28 悪魔の試練
強力な電撃魔法を使ったすぐ後、グィンがスタート地点から飛んできて「わし、心臓が止まるかと思った」というお小言とともに、本日の特別演習が終了した。魔力ゼロの状態で続けるのは危険だと判断されたのだ。
自業自得。
ルルタは笑って許してくれたが、リュカット、ユシィ、キュロンにはめちゃくちゃキレられた。
魔が差したんだ。これに関しては言い訳できない。面目ない。
それだけでも落ち込むのに、王都に戻るとさらにショッキングなニュースが待ち受けていた。
ツバサくんが出演するラジオを中断させてしまったこともそうだし、西の国の勇者が魔王子に殺されたこともかなり堪えた。
心身ともに疲れ果てた。
今日はいつもより早く寝ようとベッドに潜りこみ、私は悪寒に震えた。
今夜の夢はいつもと違う最悪だった。
物寂しい白一色の世界で、エイプリルが私を見下ろす。コバトも他の魔物もいない。
嫌な予感しかしない。
「弟が暴走している。勇者を殺して聖剣を奪った事件はライラも聞いただろう。あまり良い状況ではないな。俺にとっても、人類にとっても」
相変わらず挨拶もなく、エイプリルは話し出した。
こいつは自分の血縁者、かつ魔力の波動が合う者の夢に入ることができる。全員ではないものの、父親を同じくする魔王子たちの夢にも侵入できるようだ。
しかし私相手のように姿を現して対話をするのではなく、こっそり兄弟の行動を監視するだけらしい。
エイプリルは自分が生きていることを、他の兄弟に報せていない。その方が騙し討ちしやすいからだろうか。
「どうしてオクトは聖剣を奪った? いや、人類にとってその行動が脅威であることは分かっているが、今まではそんなことしなかったのに。魔王子たちは兄弟喧嘩で忙しいんじゃなかったか?」
基本的に魔王子たちは魔境ガランドリネで内輪揉めをしている。人類の領土に出てくることもあるにはあるが、オクトのように単独で動き、堂々と勇者から聖剣を奪っていった奴はいないはず。
「そうだ。今までは兄弟同士で戦い、単純な強さで優劣を決めようとしていた。誰が魔王の後継者にふさわしいか、日夜いがみ合って戦っている。馬鹿な連中だ。この方法では、決着がつくのに何百年かかることか」
二、三人で後継者争いをしているわけではないからな。
現在確認されている魔王子は十二人。そのうち過去勇者に葬られた王子や、エイプリルのような特殊な例を引くと、現存する魔王子は七名だ。ちなみその中には王女もいるが、便宜上、王子と呼ばれている。
とにかく七人の王子がお互いの寝首を掻こうとしても、そう上手くいかない。
他の王子たちを皆殺しにしたい者もいれば、従えたいと考える者もいる。兄弟内で決めるのではなく、父である現魔王に指名してもらいたい者だっている。いがみ合っているとはいえ、スタンスはそれぞれなのだ。
というわけで、誰かが誰かを討ち取ろうとすれば、別の王子が負けている方を援護する。ゆえに兄弟喧嘩は終わらない。
「しかしオクトは勇者を殺すことで、次期魔王としての器を示すことを思いついた。魔物たちは強く賢い王子に従うという本能を持っている。己の実力を見せることで、多くの配下を得ようとしているんだろうな」
オクトは十番目の魔王子。
兄たちに比べると、しもべが少ないらしい。
だから勇者を殺し、戦利品の聖剣を誇示することで、兄たちの配下を奪おうというわけか。
「視点を変えたんだな。なかなか頭の回る奴だ」
「そうでもない。見たところ、オクトは兄弟の中でも好戦的な単細胞だ。一対一、言い訳のできない状況で、強者を叩き潰すことに至上の悦びを感じる性質。勇者に挑戦したことだって、欲望に後付けで動機をつけただけだろう」
辛辣だな。
でもまぁ、よく考えればあまり賢い手ではないか。この方法は簡単に真似されるし、あまり目立てば他の六人から狙い打ちされる。
「勇者タウロとの戦いを経て、その欲望はさらに大きくなった。近いうちにオクトは次の勇者を狙うだろう」
「なんだと? ……やっぱり馬鹿だな。人類の領土でそう何度も勇者に勝てるものか」
ディレー王国の勇者タウロは既に全盛期ではなかった。魔王子の不意の襲撃に動揺していた可能性だってある。
