26 ムシャクシャしてやった
父上様と母上様は、それはそれは仲睦ましい夫婦だった、らしい。
プラチナの妖精と謳われた母上様は中級貴族の出であったが、その美しさから当時の同年代の男を悉く虜にしたという。周辺諸国の貴公子たちも参戦した激しい争奪戦の末、見事夫の座を射止めたのが父上様であった。
政略結婚とは無縁の恋愛結婚だったらしいぞ。
母上様は精霊に好かれやすい体質であったが、大公家であるシェリアークに嫁げるような魔力の持ち主ではなかったし、わざわざ歴史に傷を持つシェリアーク家に嫁ぐ必要もなかった。同じ大公家のフォーマルハウト家の嫡男も母上様に求婚していたらしいからな。
二人は、愛し合っていたからこそ結ばれた。
周囲を納得させるためにかなり無茶をしたそうだ。今の父上様からは想像できない……。
そんなこんなでラブラブな夫婦となった父上様と母上様は、兄上様を授かった。
兄上様の冷ややかな青い瞳は父上様、全体的な顔立ちは父方のおじい様譲り。さらに母上様の神秘的な美しさも体現している。その上頭も良くて魔力も強い。奇跡のハイブリットと言えよう。
そして私は、そんな兄上様から十年遅れて誕生した。
顔立ちは母上様と瓜二つ。プラチナの妖精の代名詞となった艶やかな髪質も受け継いでいる。ありがたいことだ。
しかし、瞳に宿るエメラルドグリーンの色は父方母方の誰も持っていなかった。
そう、父上様が私をシカトする理由、それは私の瞳の色にある。
これはごく身内しか知らないが、母上様がご実家にいた頃に目をかけていた執事見習いが、エメラルドグリーンの瞳を持っていたらしい。
彼は母上様がシェリアーク家に嫁ぐと同時に仕事で隣国へ行き、私が生まれる少し前にアウリオン王国に一時帰国しており、度々シェリアーク家に見舞いに訪れていたという。時期的には符合してしまう。
ぶっちゃけてしまおう。父上様は、母上様が不貞を働き、その結果生まれたのが私だと疑っている。
そんなことはあり得ない。
私の持つ魔力は大貴族のそれだ。中流貴族の母上様と、平民の執事の間に私のような力の持ち主が生まれる確率はかなり低い。
親の持つ色を受け継がぬ子が生まれるのは、精霊の悪戯だと言われている。私は多分それだと思うんだ。
それに、エイプリルは血縁者にしか憑依できないと言っていた。つまり、間違いなくシェリアーク家の……父上様の血を引いている。
しかし、悲しいかな。
夢の中の悪魔の証言など証拠にならない。
何より私が父上様の子であることは確実だとしても、母上様が一度も不貞を働いていないという証明にはならない。母上様が私を夫以外の男との子だと思っていた可能性だって……なくはないのだ。
『本当は全て聞いているのだろう!? アルキュオンから!』
父上様は母上様が死の間際、私に本当の父親について話したのではないか、と疑心に駆られていらっしゃる。
私が母上様の最期の言葉を話さないのも、そのせいだと思い込んでしまった。実際は記憶がないから話せないだけなのにな。
勇気を出して覚えていないと告げたときには、もう何もかもが手遅れだった。
『その瞳で私を見るな! 汚らわしい! 二度と私を父と呼ぶな!』
亡き母上様への妄執と、姿なき男に対する嫉妬で、父上様は激しく心を病んでしまった。
今は徹底的に無視されているが、昔は視界に入るだけで怒鳴られ、手を上げられたものだ。蹴られたこともあったかな。
まだ六歳だった私は、突然母上様に関する記憶を失い、父上様に蛇蝎のごとく嫌われ、毎晩エイプリルに勇者になるように迫られながら魔物に襲われた。まさしく人生のどん底に突き落とされた心地だった。
父上様と顔を合わせないために部屋に閉じこもり、夜は眠ることに怯えて泣き叫び、母上様のことを思い出そうと必死にもがいていた。
よく正気を保てたな、と自分でもたまに感心する。兄上様が献身的に面倒を見てくれなければ、どうなっていたか分からない。
兄上様は兄上様で、その時期の心の傷が原因で私が「勇者を目指す」と血迷ったことを言い始めたのだと思っている。
母上様は勇者伝説が好きで、幼い私や兄上様に話して聞かせてくれていたらしい。具体的な記憶は奪われてしまったが、勇者に対して熱烈に憧れていたことは覚えている。
母上様との思い出=勇者伝説。
だからこそ、シェリアーク家のタブーである勇者を目指し、父上様の気を引こうとしている。
兄上様……いい感じに誤解してくれたものだ。不憫な妹の痛々しい夢を真正面から叩き潰せるほど、兄上様は性悪ではない。それゆえの優しさ、それゆえの七つのお約束事だ。
私はエイプリルから母上様の記憶を取り戻し、最期の言葉を思い出したい。
本当の父親の名前などではない。そう信じている。
二回目の特別演習、小雨決行。
撥水加工が施されたフードつきの外套とブーツを身につけ、いざ出陣。
朝っぱらから憂鬱なことが重なったが、切り替えていこう。必修科目の穴埋めのため、邪魔な魔物ども狩り尽くす! ……のではなかったな。トレミー大森林の生態調査だ!
