24 村人から学生、そして目指すは……
※ルルタ視点です。
俺が王立学院への入学を決めたのは、どこか別の場所の空気を吸いたかったから。
なんて言い方をするとカッコいいが、ようするに自分を見失っていただけだ。
アポロ戦線。
魔王子オーガスト軍との六年にもわたる戦いが終わったとき、あまりにも多くのものが失われていた。
荒れ果てた故郷、実りが失われた大地、犠牲になった仲間、戦いに費やした日々。
守るために戦っていたはずなのにな。ほとんどこの手には残らなかった。
俺はアポロ村に流れ着いた孤児だった。幼すぎて家族のことは何も覚えてない。どうして一人になっていたのかも分からない。
そんな俺にも村のみんなは優しく、家族同然に扱ってくれた。同じように村に流れ着いた子どもは兄弟で悪友。貧しくても、毎日が楽しかった。
オーガスト軍が村をめちゃくちゃにするまでは、本当に幸せな日々だったんだ。
そんな日々を取り戻すための戦いだったはず。
俺は自分にがっかりしていた。強くなったのに、生き残ったのに、どうして一つも喜びがない。戦いが終わった後のことを想像して、みんなで笑い合っていたのが嘘みたいだ。
『なぁ、ルルタ。この戦いが終わったら、みんなでさ――』
そうだ。楽しみにしていたことがあったのに、今はもう叶わない。
笑い合える相手はほとんどいなくなっちまった。ユシィだってあの日からずっと塞ぎ込んでいる。
喪ったものはもう二度と取り戻せないんだな。それが堪らなく悲しかった。
戦いの後に村の大人たちは言った。
「ルルタ、お前は村の誇りだ。よく最後まで戦ってくれた」と。
そんなこと言われたんじゃ、俯いてばかりはいられない。誇りが背中を丸めてちゃ、台無しだろ?
生き残った大人たちも、前向きな言葉を吐かないとやってられなかったんだろうな。僅かに残ったものを大切にしなければ、犠牲者たちに面目が立たない。
俺は、アポロ村の復興を手伝うことで気持ちを誤魔化していた。
心はぐちゃぐちゃのまま、体もどこかふわふわして落ち着かない。これからどうやって生きていこうかと考えると、なぜ視界が真っ暗になる。
「武器を手にしていないと生きている感じがしないんだろう。お前の体には命を削る快感が染みついてしまった。哀れだな、ルルタよ」
そう指摘したのは、この地を守る貴族のじっちゃん――辺境伯と言うらしい――だった。
初めにじっちゃんと呼んだら周りの大人に殴られたが、本人は好きに呼べと豪快に笑っていた。気の良い人だ。都から援軍に来た貴族はいけ好かないクズ野郎ばかりだったけど、このじいちゃんのことは好きだ。信頼できる。
「俺のこと、戦闘狂みたいに言うなよ」
「戦闘狂だろうがよ。雑魚を無視して、いつも一番強い魔物に向かっていきおって……まぁ、おかげで我々が楽できたがな」
俺は言い返せなかった。
確かに最初は強い敵を引きつけておけば、味方の助けになると思ったからそうしていた。雑魚を何匹殺したって、無限に門から沸いてきて意味なかったし。
しかし、徐々に強い魔物を討ちとることを楽しんでいた。「ああ、俺、生きてるな」って安心できたんだ。死ぬかもしれないような状況で戦っていたのにおかしいな。
嫌な話だな。俺は戦うことが好きだったのか。死んだみんなに申し訳ない気持ちになってくる。彼らは恐怖を押し殺し、泣き叫びながら戦っていたというのに。
だが、じっちゃんの指摘は正しいんだろう。復興の手伝いで農具や大工道具を手にしていても、しっくりこない。
「お前、夢はあるか? これからどうする」
「特にねぇな。村を立て直すにも金が要るし、落ち着いたらテキトーに職を探そうと思ってるけど」
じっちゃんは一つ頷き、西の方角を指差した。
「王都の学院に推薦してやる。春から通え」
「は?」
じっちゃんは言った。
若者が夢も野望もないとは嘆かわしい。お前は戦うばかりで、他のことを知らなさすぎる。村の復興なんて誰にでもできることは儂や村の大人に任せておけ。それよりもお前にしかできないことをしろ。
「王都はでかいぞ。なんでもある。今は龍の子や異世界人も滞在しているというし、良い刺激になるだろう。王立学院も勇者を育成するための機関というだけあって、効率的に強くなれる。今年は確か三大大公家の子も入学するから、レベルは高いはず。通っておいて損はない」
「ふぅん……」
正直ピンとこなかった。
そりゃ一度は王都に行ってみたいとは思っていたけどさ。学院に通うってことは、学生になるってことだろ?
