30 二人の王子
忘れていた。
キュロンも一応国賓クラスの扱いを受けているんだった。しかもツバサくんよりずっと長く王国に滞在している。王子と親交があってもおかしくない。
……この幼なじみ、思ったよりも顔が広いんだな。知らなかった。
「リゲルにはお菓子をもらう。ベテルにはタテガミのブラッシングをしてもらう。ボクのお気に入りの散歩コースだよ! リッチな気分になれる!」
「様をつけろ……!」
野良猫気分で城をうろついていたのか、こいつ!
私が戦々恐々としていると、二人の青年が笑みを漏らした。
「構わないよ。キュロンは友人だから」
「ああ。他種族に従属を強制するつもりはない」
眩しく力強いオーラに目がチカチカする。
この国の第一王子リゲルディア・レーナ・アウリオン様。
そして第二王子のベテルギア・サーフェン・アウリオン様。
どうして私のような社交界のつまはじき者が、二人の王子の接待をしているのだろう。こんなはずではなかったと叫びたい。
思っていた以上に大事になってしまい、先ほどから冷や汗が止まらなくなっていた。これは兄上様の耳に入ったら説教コース待ったなしだ。リュカットよ、頼むから黙っていてくれ。
ベテル様がキュロンの頬を軽く指でつついた。
「しかし、私と遊んでいることは内緒だと言ったのだがな」
「そうだよ。僕らと仲が良いと分かると、キュロンに迷惑がかかってしまうんだ」
「あ、そうだったっけ。ごめんねー。事情があったの。のっぴきならないやつ」
王子相手に軽いノリで謝罪をするな。
もう声を出して突っ込む元気もない。
私たちは今、いつかユシィに会いに訪れた学院の高級サロンにいる。
あの食堂での作戦会議から三日後、キュロンの呼び掛けにより二人の王子殿下が王立学院を視察しにやってきた。やってきてしまった。
毎年一度、それぞれが別々に学院を訪問する習わしになっていたが、二人同時、しかもこんな急な来訪は初めてのことらしい。
学院の大人たちがあわあわしていた。申し訳ない。
どうしてこの急な視察が成立したかと言えば、オクトの襲撃に備え、未来有望な若者を鼓舞する、あるいは不安を払拭するという大義名分があったから。
効果は絶大だった。
生徒たち、特に王子の姿を初めて見る下級貴族や平民の生徒たちは大興奮。声をかけられた者に至っては、感涙していた。
「君たちの活躍に、僕はとても期待している。頑張ってね」
「せいぜい私やリゲルの役に立て」
ほんの数か月違いで生まれた、同い年の二十二歳。しかし、いつも思うが似ていないな。
儚げな雰囲気で線の細いリゲル殿下と、凛々しく逞しいベテル殿下は、並ぶと対照的だった。髪色も白と黒だし。
ちょっと前まで王位継承争いをしていたのでさぞピリピリしているのかと思えば、この腹違いの兄弟はそれほど仲は悪くない。二人一緒に行動する姿が実に自然だ。見た目は似ていないが、ちゃんと家族という感じがする。
お互い思うことはあるのだろう。周囲に気取らせない辺りはさすが王族。顔を使い分けている。私も見習わなければな。
そして今、視察と学院長との会談を終えた王子たちを、最後に生徒代表がもてなす。王子たちの指名もあり、今年の入学の儀の勇者役である私が代表だ。
教師からも生徒からも心配の声が上がったそうだが、黙殺させてもらった。
泣き言ばかり言っていられない。接待は苦手だが、今日ばかりは頑張るぞ!
タイミングを見計らい、ベテル様にオクト襲撃に関する情報を伝えるのだ。あれから夢の中でエイプリルからいろいろと情報を得た。もうあまり時間がない。
サロンには私とキュロンの他、壁際にはリュカットと王子の護衛が控えている。
護衛たちにはあまり聞かせたくないな。怒られそうだから。
「お待たせいたしました。どうぞ」
お茶を出す役はユシィに任せた。本人の強い希望だ。ちなみに毒味は王子たちの護衛にしてもらった。
さすがに緊張しているかと思いきや、ユシィはいつも通り、いや、いつも以上に美しく微笑んで見せた。うちのリュカットは立っているだけで死にそうな顔をしているというのに、大したものだ。
さては、王子を射止めにきたか。二人とも既婚者だし、美女には免疫があるだろう。引っかかるとは思えないが……。
「ほう、良い女だな」
ベテル様がユシィの全身を眺め、目を細めた。はぁ、ドン引き。
「えー、ベテル趣味悪い。こいつは天使の手先だよ?」
「ん? ああ、この娘は“天使の愛弟子”か。もしやアポロ戦線で活躍したという噂の?」
ユシィが私に強いアイコンタクトを送ってきた。紹介しろという目力が強い。
「彼女はユシィ・シャウラ。ご明察の通り、先のアポロ戦線で多くの戦士の命を救った少女です」
「……そうか、ご苦労だったな」
ベテル様の態度は急速に素っ気ないものになった。
もしかしたら、天使がお嫌いなのだろうか?