しかし次はそうはいかない。各国の勇者は十二分に警戒しているだろうし、勇者不在のアウリオンだって聖剣の守りを固めている。隙はない。
魔境ガランドリネと比べ魔力の薄い人類の領土では、魔王子たちは全力を出せないのだ。圧倒的に人類が有利だ。
「そのオクトって奴、そんなに自分の強さに自信があるのか? あまり聞いたことがない魔王子だが」
「現時点では、魔王子の中でも下位の実力だろう。潜在能力は高いが、未熟な部分が多い。しかも勇者を倒したことですっかり調子に乗っている。ゆえに今のライラでも討ち取ることは不可能ではない。……やれ」
エイプリルは不敵に嗤った。
「……今、なんて言った?」
「名を上げる絶好の機会だ。魔王子を討伐したという実績があれば、勇者選定の儀を受けられるだろう。学院でちまちまと単位を取るよりも手っ取り早い」
珍しく、というか初めて魔王軍の情報流したと思えば、なんてことを提案しやがる。やっぱり私の学院での失態に腹を立てているのだろうか。
「そ、それは確かにそうかもしれないが、いくらなんでも聖剣なしで魔王子を相手にするのは無謀じゃないか? 大体オクトを倒しに行けと言われても、兄上様の目を盗んで国を出るのは不可能だし、次にどの国を狙うのか分からな――」
「心配は要らない。次はアウリオンの聖剣・アルデバランを狙うように仕向けてやる。オクトは単純だと言っただろう? 夢を利用して思考を誘導するくらいは可能だ」
冷たい声音に背筋が凍った。
「今のアウリオンで最も有名な剣士は、第二王子のベテルギアか。確か、勇者に最も近い存在と言われているな? 餌にはちょうどいい」
「待て! アウリオンに魔王子を呼び込むのか!? しかも殿下を狙わせるなんて――!」
なんて恐れ多いことを! この悪魔!
普通、母親の祖国をわざわざ弟に襲撃させるか?
母親を侮辱し続けるアウリオンに私怨を募らせていたのか? そんな素振り、今まで見せなかっただろうが!
というか、弟を私に殺させるということだよな? オクトに同情する気はないが、兄としても最悪な男だな。信じられない。
なんにせよ、こんな作戦は認められない。
私はエイプリルに掴みかかったが、奴は霧のように姿を消した。真っ白な世界にエイプリルの声だけが反響する。
「らしくないじゃないか、ライラ。望むところだと意気込むかと思ったのに……お前の覚悟はそんなものか? どんな手を使ってでも勇者になるんじゃないのか?」
「でも、だって……」
「随分女々しくなったものだ。これもあの男の影響か? 色気づいて牙を抜かれてしまったか」
「う……うるさい!」
こんなの、動揺するに決まっている。
王都は大切な場所だ。私の大切な人たちが暮らしている。
危険が迫ると分かっていて冷静でいられるか!
いや、違う。私を勇者にするために魔王子が派遣されるんだぞ。ベテル殿下に限らず、オクトの襲撃で一人でも死人が出たら、私は……。
「や、やめてくれ。頼む。今の私では、確実にオクトを討ち取る自信がない……」
私は屈辱を噛みしめて、頭を下げた。
しかし悪魔に通用はずもなく……。
「確かに。だから、ライラにはもっともっと強くなってもらわないと。仮想オクトを用意してやるから、せいぜい腕を磨くといい」
ぬるり、と白い空間に黒い影が浮かび上がった。それは人の形を成していく。
いつも出てくる魔物とは全く違う。濃密な魔の気配に心臓が縮む。
黒いシルエットではあったが、魔王子オクトが姿を現した。
これが、魔王子?
エイプリルも大抵馬鹿だ。こんな化け物に、今の私が勝てるわけが――。
「っ!」
私はいつの間にか手にしていた剣を構えたが、瞬きの間に体を切り裂かれた。獣のような跳躍力だ。まるで動きを捕捉できなかった。
燃えるような傷の熱に、私は苦悶の声を漏らす。しかし、次の瞬間には痛みが霧散した。
「いちいち死なれたら効率が悪い。今夜から特別にすぐに回復してやるよ。じゃあ、ライラ、朝までに少しはまともに戦えるようになってくれ」
無茶な注文を残し、エイプリルの気配が完全に消える。
残された私はオクトの影と再び相対し……そのまま朝まで延々と殺され続けた。