勉強は好きじゃねぇ。それに今更誰かに戦い方を習うのは億劫だ。俺は魔法や精霊術とは相性が悪い。
だけど、ここを離れるという提案は魅力的だった。
大切な故郷であることには変わりねぇけど、辛い思い出が刻み込まれた場所でもある。少し距離を置いた方がゆっくりこれからのことを考えられるかもしれない。
「お前の世界はあまりにも狭い。まだ女も知らないんだろう? 都会の女もなかなかいいぞ。遊んでもらえ」
「それは、その、ほっといてくれ」
「放っておいてもよいが……そのうち、下級貴族の娘との縁談が来るぞ。お前は魔法のセンスはないが、魔力だけは一級品だからな。絡め取られる前に気に入った女と結婚しておけ」
「……そういや、そういう話もあったな」
平民の中に稀に生まれる強い魔力持ちは、貴族と婚姻するか養子になるものらしい。権力で囲い込まれたら逃げられない。
貴族になれば贅沢ができるとみんなは羨ましがっていたが、俺は好きでもない相手と結婚なんて嫌だな。相手の娘だって、そんな理由で結婚させられるなんて可哀想だ。
「お前の十倍、ユシィには縁談の話が来る。というか、既に来ているのを儂が強引に止めておる。その辺りは、どうするつもりだ?」
「どうするも何も……ユシィが嫌がるなら、断るのに協力するつもりだけど」
「お前が娶る気はないと?」
「それはない。絶対にない。あいつも全力で嫌がるだろうぜ」
ユシィとはガキの頃から一緒にいすぎて、すっかりそういう対象からは外れている。姉のような、妹のような、まぁ、遠慮の要らない間柄ではあるけど。
……その点、あいつは本当にずっと昔からユシィ一筋だったな。あいつがユシィと結婚できれば良かったのに。すげー空しい想像をしちまった。
「分かったよ。王都に行って学院に通えば、面倒な結婚話から解放されるんだな?」
「とりあえずはな。少なくとも一方的に決められることはないだろう」
「はぁ……でも、ユシィは? あいつがこの村を離れるなんて――」
「もちろんユシィにはもう話をつけた。行くと言っていたぞ。むしろ、もっと自分の力を磨きたいと儂に相談してきたくらいだからな」
「マジ?」
聞いてねぇぞ。そりゃあいつの力はこんな田舎に埋もれさせておくには惜しいが、あいつがこの村を離れるなんてあり得ねぇだろ……。
俺はじっちゃんと別れて、すぐにユシィの元を尋ねた。
「王都に行くって本気か? ケイのことはどうすんだ」
「……いいのよ。ケイのために行くんだから」
ユシィは変わった。
幼さや甘さは消え、妖しく笑うようになった。触れれば壊れてしまいそうだったのに、今はどうだ。随分毒々しい女になった。
俺でも内面に踏み込めない。怖ぇんだよ。
「ねぇ、ルルタ。わたしはね、許せないの。もう終わったことだってことは分かってる。でも、どうしても、全てを明らかにしないと気がすまないわ」
ユシィが王都に行く目的を聞き、俺は寒気を覚えた。
こいつを一人にしてはいけない。危うすぎる。
生き残ったたった一人の幼なじみだ。放っておけない。
俺は王都行きを決めた。
王都のデカさは想像以上だった。
どうやってこんな建物を造るんだろうな。城も、教会も、学院も、すげー迫力。でもその規模に見合うだけの人間がわらわらといて、正直落ち着かなかった。自然に帰りたい、と呟いたらユシィに笑われた。お前だってビビってたくせに。
じっちゃんの計らいで生活に苦労することはなさそうだ。
十分な金をもらっているし、学院の事務員さんたちにも話がつけてあるのか、めちゃくちゃ親切にしてもらえた。ちょっと申し訳なくなるくらいだった。
ただ一人、怪しい奴がいた。
「入学の儀?」