結構そういう人間はいる。“寵愛の祈り”は万人を救う奇跡ではなく、天使の基準で悪と判断されれば、怪我も病気も治してもらえない。その理不尽さゆえに、嫌う者もいるのだ。
ユシィも慣れているのか、早々にベテル様の攻略を諦めたようだ。
一方、リゲル様はユシィに微笑む。
「教会の聖女もそうだが、“天使の愛弟子”には美しい女性が多いね。特にきみは、本当に天使の化身のように美しい」
「ありがとうございます。光栄です」
「その力で、これからもたくさんの人を癒やしてあげてほしい。思うように体が動かせなくなることほど、辛いものはないから」
それは弱々しい笑みだった。
リゲル様は長く“ジューンの呪い”という天使にも治せない病を患っていた。天使の力で健康な体を取り戻す者を見て、妬ましく思ったことがあるのかもしれない。
リゲル様は、なんというか、放っておけないところがある方だ。
儚げでどこか影があって、危なっかしい雰囲気を持っている。こういう殿方に弱い女は多いだろうな。いや、女に限定することはないか。彼の臣下は、大体彼のことを溺愛しているらしいからな。
「そうだ。オルフェに聞いたんだ。例の被験者がライラの従者をしていると。彼がそうかな?」
リゲル様の視線を受け、リュカットの頬が強張った。可哀想なくらい顔色が悪くなっている。
「はい。私の従者リュカットは、兄上様の臨床実験の協力者です」
そうなのだ。
実はリュカットはかつて“ジューンの呪い”を患っていた。貧しい家庭に生まれ、医者にかかることもできずに死を待つだけの日々を送っていた。
同時期、兄上様はリゲル様を救うために“ジューンの呪い”の治療法を研究していた。研究に実験はつきものだが、まさかいきなり王子の体で試すわけにはいかない。
……そこで兄上様は、リゲル様と背格好が近いリュカットの命を金で買い、様々な治療法を試した。中には苦痛を伴うものもあっただろう。人道に反するものもあったのではないかと私は睨んでいる。兄上様は医療に関しては、結構えげつないことも平気でする。
しかしその甲斐あって、リュカットは世界で初めて“ジューンの呪い”の苦しみから解放された。
その後治療法が確立し、リゲル様も無事に健康を取り戻したというわけだ。
兄上様が“大賢医”の称号を得られたのは、リュカットの犠牲のおかげともいえる。
「一度会ってみたかったんだ。きみのおかげで僕は命を繋ぐことができた。感謝している」
「そんな、もったいないお言葉です……っ。私もオルフェ様に命を救っていただいた身。全ての功績はオルフェ様のものです」
リュカットは病を完治させた後も、兄上様に付き従うことを選んだ。単純に命を救われた恩があるからではなく、完璧超人の兄上様に心酔してしまったからだ。
兄上様も自分が救った患者には愛着があるのか、リュカットには特別目をかけている。
「それでも、礼を言わせてほしい。きみがいてくれて良かった」
リゲル様から直接声をかけられたことで、リュカットは感極まったのかぎゅっと目を閉じて頭を下げた。
なんだかなぁ、と私は思う。上手く言葉では言い表せない。複雑な気持ちだ。
「……おい、ライラ」
退屈そうだったベテル様は、ソファーにもたれて傲慢な態度で言い放った。
「私も会いたい者がいる。連れてこい」
「はぁ……誰を?」
「お前と入学の儀で戦った少年だ。魔王役の」
ルルタを?
ベテル様の目的を考え、嫌な想像が頭をよぎった。
「あれは、いい。一度手合わせしてみたい。使えそうなら私の臣下に迎えるとしよう」
黒い笑みを浮かべる王子を前に、私は息を飲んだ。