転移魔法陣から大地に降り立つ。
自然に囲まれるのはいいな。緑と雨の匂いを胸いっぱいに吸い込むと、心が洗われるような気分になる。
「大丈夫か? なんか、顔色が悪いぜ」
私の空元気を見透かして、ルルタが首を傾げている。私は機械的に頷く。
父上様のおかげで初心を思い出せた。
ルルタのことは愛しいが、今は目の前の課題をこなそう。
私たちはグィンに挨拶してから森の中に入った。
今回は前回のメンバーに加え、キュロンも参加する。“龍の聖域”の力でいざというときに守ってくれると言うが、果たして……。
「きゅー……疲れた。じめじめしてるし、太陽が隠れてるし、ボクだるーい」
私の首に巻きついているだけのくせに、口を開けばわがままを言う。うざってぇ。
……しかし、怒らないでおこう。久しぶりに思い出した。
キュロンは私が部屋に閉じこもっている頃、よく呑気な顔で遊びに来てくれた。一応心配してくれていたのだろう。
私がしんみりして黙っていると無視されたと思ったのか、キュロンは耳元で「ライラぁー」と甘えた声を出した。やっぱりウザい。おやつ抜きの刑に処す。
まずは前回アンガークロコダイルと遭遇した湖へ。
ここの生態系がどうなったのか、ユリウス先生に調べるように命じられているのだ。アンガークロコダイルが繁殖しているなら、討伐しても良いとも言っていた。
やっぱり今日は魔物狩りの日だな!
腕が鳴る!
「あ、そうだ、ライラ。今日は俺に前衛をやらせてくれ」
道すがらルルタがそう言った。すかさずキュロンが首を持ち上げる。
「えー、もしかしてルルタ、ライラに良いとこ見せようって張り切ってるのー?」
「ん? ……まぁな! それに俺、ライラの魔法が見たいんだよ。俺がヤバそうだったら援護してくれ。いいだろ?」
もしかして、私の体調を心配して楽をさせようとしているのか?
都合良く解釈しすぎか?
「そうさせてもらいましょう、お嬢様。あまり危険な行為をしては、オルフェ様に心配をかけます」
「そうね。ルルタがやりたいって言ってるんだし、任せとけば?」
リュカットとユシィも賛同した。む、ここで私が承諾しないと空気が悪くなりそうだな。
……まぁいいか。正直に言えば、昨夜の悪夢のダメージがまだ残っている。剣よりも魔法の方が気は楽だ。
「分かった。非戦闘員は私が守るから、魔物が襲ってきたときは頼む」
「おう!」
ルルタはとびきりの笑顔で頷いた。きゅん、となる心、鎮まれ!
湖に到着して思った。
これ、大丈夫か?
浅瀬に蠢くワニの影は十。縦長の瞳孔がぎらついている。
活発に動いているのは天候のせいだろうか。私たちの存在に気づいているようで、まるで飛びかかるベストポジションを探しているかのように、ゆらゆらと回遊している。
「おーおー、すげぇ迫力。これは討伐しといた方が良いよな?」
「そうだな。今のうちに間引くべきだと思う」
秋の演習で一般の生徒に被害が出るのは避けたい。
本来ならばもっと南方に生息していた魔物だ。学院が管理する大森林に侵入した以上、遠慮なく狩らせてもらおう。
「よし! やるか!」
ルルタは気合い満点の様子で肩を回し、槍を片手にそのままアンガークロコダイルの領域に足を踏み込んだ。
そう言えば、なんだかんだでルルタの槍での戦いを見るのは初めてだな。そんなに自信があるのか?