「はい! 貴族と平民が、それぞれ勇者と魔王に扮して戦うのです! 魔王が勝てば平民の新入生全員に賞金百万ツェン! どうです!? 参加してみませんか!? アポロ戦線で活躍したあなたに、皆が期待しているのです!」
平民寮への引っ越し作業中に尋ねてきた事務員の男が、そのような内容をまくし立ててきた。
俺をおだてる言葉を並べて、平民が学院で金銭的に苦労することを語り、あげく俺が出なければ他の生徒に迷惑がかかると軽く脅された。怪我をするかもしれないような危険な試合らしい。
実際、他の平民の寮生たちはみんな魔王役をやるのを嫌がっていた。しかし何故なのかは教えてくれない。
こんなんだから、賞金で釣らないと魔王役をやる奴がいないのかもな。俺も金がもらえるならやってもいい。じっちゃんに頼りきりなのは悪いし、村に送れば復興の足しになるだろう。
「あなたなら、勇者を倒せるはずです!」
「…………」
少しおかしな話だと頭の隅では感じていた。
だけど結局、俺は魔王役を務めることを承諾した。決め手は勇者役が入試トップのエリート貴族だと知ったからだ。ユシィの話を聞いてから、俺もすっかり貴族が嫌いになっていた。
「入試トップって言っても、どうせ魔法頼りで大したことないんでしょ? 大勢の前で負かしてやりなさいよ。私たちがどんな思いで強くなったか、見せつけてやって」
ユシィの言葉に俺は頷いていた。
同年代の貴族のトップがどれだけ強いのか、知るにはちょうどいい機会だ。剣はあんまり得意じゃねぇけど、自分の力を試してみよう。ちょっと楽しみになってきたぜ。
だから入学の儀の当日、闘技場でその少女と対面したときは、面食らった。
小さい。細い。あんまり強くなさそう。
顔は兜で分からないが、立ち振る舞いから高貴さが滲み出ている。本物のお嬢様って感じだ。
この子が学院の入試トップ、なんだよな?
なんだか観客たちから「コネ」やら「買収」という言葉が聞こえた。金や権力でこの勇者役を勝ち取ったということか?
つーか、あれだな。この子、すげー嫌われてるみたいだ。野次がすげぇ。
まぁ、いいや。
俺は女が相手だからって手加減するつもりはなかった。女型の魔物を何度も殺しているせいか、あんまり抵抗がない。かと言って、女相手に嬲るような真似はしたくねぇ。
この険悪な空気を早くどうにかしたいし、一撃でケリをつけよう。
試合開始のラッパの音と同時に俺は仕掛けた。
剣を砕くつもりで思い切り振り抜く。剣と鎧に当てれば、即死はしないだろ。即死じゃないならユシィがどうにかしてくれる。
「っ!?」
ニセモノの魔剣と聖剣が交差する。吹き飛びはしたものの、勇者役は耐えた。ちょっとびっくりした……いや、悪い。俺が舐めすぎていた。
アポロ戦線に来て名を挙げようとする奴らより、上等な血が流れているんだろう。魔力による身体強化くらいできるに決まってる。
気を引き締めて追撃する。
しかし、どの一撃も勇者役は受け流して見せた。まぐれや苦し紛れなんかじゃなく、確かな技術で剣を振るっている。
……強い。
コネなんかじゃないだろ?
え、もしかしてこの学院に通う貴族の子どもは、みんなこのレベルなのか?
この剣技、じっちゃんの精鋭兵並みだ。闘技場の観客がにわかにざわめき出すのを肌で感じ、俺が少し気を取られた瞬間、強烈な一撃で間合いを取らされた。
小さな勇者が俺を睨み付けた。いや、兜で目線はよく分かんねぇけど、怒っているのは伝わってくる。
ぞ、と腹の底が冷たくなった。
……この感じ、半年ぶりだな。ゾクゾクしてきた。
次の瞬間、見違えるほど勇者役の速度が上がった。
これは知ってる!
精霊術だろ? 風の音が聞こえる。
はは、すげぇ!
