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29 半泣き作戦会議

 

「ディレー王国の件を踏まえ、今日は聖剣についてお勉強しましょう。ほとんどみなさんご存じだと思いますが……」


 精霊学の教師が説明を始めた。


 聖剣とは何か。

 誰が作り、どこから来たのか、その来歴は未だに謎。

 一説によると精霊王が打ち鍛えたもの、遥か天上の神々が地上に落としたもの、あるいは時空を越えてもたらされた兵器ではないかと言われている。

 要するに人智を超越した代物なのだ。ぶっちゃけ何も分かってない。


 材料は神秘的な輝きを持つ金属や結晶で、それすらどこで採取できるのか不明。

 現存する聖剣に二つと同じものはない。デザインも固有の能力も多種多様。本当に摩訶不思議な武器である。


 では、何をもって聖剣と定義するか。

 聖剣にはそれぞれ精霊が宿っており、使い手を選ぶ。それが他の武器と決定的に違う点だろう。


 不適合者が振り回しても、小枝一本斬ることはできない。

 しかし選ばれし者が手に取れば、あらゆる魔を斬り祓う力を発揮する。


 魔物、特に魔境ガランドリネにいる個体は、体内の魔力濃度が高く、普通の武器ではほとんどダメージを与えられない。魔物たちの主たる魔王に至っては、傷一つつかないらしい。


 それが聖剣ならば、面白いくらいスパスパ斬れるそうだ。

 まな板まで斬れちゃいそう、と南の国の天然勇者が意味の分からない例えを遺している。


 その力は真の絆で結ばれた仲間にも分け与えることができる。反対に、ビジネスライクな関係では聖剣の恩恵は受けられない。

 ゆえに、魔境ガランドリネに軍で進攻することはできないのだ。


 聖剣に選ばれ、数少ない味方を連れて魔王に挑む者。

 人々は敬意を表して彼らを勇者と呼ぶ。


「現存する聖剣は九つ。ほとんどは国家が管理しており、そのうちの一つが我がアウリオン王国が所有する聖剣アルデバランです。気難しいのか、他の聖剣と比べあまり勇者を生みません」


 教師がチラリと私を見て教本をめくった。ベガトリアスの話を飛ばしてくれたようだ。心の中で礼を言う。今は吊し上げに耐える自信がない。


「ディレー王国の聖剣エルナトの行方が心配ですね。魔王子に破壊できるとは思えませんが、人類の手から離れたことは、大いなる損失です。取り返すか新たに見つけるか、造り出すしかありません。我が学院には聖剣の製作を目指す授業もありますので、興味のある者はぜひーー」