この数、結構ヤバイと思うのだが……私でも剣技だけでは対処しきれない。
湖から次々と上がってくるワニ。
リュカットとユシィが息をのみ、キュロンは「び、ビビってないし!」と言いながら結界を展開しつつ、私のフードの中に体を潜ませた。
ルルタが地を蹴る。
「うりゃっ!」
まずは一体。正面から大口を開けて飛び込んできたワニの目を、正確に一突き。穂先に刺さったまま力強く振り回し、二体目、三体目を巻き込んで吹き飛ばす。湖に巨大な水柱が上がった。
……どういう筋力をしてるんだ。
私は唖然としたまま、ルルタの戦いぶりを眺めた。リュカットに至ってはドン引きしている。
魔力による身体強化は相変わらずできていないのに……。
いや、待てよ。
魔力を操る素振りはないが、なんだろう。ルルタに全身に魔力が満ちているように感じる。
身体強化は普段は垂れ流している己の魔力を、肉体の隅々にまで浸透させ、力に変換すること。それなりの集中力と操作技術が必要となる。
魔力の動きを感じ取れれば、身体強化しているかどうかは判断できる。そしてルルタの魔力は戦闘中も移動していない。
だから身体強化ができていないのだと思っていた。
もしかしたら、ルルタの肉体には最初から十分すぎるほどの魔力がみなぎっているんじゃないか?
もうこれ以上、追加で魔力を注ぎ込む余地がないくらいに。
自分で仮説を立てておいて、私は信じられずにいた。
あり得るか? 人間の身にそれほど膨大な魔力が宿るなんて……。
しかしそうでもなければ、この戦いぶりは説明できない。
私は羨ましくてたまらなかった。
改めて、ルルタの強さに嫉妬する。
ルルタの振るう槍は鋭く、豪快だ。
穂先で目や咽喉を貫き、いしづきで脳髄を粉砕する。赤く染まった水辺にアンガ―クロコダイルの亡骸が浮かび、ゆっくりと沈んでいく様は地獄絵図のようだった。
血の匂いに惹かれたのか、次々と新たな個体が姿を現す。あるいは仲間の敵討ちをしに来たのだろうか。
死に行くようなものだ、やめておけ、とワニたちに対して憐憫の念を抱いた。
「どんどん行くぜ!」
しかしルルタ本人は虐殺現場の中心で、生き生きと輝いていた。まるで演武を踊っているかのように、体が躍動している。息つく暇もないくらい動き続けているのに、伸び伸びと楽しそう。
「…………」
私は自らの腕を抱き、ぶるりと震えた。私は今日、ちょっとおかしい。
悪夢、父上様とのやり取り、そしてルルタのあり得ないほどの活躍。
鬱積が体の中を巡り、落ち着かない。
そうだ。私も戦おう。
もう我慢できない。
だけど、剣で参戦するのは事前の決め事に反する。ならば、魔法で。
ルルタも見たいと言ってくれたしな。入学の儀に続き、とっておきその二を披露しよう。
【未知なる導べを辿るは、灰色の旅人。影と陰を剥がし、大いなる空へ飛翔せん】
ぱちぱちと音を立て、周囲に火花が散る。風が高密度の渦となり、摩擦で気温が上がっていく。
「お嬢様……?」
「ちょっと、ライラちゃん!」
「きゅー!!」
うるさい。集中させてくれ。失敗したらヤバいくらいの魔力を術式に込めているんだから。
そう言えば、現実世界でこのレベルの攻撃魔法を使ったことはなかったな。王都では危なすぎて試す気になれなかった。
夢の中でも動きの遅い魔物相手でないと、なかなかこれほどの魔法は発動できない。時間がかかるし、隙も大きい。一人で戦うのに複雑な魔法は向かないのだ。
しかし今は一人じゃない。素晴らしいことだな!
皆の呼びかけで、ルルタが慌ててこちらに避難してくる。視界が開けた。
残った獲物は私にくれるようだ。ありがとう。
私は薄らと笑みを浮かべ、仕上げの詠唱を高らかに叫んだ。
【天を黒く焦がし、大地に白き鉄槌を――雷迅風撃!】
頭上から降り注ぐ無数の雷撃を、アンガ―クロコダイルたちはぎょっとした表情のまま受け取った。
閃光と轟音。底が一瞬見えるほど、湖から水が蒸発した。
「マジかよ……」
魔力を使い尽くす感覚は気持ち良かった。
クセになりそうだ。