この速度になって、剣の動きがますます冴える。じっちゃんとこの兵士だって、精霊術と剣技を同時に使いこなせる奴はごくわずかだったってのに。
何より驚いたのが、彼女の不屈の闘志だ。絶対に負けないと食らいついてくる迫力に、俺は腹の底から震えた。
半年で鈍っていた体が疼き出す。
マジで悪かった。貴族だからって無意識に見下していたみたいだ。この怒り、この殺気は本物だ。
本物の戦場、慣れ親しんだ懐かしい空気。
この勇者役は俺と同じ、戦い続けている者だ。
気づいたら、俺は笑っていた。
楽しくて仕方なかった。もう何十回剣を打ち合っただろう。もっと早く、もっと強く、永遠に戦っていたいと思うほどだった。
俺の願いとは裏腹に、終わりは呆気なかった。
勇者役が何やら詠唱すると、ニセ聖剣から七色の光が溢れ、気づいたときには吹っ飛ばされていた。
体の芯を打ち砕かれたような心地だった。だけど、悪くねぇ。
俺は負けた。でも、すげー清々しい気分。
魔物と戦い続けていたせいか、魔法には耐性があった。普通だったら体内の魔力の流れがぐちゃぐちゃになって気を失うような一撃だったけど、俺は何とか自分の足で歩けた。
悔しくはなかった。俺は本当に狭い世界で生きてきたんだな。調子に乗っていた過去の自分を恥ずかしくて抹殺したくなった。
しかし、それ以上の驚きが待っていた。
退場した後、勇者役の子が声をかけてきた。俺は興奮のままに相手を称賛した。同年代の誰かをこんなに尊敬したのはケイ以来だ。
勇者役の用件は謝罪だった。貴族に気にかけてもらえるとは思わなくて、俺は素直に喜んだ。
なんで観客に嫌われてるのか知らねぇけど、めちゃくちゃ良い子じゃん!
これはユシィに教えてやらないとな。貴族も悪い奴ばかりじゃないって。
そんなことを考えていた俺は、兜を取って顔を上げた勇者役を見て雷に打たれたような衝撃を受けた。
か……可愛い!
心臓を一矢で貫かれたと言ってもいいな。
長いプラチナブロンドの髪、エメラルドグリーンの澄んだ瞳。傷一つない白い肌が汗で煌めき、頬が桃色に染まっている。
少し幼さの残る顔立ちは奇跡的なまでに美しい。
一目惚れってマジであるんだな。
あんなに強くてこんなに可愛いなんて反則だ。
彼女はライラと言うらしい。恥らう表情もとんでもない破壊力だった。
俺は自分でも信じられないくらいすぐに決意していた。
必ずライラを手に入れる。心も体も、隣にいる権利も全部。
大公家のお嬢様でも関係ない。俺がライラに見合う男になればいいだけの話だろ?
やってやろうじゃねぇか。
こんなにも何かに執着するのは初めてだった。
どうしても、どうしても俺はライラが欲しい。人生を賭けてもいいと思えたんだ。
「信じられない!」
ユシィには思いっきり馬鹿にされた。
女に現を抜かすなんてダサい、その浮かれっぷりがキモい、身の程知らず過ぎて見ているだけで恥ずかしい、などなど……言い過ぎだろ!
「何考えてるの? ライラ・シェリアークは三大大公家の直系筋のご令嬢なのよ。しかも、裏切り女勇者の末裔のくせに自ら勇者を目指して、貴族からも平民からも嫌われてる意味分かんない女よ!」
文句を言いつつも、ユシィはライラのことをいろいろと調べてくれた。すげー助かる。
女勇者ベガトリアスのことは俺でも知ってる。アウリオン出身の勇者の中では、ある意味一番有名だからな。その末裔が勇者を目指すなんて、そりゃみんな反対するか。
ライラが嫌われている理由は分かった。
そしてライラがどれだけ本気なのかも。だって、他の奴らとは全然違う。剣技も魔法も覚悟も、何もかも数段高みにいる。
ライラの強さは特別だった。
この学院で最も勇者を目指し、努力しているのはライラだろう。最もふさわしいのも彼女だと思う。
彼女を笑ったり貶めたりする資格は、誰にもない。
「ライラちゃん、頑張り屋だよね。オレは応援したい。なんか格好良いじゃん。先祖の不始末を子孫がつけるっていうのが燃える」
そう言ったのは迷子の異世界人、ツバサだ。
こいつもすげぇ良い奴だ。すぐに仲良くなった。身分とかつまんねぇ決まりに縛られてないのがいい。異世界の話も面白くて、話していて飽きない。居心地がいいんだ。
……ライラもツバサには割と友好的なんだよな。
「ツバサもライラに惚れてるのか?」
「え!? 違う違う。ライラちゃんのことは人として好きだけど、不思議とぜんっぜん恋愛感情はないんだ」
その言葉は本心のようだった。正直ほっとした。
でもツバサがライバルにならなくとも、すぐに他のライバルの存在を思い知らされた。
「やい、ルルタ。ちょっとイケてるからって気安くライラに近づいちゃダメ。勝手に触ったら噛みつくからね!」
キュロンだ。
この可愛らしい龍はライラの婚約者候補らしい。
いつも首に巻きついていてズルい。俺だってライラの真っ白な肌に触りたい……!
