我の心配はなくなった。遠慮などせず、本気で来い。入学の儀のときの戦いぶりを見せてみよ」
騎士たちが必死に進言したことで、ダメージ軽減の魔法がかかった木剣での試合となった。ベテル様は不服そうだったが、「学生に怪我をさせる気か」との言葉に渋々引き下がったのだ。
とは言われても、自国の王子相手に本気で戦えるわけがないだろう。貴族はもちろん、平民だって王家への畏敬の念はあるものだろうし。
そもそもだ。ルルタは強いが、剣での勝負ならベテル様には勝てない。一太刀入れるだけなら可能性あるものの、ますます気に入られて本当に近衛騎士に、などという展開はルルタも望んでいないはず。
呆気なくルルタの敗北で勝負は終わるだろう、と思いつつも、私は嫌な予感に震えた。
ルルタが今まで、私の予想通りの行動をとったことがあったか。いや、ない。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
開始の合図とともに、ルルタが強く踏み込んだ。
乾いた木がぶつかる音が響く。
「っ!」
やっぱりか! ルルタは本気で剣を振るっている!
いつものように楽しそうではないものの、手を抜いている様子は一切ない。一太刀どころか、勝つつもりの動きをしている。
一方、ベテル様の方は非常に楽しそうだった。しかもまだまだ余裕がある。的確な動きでルルタの剣をいなしている。
「ルルタったら、もしかして嫉妬してたのかしら? あの王子様って、ライラちゃんの婚約者候補なんでしょー? そりゃ負けたくないわよね」
ユシィが呆れ顔で言う。
私は動揺しつつも、ルルタの戦いに釘付けになった。
ルルタがベテル様と本気で戦っているのは、私と政略結婚する可能性のある相手だから?
まさか、そんな……でも、嬉しい。
一瞬で思考が桃色に染まったが、のぼせていられたのは数秒だけだった。
ルルタが身を翻してベテル様を誘い込み、カウンターを狙った瞬間――。
「……参りました」
ルルタの剣が床を滑るように転がる。
いつの間にかベテル様の剣の切っ先がルルタの首筋に当てられた。なんて鋭い一撃。あの体勢からよくあれだけの速さを出せるものだ。
騎士たちがほっとしたような顔で、ベテル様へ熱い拍手喝采を送る。
負けてしまったか。頭の中ではこれで良かったと思いつつも、心は残念がっていた。
勝手だが、本音を言えば、私以外には負けてほしくなかった。
ベテル様が話しかけ、ルルタがいつものようににこやかに答えている。何を話しているのか分からない。だが、悪い空気ではなさそうだな。二人揃ってちらりと私に視線を寄越したのが気になるが……。
ベテル様たちが満足げな表情で城に戻った後、ルルタもまた燦々と輝く笑顔で告げた。
「俺、これから放課後にベテル王子に剣の指導をしてもらうことになった。オクトが攻めてくることも、それとなく伝えてくるぜ」
なんとルルタはベテル様の剣の弟子になった。
そして、今回の接待の目的も達成してみせた。
何がどうなったらそんな展開になるんだ!?
「騎士になんてなりたくなかったけど、とりあえず気に入られれば王子の側にいられるだろ? それならオクトが襲ってきても最悪俺が前に出て戦える。そう思って本気でいったんだけどな」
そうだったのか……。
ルルタ、すまない。私よりも今回の目的をきっちり遂行してくれた。
浮かれてしまった自分が恥ずかしくなる。
「でもあの王子なら、魔王子が相手だろうとそう簡単にはやられないだろうぜ。すっげぇ強いわ。最後の一撃、見えなかった。あの技をモノにしてくる!」
「そうか……」
結局、ベテル様の身を案じるのは余計なお世話かもしれないな。今の私やルルタよりもずっとお強いのだから。
「それに、もう一つ頑張る理由ができたからな。へへ」
ルルタはいつになくご機嫌だった。意味が分からない。一体、ベテル様とどういう言葉を交わしたのか。
しかし、私も頑張らねば。
今夜もまた、仮想オクトと殺し合いだ。