 教師の話に耳を傾けながらも、私は拳を握りしめた。

 体はふらふらだが、じっとしていると心が焦げ付く。

 ああ、本当は授業など受けている場合ではないのに。






 昼休みの食堂。

 リュカットがお茶のおかわりを注ぎに行き、キュロンがツバサくんにお菓子をもらいに離れた隙に、ルルタが私の隣に来た。そして誰にも聞こえない声音で問う。


「なぁ、ライラ。やっぱりおかしいだろ。何があったか話してくれ」


「…………」


「その顔色、みんな心配してるぜ」


 すん、と鼻が鳴った。

 七夜連続で仮想オクトに殺され続けた結果、私の心は極限まで衰弱していた。

 ミミィに化粧で青白い顔を誤魔化してもらうのも限界だった。ルルタは初日から気づいていたし、他のみんなだって私の異変に気づいているだろう。


「俺に解決できる保証はねぇけど、少しは助けてやれるはずだ。ライラの力になりたい」


 真っ直ぐな言葉に心がぐらぐらと揺れる。

 一人で抱えるには重すぎる問題。

 ルルタの優しさを前に、とうとう私は頑なに閉ざしてきた口を開く。


「じ、実は――」


 私は魔王子オクトが次に聖剣アルデバランを狙うことを話した。罪を告白するかのような気分に陥り、途中から声が湿っていった。

 いつの間にかキュロンたちが遠巻きにこちらの様子を窺っていた。空気を読んだのか、会話が聞こえる距離までは近づいて来ない。

 リュカットでさえルルタを引き剥がそうとしなかった。もしかしたら全員が結託してルルタに事情を聴き出すように依頼したのかもしれないな。

 有り難かった。でも今は優しくされると泣く。


 なんとか話し終えると、ルルタは「ひでぇ奴だな、エイプリルとかいう悪魔は」と顔をしかめ、半泣きの私に眩しい笑顔を向けた。


「絶対にライラのせいじゃねぇ。気にすんな」


「だが、このままでは――」


「大丈夫だ。ようするにオクトからウチの王子と聖剣を守ればいいんだろ? 俺も協力するし、アウリオンだって弱い国じゃねぇ。返り討ちにしてやろうぜ」


 その揺るぎない自信はどこから来るんだ。

 でも、めちゃくちゃ頼もしい。心がポカポカしてきた。

 私は目尻に浮かんでいた涙を拭う。


「き、危険だぞ。オクトは強い。七夜戦い続けて、ようやくまともに攻撃をしのげるようになったが、あれを討ち取れるようになるのにどれだけかかるか……」


「しのげるようになったのかよ。十分すげぇじゃん」


 ルルタは苦笑した。


「話してくれてありがとうな。オクトの襲撃を知らないままだったら危なかった。来ると分かってれば準備も覚悟もできる」


「それはそうだが……こんな話、ルルタ以外に信じてくれる奴はいない」


 これを言うのは卑怯だが、エイプリルの存在は他の誰にも知られたくない。兄上を心配させてしまうし、最悪火炙りコースだ。私は人類を裏切っている気は毛頭ないが、エイプリルと繋がっていると露見すれば、魔王の手先と思われても仕方がないんだ。


「それは、まぁ、怪しまれるだけかもな。あんまり大事にすると逆に面倒くさいことになりそうだ」


「ああ。収拾がつかなくなる」


「でも最低限の協力者は必要だよな。というわけで、みんな集合!」


「!?」


 ルルタの呼びかけで、少し離れた席にいた者たちが待っていましたとばかりに近づいてきた。

 リュカット、キュロン、ユシィ、そしてツバサくん。

 私が止める間もなく、ルルタが説明する。


「ライラは最近同じ夢ばかり見て、悩んでるんだってさ。この国の聖剣をオクトに奪われて、ウチの王族が傷つけられちまうって心配してるんだ」


 ギリギリ嘘は吐いてない。

 吐いてないが、こんなふわっとしたお悩み相談じゃ、聞かされた方も困るだろう。


「そうだったんだ。無理もないよ。みんなも怯えてる。オレも、魔王子がアウリオンに来たらどうしようって、そればかり考えちゃってる」


 ツバサくんが共感を示して不安を漏らす。

 優しいなぁ……。胸にしみる。


「もー、ライラったらボクのこと忘れてない? 大丈夫だよー。ボクの結界で守ってあげるからね!」


 キュロンは一生懸命自分を売り込み始めた。ここ数日あまり構ってやらなかったせいか、妙に必死だ。私は謝罪がてらタテガミを撫でた。


「はぁ? そんなことでここ数日、この世の終わりみたいな顔してたわけ? バカみたーい」


「本当です。というか、お嬢様はそんな繊細な心の持ち主ではないでしょう。急にか弱い少女のふりをしないでくれます? 不気味です」


 ツバサくんやキュロンと比べて、ユシィとリュカットの反応はひどくないか。覚えておけよ。


「つーわけで、ライラの不安を解消するために、オクトがアウリオンを狙っても大丈夫なように、作戦立てようぜ!」


「備えあれば憂いなし、だね。分かった。考えてみよう」


「ボクが一番活躍しちゃうよ!」


 ツバサくんとキュロンは素直に作戦会議の席についた。


「はぁ? なんでそんな面倒なことをしなきゃいけないのよ」


「ライラやツバサは、王族に会いに行けるのか? まずは王族や聖剣の警備が万全か確かめねぇとな」


「…………仕方ないわね」


 王族と聞いて、ユシィも掌を返した。残ったリュカットはため息を吐く。


「どうぞご自由に。ただし、オルフェ様には逐一報告させていただきますから」


 私の後ろに控えてリュカットは監視役に徹した。兄上様だってここ数日私のことを心配して下さっていた。あまり突拍子のないことをしでかさなければ、見逃してくれる気がする。


 しかし、ルルタに話しただけで、あっさりと体制が整ってしまった。一人で何とかしなければと強張っていた心身が解れ、だいぶ楽になった。


 ありがとう、とルルタとみんなに礼を言う。

 驚いたり喜んだり反応は様々だ。いけない。本当に泣きそうだ。


 私の涙腺の限界を察してか、ツバサくんが手を上げる。みんなの視線が逸れた。助かる。


「国王様になら会えると思う。オレも不安だし、ちゃんとオクトへの対策をしているか聞いてくるよ」


「さすがツバサ」


「王子様は? わたしもお会いしてみたいわ!」


 ユシィの圧にツバサくんは面食らった。


「うーん……正直あんまり話したことないんだよね。王様が、オレを権力争いに巻き込まないようにって配慮してくれたみたいで」


 ツバサくんの知識や人気を狙い、各王子の側近が接触してきたのを王様がガードした、ということらしい。ツバサくんも波風立てるのを避けて、どちらの王子にも近づかないようにしたようだ。


「ライラはどうだ?」


 チラリとリュカットを振り返ると、めっちゃ怖い顔をしていた。兄上様に頼み込めば第一王子のリゲル様には謁見できる、かもしれない。いや、可能性は低いな。


「難しいと思う……面識はあるが、個人的に会えるような方々ではない」


 せめて狙われるベテル殿下には、怪しまれてもいいから一言告げておきたいんだが……。


「そういうことならボクにお任せ!」


 ふふん、とにょろりとした龍が胸を張った。


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