ただ、ライラからの扱いは雑だ。男としては見られていなさそうだな。うん、正直キュロンにはそこまで嫉妬してない。
俺が事あるごとにライラに視線を向けるように、ライラもまた俺を見ている。よく目が合うんだよな。
視線が交錯する度に想う。ライラも俺と同じ気持ちでいてくれているんじゃねぇかって。
そうでもなきゃ、あんな潤んだ瞳を男に向けたりしない……はず。
俺の根拠のない自信はどんどん強くなっていって、やがて確信に変わった。
こんなことがあっていいのか?
俺は自分の手の平を見て、そっと息を吐いた。あれから図書室での出来事を思い出しては頬を緩ませている。自分でもキモいと思う。
「はぁ……」
小さくて温かい手だった。一見、何の苦労も知らないお嬢様の手に見えたのに、指にはしっかり彼女の努力の跡が残っていた。何度も治療されたのだろうが、剣を振り続け、ペンを握り続けたマメの跡はそうそう消えない。
綺麗な手だった。俺にとっては。
そんでもって、ライラが俺の手を握って、はにかむ姿は……めちゃくちゃ可愛かった!
やべぇ。
俺、ライラと両想いなんだよな?
自惚れや勘違いじゃねぇよな?
幸せすぎて死にそうだ。
「いや、まだ死ねない」
俺はあの子を救って見せる。
ライラが悪魔に奪われたものを取り戻して、もう二度と誰にも悲しい思いをさせられないように、一番そばにいる権利を勝ち取るんだ。
秘密を打ち明け、俺の手を取ってくれたあの子を絶対に幸せにする。
「うっ!」
俺は自身の魔力を筋力に変えようと意識を集中した。自分の手に余る強大な力に、たちまち操作ができなくなる。
「痛って!?」
魔力が弾け飛ぶとともに両腕の皮膚が裂けた。血が噴水みたいにどばどばと溢れる。
「……本当、馬鹿なんだから」
ユシィがため息を吐いて、おざなりに天使に祈ると、傷はみるみるうちに塞がっていった。痛みだけが僅かに残る。手の平が急激に冷えて、俺はライラのぬくもりを思い出すように拳を握りしめた。
「ルルタって素質はあっても、センスがないのよ。魔法どころか、身体強化だってできるようになるかどうか」
「分かってる。でも、できるようにならなきゃ話にならねぇ」
学院の修練場を借りて、俺はひたすら魔力制御の練習をしていた。ライラと出会って、ふさわしい男になると決めてからずっと続けているのだが、なかなかコツが掴めない。魔力の流れは分かるようになってきたから、少しは成長していると思うんだけどな……。
足が爆散したこともあったし、血を吐いたこともあった。ユシィがいなけりゃ死んでいるだろう。
「そんな無茶ばかりして、そのうち死ぬわよ? ライラちゃんのためにそこまでする?」
「ライラのためだけじゃない。俺は俺のためにどこまでもやる」
ライラの笑った顔をもっと見たいからな。これは俺の幸せのためでもある。
「俺は、勇者を守れるような男になりたい。ってことは、勇者よりも強くならなきゃダメだろ?」
ユシィは何度目か分からないため息を吐いた。
あんたが羨ましいわ、と小さな呟きが聞こえてきた気がした。




